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動きだす刻
第97話 漸進 ~巧 1~
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目が覚めたときには梁瀬の姿がなく、徳丸と穂高が部屋へ戻ってきたところだった。
「どこに行ってたのよ?」
「鴇汰に最後の回復術をね。顔色もいいし、あれなら泉翔へ戻ってもなんの心配も要らないと思うよ」
「そう、それは良かったわ。あとは向こうでシュウちゃんとうまくやれるかどうか、ってところね」
「大丈夫。きっと鴇汰はうまくやれるよ」
「あんたたち、本当に互いの信頼度が高いわねぇ」
「長い付き合いだからね……あ、しまったな……丸椅子をベッドの脇に置きっぱなしにしてきちゃったよ」
穂高はそう言って穏やかに笑う。
子どものころから今までずっと、そばにいてわかり合っているせいか、二人の繋がりは他の誰より強く感じる。
徳丸とともに他愛のない話を続けている、その横顔を見つめた。
穂高は至って普通だ。
麻乃や鴇汰のように取り立てて複雑な事情もなければ、修治や梁瀬のように腹のうちに抱えたなにかを持っているわけでもない。
普通であるというのは徳丸に岱胡、巧自身にも言えることだけれど。
穂高は武術の面においては他の区に比べて消極的な東区にいながら、なぜこの道に進んできたのか。
(でもまぁ……あの問題児だった比佐子と一緒になった時点で、案外普通じゃないのかもしれないわね)
二人が一緒になると言い出したときには驚愕したし、どこにどんな接点があればそうなるのか、まるで理解できなかったけれど、その後の比佐子の様子を見ると、良い判断だったのだろうと今では思う。
比佐子を泉翔に残したままで平静であろうはずはない。
そんな穂高を巧自身の事情で大陸に留めたままでいいのだろうか?
(ルーンさんに……あるいはジャセンベル王に取り計らってもらって、泉翔へ戻したほうがいいんじゃあないだろうか?)
梁瀬の帰りが遅いと、徳丸が窓辺に立ったわずかな隙に、穂高がぽつりと呟いた。
「巧さん、俺、乗りかかった船から降りるつもりはないからね。一人では特に」
胸のうちを見透かされたようでドキリとした。
「役に立てるかどうかはわからないけど、俺が残っている意味があると思うんだ。関わりがないから感情に左右されることもないしね」
そうだ。
穂高にはこういう部分もある。
情が深くて誰にでも優しい。
かと思えば非情なほどにドライな部分も持ち合わせている。
どこにどう触れるとそこまでの切り替えができるのかはわからないけれど、突き放した冷たさではなく、相手を思っての行為や言葉だと気づいたのは、大分付き合いが深くなってからだった。
「わかってるわよ。嫌だって言ったって、とことんまで付き合ってもらうわ」
コツコツとノックが響き、クロムが顔を見せた。
なにか焦りを感じさせる表情で、そんな顔を見たのは初めてだ。
「なにかあったんですか?」
「どうやら思った以上に事が早く進みそうでね。恐らく私も早ければ日暮前に、ここを発つことになるかもしれないんだ」
「そんなに早くに?」
「キミたちもいろいろと大変だろうが……まずは穂高くんと巧さん、ルーンさんがこっちへ向かっている。支度をしたまえ」
促されて急ぎ手荷物をまとめた。
そのあいだにもクロムの話しはどんどん先へと進む。
驚いたことに同盟三国は五日後には泉翔へ進軍すると言う。
十分な物資が揃っているとは思えない。
それでいて、こんなにも早く泉翔へ向かうというのは、やはり不足した物資は泉翔で調達するつもりなのだろう。
「それからこれは、あとで梁瀬くんに渡しておいてくれないか」
懐から出した小さな手帳を徳丸に託し、クロムは手早く用件だけを告げると部屋を出ていった。
時計はもう八時を回り、そろそろ鴇汰も起き出してくるかもしれないからだろう。
部屋の戸締りを始めた徳丸が忌々しげに呟く。
「甘く見られているのか、それとも相当な兵数を揃えているのか……」
「どっちもでしょ。泉翔の戦士は絶対数が少ないもの。おまけに私らが戻らないとあればねぇ。大軍を率いていけばたやすい。そんなところでしょうよ」
「向こうには修治さんと岱胡がいる。それに泉翔人は誰もが十六まで鍛錬をしているんだ。言うなれば国民すべてが戦士であるとも言える」
「ああ……確かにそうだ。そこに鴇汰も加わるわけだ」
口に出さずとも、胸の内に広がって込み上げてくる思いがある。
(たやすくなど落ちたりはしない。きっと大丈夫だ)
「どこに行ってたのよ?」
「鴇汰に最後の回復術をね。顔色もいいし、あれなら泉翔へ戻ってもなんの心配も要らないと思うよ」
「そう、それは良かったわ。あとは向こうでシュウちゃんとうまくやれるかどうか、ってところね」
「大丈夫。きっと鴇汰はうまくやれるよ」
「あんたたち、本当に互いの信頼度が高いわねぇ」
「長い付き合いだからね……あ、しまったな……丸椅子をベッドの脇に置きっぱなしにしてきちゃったよ」
穂高はそう言って穏やかに笑う。
子どものころから今までずっと、そばにいてわかり合っているせいか、二人の繋がりは他の誰より強く感じる。
徳丸とともに他愛のない話を続けている、その横顔を見つめた。
穂高は至って普通だ。
麻乃や鴇汰のように取り立てて複雑な事情もなければ、修治や梁瀬のように腹のうちに抱えたなにかを持っているわけでもない。
普通であるというのは徳丸に岱胡、巧自身にも言えることだけれど。
穂高は武術の面においては他の区に比べて消極的な東区にいながら、なぜこの道に進んできたのか。
(でもまぁ……あの問題児だった比佐子と一緒になった時点で、案外普通じゃないのかもしれないわね)
二人が一緒になると言い出したときには驚愕したし、どこにどんな接点があればそうなるのか、まるで理解できなかったけれど、その後の比佐子の様子を見ると、良い判断だったのだろうと今では思う。
比佐子を泉翔に残したままで平静であろうはずはない。
そんな穂高を巧自身の事情で大陸に留めたままでいいのだろうか?
(ルーンさんに……あるいはジャセンベル王に取り計らってもらって、泉翔へ戻したほうがいいんじゃあないだろうか?)
梁瀬の帰りが遅いと、徳丸が窓辺に立ったわずかな隙に、穂高がぽつりと呟いた。
「巧さん、俺、乗りかかった船から降りるつもりはないからね。一人では特に」
胸のうちを見透かされたようでドキリとした。
「役に立てるかどうかはわからないけど、俺が残っている意味があると思うんだ。関わりがないから感情に左右されることもないしね」
そうだ。
穂高にはこういう部分もある。
情が深くて誰にでも優しい。
かと思えば非情なほどにドライな部分も持ち合わせている。
どこにどう触れるとそこまでの切り替えができるのかはわからないけれど、突き放した冷たさではなく、相手を思っての行為や言葉だと気づいたのは、大分付き合いが深くなってからだった。
「わかってるわよ。嫌だって言ったって、とことんまで付き合ってもらうわ」
コツコツとノックが響き、クロムが顔を見せた。
なにか焦りを感じさせる表情で、そんな顔を見たのは初めてだ。
「なにかあったんですか?」
「どうやら思った以上に事が早く進みそうでね。恐らく私も早ければ日暮前に、ここを発つことになるかもしれないんだ」
「そんなに早くに?」
「キミたちもいろいろと大変だろうが……まずは穂高くんと巧さん、ルーンさんがこっちへ向かっている。支度をしたまえ」
促されて急ぎ手荷物をまとめた。
そのあいだにもクロムの話しはどんどん先へと進む。
驚いたことに同盟三国は五日後には泉翔へ進軍すると言う。
十分な物資が揃っているとは思えない。
それでいて、こんなにも早く泉翔へ向かうというのは、やはり不足した物資は泉翔で調達するつもりなのだろう。
「それからこれは、あとで梁瀬くんに渡しておいてくれないか」
懐から出した小さな手帳を徳丸に託し、クロムは手早く用件だけを告げると部屋を出ていった。
時計はもう八時を回り、そろそろ鴇汰も起き出してくるかもしれないからだろう。
部屋の戸締りを始めた徳丸が忌々しげに呟く。
「甘く見られているのか、それとも相当な兵数を揃えているのか……」
「どっちもでしょ。泉翔の戦士は絶対数が少ないもの。おまけに私らが戻らないとあればねぇ。大軍を率いていけばたやすい。そんなところでしょうよ」
「向こうには修治さんと岱胡がいる。それに泉翔人は誰もが十六まで鍛錬をしているんだ。言うなれば国民すべてが戦士であるとも言える」
「ああ……確かにそうだ。そこに鴇汰も加わるわけだ」
口に出さずとも、胸の内に広がって込み上げてくる思いがある。
(たやすくなど落ちたりはしない。きっと大丈夫だ)
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