509 / 780
動きだす刻
第98話 漸進 ~巧 2~
しおりを挟む
ルーンに通されたのはジャセンベル城の奥だった。
さすがに城内は危険じゃないかと拒否をしたけれど、ルーンは大丈夫だと言ってカラカラと笑う。
表門の西側に位置する場所に使用人の出入り口だろうか、小さなくぐり戸があり、そこから中へと入ってきた。
中は想像以上にガランとしていて人の往来はない。
泉翔では何度か登城したことがあるけれど、警備に限らず人はそれなりにいた記憶がある。
嫌な予感に言葉を失っていると、先読みしたようにルーンが言った。
「人払いがされたのですよ」
「そうですか……」
それがなぜ、なんのためなのかは聞くまでもない。
巧の隣で穂高もやりきれない表情を浮かべている。
中庭を横切り、細い階段を上りきった塔の小窓からルーンは外を眺め、こちらへ、と巧と穂高を誘う。
言われるがままに覗いた小窓の外は、城の裏手が見渡せた。
城壁に沿うようにして大きな建物があり、武装した兵士たちが往来しているのが見えた。
「あれは……」
「城に残った兵のすべてが招集されています。ほどなくヘイトとの国境沿いに詰めている兵も呼び戻されてくるでしょう」
「相当な兵数がこの城に集まるということですよね? まさか彼らを使って城を……」
「それはありません」
巧も穂高と同じ懸念を抱いた。
レイファーが謀反を企てているとして、軍に対して強い影響力を持っているならば、兵を使って混乱を起こし、それに乗じて一気に兄たちを始末してしまうのが手っ取り早いだろう。
ただ、巧の知るレイファーはそんな男ではない。
それが証拠にルーンは、兵士たちはロマジェリカと庸儀へ向かう手筈になっていると言った。
「なるほど。やつらが大陸を離れたらすぐに動ける準備をしてるってことね」
「はい。三国はその兵のほとんどを泉翔へ率いていきます。残った兵は我が国とヘイトの国境沿いを固めるそうです」
「それじゃあ、三国とも城が手薄になるのは明白ですよね? 罠、ということは考えられないのですか?」
「そうであったとしても、このジャセンベルを打ち崩すほどの力は持っておりますまい」
ルーンはほっほと小さく笑いをもらした。
確かにそのとおりだけれど、大国であるが故だけではない強い信頼を感じる。
それはルーンのレイファーへ対する思いの表れなのだろうか。
大軍を引き連れて泉翔を襲い、今度こそは確実に小さく豊かな島をその手中へ収める、と浮足立っているところを捩じ伏せる。
この国にならたやすいに違いない。
次に通されたのは、大広間が見下ろせる、吹き抜けの脇にある階段だった。
入り口の近くでは、大柄の男と痩せた男がなにやら話しをしているのが見て取れた。
大柄のほうが第一皇子、痩せたほうが第四皇子だと言う。
五人のうちこの二人こそが、一番レイファーを邪魔に感じているのを巧は知っている。
幾度となくレイファーを狙って妙な連中を送り込んできたっけ。
遠目ながらも、巧は二人の顔をしっかりと記憶した。
その後も数度、場所を変えて残りの皇子の確認もできた。
「みんな、いかにも権力好きって感じだったな」
「そうね。なんにせよ、五人は互いに牽制し合って際どいバランスを保ってるけど、レイファーが邪魔だってことは満場一致、かしら?」
「うん。俺にはそうとしか見えなかった」
レイファーが城へ上げられてから十数年、后や寵姫たちにとっても、我が子の行く末を阻む可能性を持ったレイファーは、邪魔な存在でしかなかったらしい。
競う相手は少ないほど良い、ということか。
最初の数年は本当に危うい目に幾度も遭ったと聞いている。
まだ幼かったうえに力のない母、そして決して手出しをしない王。
そんな中でも辛うじて命を落とさずに済んだのだから、相当な強運だ。
兄たちにとって大きな誤算だったのは、レイファーが巧と葉山に出会ったことだろう。
「二日、遅くとも三日後にはレイファーさまは戻られるでしょう」
「三国が泉翔へ出航するのが五日後なのよね。とすると、その間の二日ないし一日でレイファーは動く」
「王はそう考えておられます」
「危ういな。こういうことは綿密に計画を立てていても、失敗する確率が高いんじゃないかな? 彼の場合、相手の数も多い分、余計に難しいんじゃないだろうか?」
「ご心配はありません。この城内においてレイファーさまのお立場は、どの兄君さまもその足もとにも及びませんゆえ。レイファーさまが動くとわかれば誰もが事が運びやすいように努めるでしょう」
「へぇ……そんなに影響力が強いとはねぇ……」
「レイファーさまは兄君さまたちと違って、言葉だけでなく行動で示します。それに情も深い」
ルーンはまるで自分の子を自慢する父親のように、胸を張って誇らしげにレイファーのことを語った。
さすがに城内は危険じゃないかと拒否をしたけれど、ルーンは大丈夫だと言ってカラカラと笑う。
表門の西側に位置する場所に使用人の出入り口だろうか、小さなくぐり戸があり、そこから中へと入ってきた。
中は想像以上にガランとしていて人の往来はない。
泉翔では何度か登城したことがあるけれど、警備に限らず人はそれなりにいた記憶がある。
嫌な予感に言葉を失っていると、先読みしたようにルーンが言った。
「人払いがされたのですよ」
「そうですか……」
それがなぜ、なんのためなのかは聞くまでもない。
巧の隣で穂高もやりきれない表情を浮かべている。
中庭を横切り、細い階段を上りきった塔の小窓からルーンは外を眺め、こちらへ、と巧と穂高を誘う。
言われるがままに覗いた小窓の外は、城の裏手が見渡せた。
城壁に沿うようにして大きな建物があり、武装した兵士たちが往来しているのが見えた。
「あれは……」
「城に残った兵のすべてが招集されています。ほどなくヘイトとの国境沿いに詰めている兵も呼び戻されてくるでしょう」
「相当な兵数がこの城に集まるということですよね? まさか彼らを使って城を……」
「それはありません」
巧も穂高と同じ懸念を抱いた。
レイファーが謀反を企てているとして、軍に対して強い影響力を持っているならば、兵を使って混乱を起こし、それに乗じて一気に兄たちを始末してしまうのが手っ取り早いだろう。
ただ、巧の知るレイファーはそんな男ではない。
それが証拠にルーンは、兵士たちはロマジェリカと庸儀へ向かう手筈になっていると言った。
「なるほど。やつらが大陸を離れたらすぐに動ける準備をしてるってことね」
「はい。三国はその兵のほとんどを泉翔へ率いていきます。残った兵は我が国とヘイトの国境沿いを固めるそうです」
「それじゃあ、三国とも城が手薄になるのは明白ですよね? 罠、ということは考えられないのですか?」
「そうであったとしても、このジャセンベルを打ち崩すほどの力は持っておりますまい」
ルーンはほっほと小さく笑いをもらした。
確かにそのとおりだけれど、大国であるが故だけではない強い信頼を感じる。
それはルーンのレイファーへ対する思いの表れなのだろうか。
大軍を引き連れて泉翔を襲い、今度こそは確実に小さく豊かな島をその手中へ収める、と浮足立っているところを捩じ伏せる。
この国にならたやすいに違いない。
次に通されたのは、大広間が見下ろせる、吹き抜けの脇にある階段だった。
入り口の近くでは、大柄の男と痩せた男がなにやら話しをしているのが見て取れた。
大柄のほうが第一皇子、痩せたほうが第四皇子だと言う。
五人のうちこの二人こそが、一番レイファーを邪魔に感じているのを巧は知っている。
幾度となくレイファーを狙って妙な連中を送り込んできたっけ。
遠目ながらも、巧は二人の顔をしっかりと記憶した。
その後も数度、場所を変えて残りの皇子の確認もできた。
「みんな、いかにも権力好きって感じだったな」
「そうね。なんにせよ、五人は互いに牽制し合って際どいバランスを保ってるけど、レイファーが邪魔だってことは満場一致、かしら?」
「うん。俺にはそうとしか見えなかった」
レイファーが城へ上げられてから十数年、后や寵姫たちにとっても、我が子の行く末を阻む可能性を持ったレイファーは、邪魔な存在でしかなかったらしい。
競う相手は少ないほど良い、ということか。
最初の数年は本当に危うい目に幾度も遭ったと聞いている。
まだ幼かったうえに力のない母、そして決して手出しをしない王。
そんな中でも辛うじて命を落とさずに済んだのだから、相当な強運だ。
兄たちにとって大きな誤算だったのは、レイファーが巧と葉山に出会ったことだろう。
「二日、遅くとも三日後にはレイファーさまは戻られるでしょう」
「三国が泉翔へ出航するのが五日後なのよね。とすると、その間の二日ないし一日でレイファーは動く」
「王はそう考えておられます」
「危ういな。こういうことは綿密に計画を立てていても、失敗する確率が高いんじゃないかな? 彼の場合、相手の数も多い分、余計に難しいんじゃないだろうか?」
「ご心配はありません。この城内においてレイファーさまのお立場は、どの兄君さまもその足もとにも及びませんゆえ。レイファーさまが動くとわかれば誰もが事が運びやすいように努めるでしょう」
「へぇ……そんなに影響力が強いとはねぇ……」
「レイファーさまは兄君さまたちと違って、言葉だけでなく行動で示します。それに情も深い」
ルーンはまるで自分の子を自慢する父親のように、胸を張って誇らしげにレイファーのことを語った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる