511 / 780
動きだす刻
第100話 漸進 ~梁瀬 1~
しおりを挟む
翌朝、巧がクロムが残しておいてくれた食材のほとんどを使い、朝食と昼食を作ってくれた。
穂高が呼びに来て部屋を出るまで、梁瀬はずっとロマジェリカと庸儀の様子をうかがっていた。
「ヤッちゃん、顔色が悪いけど、もしかして寝てないの?」
「ううん、ちゃんと寝たよ。こんなときだからこそね」
「そんなら体調でも悪いのか? 俺たちは今夜ここを出たら、あとはヘイトで待機してなきゃならねぇんだぞ」
「体調も悪くないよ。まずは食べよう。僕はもうお腹がペコペコだよ」
四人揃って食事をとるのは今日でひとまずおあずけだ。
連絡は欠かさず取り合うし、事がうまく運べば泉翔でこんな時間などいくらでも持てる。
けれど、それまではどうしても物理的な距離が、互いの行動に足かせを付ける。
こにいれば即座に判断できることも、ワンクッション置かざるを得ない。
それが良しと出ればいいけれど……。
「ロマジェリカと庸儀の件なんだけど」
食事が済み、穂高と巧が食器を片付け終えたのを見計らって、梁瀬は昨夜から今朝にかけて見たことを伝えた。
同盟三国の出航準備は、梁瀬が考えていた以上に早く進んでいる。
兵数はもとより船の数が多い。
庸儀では、もう使われることのなくなった船を修繕してまで数を増やしていた。
たどり着くことを優先して見えるのは、今度こそ泉翔を落とし、拠点とするつもりでいるからだろう。
巧が不安そうな面持ちで呟いた。
「そんなに? 私たち本当に間に合うのかしら?」
「うん、船の準備は進んでると言っても、やっぱり物資が整わないみたい。特に庸儀がひどいようだよ」
「だろうね……あんな土地じゃ、本来あるべきものもなくて当然だと思う」
庸儀の様子を思い出したのか、穂高が首を捻った。
「それでもクロムさんは昨日の時点で五日後って言った。完全に整わなくても泉翔は資源が豊富だし、それを狙って出るとすると……」
「やっぱり当初の予定は狂わないわね」
「やつらも必死だろうしな」
「ロマジェリカの軍師、マドルって言ったっけ? あちこち飛び回ってるしね。引き連れていく兵の多くは、暗示にかけられると考えていいと思う」
「あれを連れていくってのか? そいつは厄介だな……」
昨日になって梁瀬の術はすこぶる上達した、と自分で思う。
躍起になって練習をしてもうまく行かなかったのに、昨日、目が覚めて一番に出した式神は、難なく音を拾った。
試しに向かわせたハンスのところでも、しっかりと会話ができた。
驚きながらも喜んでくれたハンスの顔が忘れられない。
「でもね、僕らが相手にした傀儡みたいなのとは違って、半分以上はただの暗示なんだ」
「ってことは、倒れても起き上がるわけじゃないのね?」
「うん。あの変なのも混じってるし、恐れを取り除いているとしたら厄介なのには変わりないんだけどね」
三人は押し黙ったままでいる。
梁瀬を含め、修治と岱胡、恐らくは鴇汰も妙な敵兵は目にしている。
もう一度、それが目の前に現れれば、的確な指示を出せるだろう。
けれど泉翔の多くの戦士たちは、それを知らない。
見たことのない数、加えてためらいもなく闇雲に向かってくる敵兵に、どれだけ対応できるんだろう。
巧が両手で顔をこすり、大声を上げた。
「あーっ! もう考えても駄目! これだけはいくら考えたって埒が明かないわ。みんなを信じるしかない。私らが育てた戦士たちは、そんなにヤワじゃない!」
「……そうだね」
潔い巧のセリフに、穂高が苦笑して答え、一息つこうとコーヒーを淹れてくれた。
濃かったのか、巧が顔をしかめたのを見て、梁瀬はいつもより多めに砂糖とミルクを足した。
濃いコーヒーは麻乃が好んで良く飲んでいる。
麻乃の飲むコーヒーと同じ濃さを口にすると、ほとんどの人が今の巧と同じ顔をしたっけ。
「それから麻乃さんなんだけど……」
つとみんなの視線が梁瀬に向く。
なにも迷いがないわけじゃない。
言わずに済ませることができるなら、本当は言いたくはない。
「今、麻乃さんは自分の意思でロマジェリカにいる」
「それって操られてるとか、強い暗示にかってるわけじゃないってこと?」
「馬鹿な……麻乃が自分の意思で泉翔を襲撃しようなんて、考えるはずがねぇ……」
これまで一緒に過ごしてみてきた麻乃は、誰より泉翔を愛していた。
それは麻乃に関わったなら、誰もが感じ取れることだ。
穂高が呼びに来て部屋を出るまで、梁瀬はずっとロマジェリカと庸儀の様子をうかがっていた。
「ヤッちゃん、顔色が悪いけど、もしかして寝てないの?」
「ううん、ちゃんと寝たよ。こんなときだからこそね」
「そんなら体調でも悪いのか? 俺たちは今夜ここを出たら、あとはヘイトで待機してなきゃならねぇんだぞ」
「体調も悪くないよ。まずは食べよう。僕はもうお腹がペコペコだよ」
四人揃って食事をとるのは今日でひとまずおあずけだ。
連絡は欠かさず取り合うし、事がうまく運べば泉翔でこんな時間などいくらでも持てる。
けれど、それまではどうしても物理的な距離が、互いの行動に足かせを付ける。
こにいれば即座に判断できることも、ワンクッション置かざるを得ない。
それが良しと出ればいいけれど……。
「ロマジェリカと庸儀の件なんだけど」
食事が済み、穂高と巧が食器を片付け終えたのを見計らって、梁瀬は昨夜から今朝にかけて見たことを伝えた。
同盟三国の出航準備は、梁瀬が考えていた以上に早く進んでいる。
兵数はもとより船の数が多い。
庸儀では、もう使われることのなくなった船を修繕してまで数を増やしていた。
たどり着くことを優先して見えるのは、今度こそ泉翔を落とし、拠点とするつもりでいるからだろう。
巧が不安そうな面持ちで呟いた。
「そんなに? 私たち本当に間に合うのかしら?」
「うん、船の準備は進んでると言っても、やっぱり物資が整わないみたい。特に庸儀がひどいようだよ」
「だろうね……あんな土地じゃ、本来あるべきものもなくて当然だと思う」
庸儀の様子を思い出したのか、穂高が首を捻った。
「それでもクロムさんは昨日の時点で五日後って言った。完全に整わなくても泉翔は資源が豊富だし、それを狙って出るとすると……」
「やっぱり当初の予定は狂わないわね」
「やつらも必死だろうしな」
「ロマジェリカの軍師、マドルって言ったっけ? あちこち飛び回ってるしね。引き連れていく兵の多くは、暗示にかけられると考えていいと思う」
「あれを連れていくってのか? そいつは厄介だな……」
昨日になって梁瀬の術はすこぶる上達した、と自分で思う。
躍起になって練習をしてもうまく行かなかったのに、昨日、目が覚めて一番に出した式神は、難なく音を拾った。
試しに向かわせたハンスのところでも、しっかりと会話ができた。
驚きながらも喜んでくれたハンスの顔が忘れられない。
「でもね、僕らが相手にした傀儡みたいなのとは違って、半分以上はただの暗示なんだ」
「ってことは、倒れても起き上がるわけじゃないのね?」
「うん。あの変なのも混じってるし、恐れを取り除いているとしたら厄介なのには変わりないんだけどね」
三人は押し黙ったままでいる。
梁瀬を含め、修治と岱胡、恐らくは鴇汰も妙な敵兵は目にしている。
もう一度、それが目の前に現れれば、的確な指示を出せるだろう。
けれど泉翔の多くの戦士たちは、それを知らない。
見たことのない数、加えてためらいもなく闇雲に向かってくる敵兵に、どれだけ対応できるんだろう。
巧が両手で顔をこすり、大声を上げた。
「あーっ! もう考えても駄目! これだけはいくら考えたって埒が明かないわ。みんなを信じるしかない。私らが育てた戦士たちは、そんなにヤワじゃない!」
「……そうだね」
潔い巧のセリフに、穂高が苦笑して答え、一息つこうとコーヒーを淹れてくれた。
濃かったのか、巧が顔をしかめたのを見て、梁瀬はいつもより多めに砂糖とミルクを足した。
濃いコーヒーは麻乃が好んで良く飲んでいる。
麻乃の飲むコーヒーと同じ濃さを口にすると、ほとんどの人が今の巧と同じ顔をしたっけ。
「それから麻乃さんなんだけど……」
つとみんなの視線が梁瀬に向く。
なにも迷いがないわけじゃない。
言わずに済ませることができるなら、本当は言いたくはない。
「今、麻乃さんは自分の意思でロマジェリカにいる」
「それって操られてるとか、強い暗示にかってるわけじゃないってこと?」
「馬鹿な……麻乃が自分の意思で泉翔を襲撃しようなんて、考えるはずがねぇ……」
これまで一緒に過ごしてみてきた麻乃は、誰より泉翔を愛していた。
それは麻乃に関わったなら、誰もが感じ取れることだ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる