蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
508 / 780
動きだす刻

第97話 漸進 ~巧 1~

しおりを挟む
 目が覚めたときには梁瀬の姿がなく、徳丸と穂高が部屋へ戻ってきたところだった。

「どこに行ってたのよ?」

「鴇汰に最後の回復術をね。顔色もいいし、あれなら泉翔へ戻ってもなんの心配も要らないと思うよ」

「そう、それは良かったわ。あとは向こうでシュウちゃんとうまくやれるかどうか、ってところね」

「大丈夫。きっと鴇汰はうまくやれるよ」

「あんたたち、本当に互いの信頼度が高いわねぇ」

「長い付き合いだからね……あ、しまったな……丸椅子をベッドの脇に置きっぱなしにしてきちゃったよ」

 穂高はそう言って穏やかに笑う。
 子どものころから今までずっと、そばにいてわかり合っているせいか、二人の繋がりは他の誰より強く感じる。
 徳丸とともに他愛のない話を続けている、その横顔を見つめた。

 穂高は至って普通だ。
 麻乃や鴇汰のように取り立てて複雑な事情もなければ、修治や梁瀬のように腹のうちに抱えたなにかを持っているわけでもない。

 普通であるというのは徳丸に岱胡、巧自身にも言えることだけれど。
 穂高は武術の面においては他の区に比べて消極的な東区にいながら、なぜこの道に進んできたのか。

(でもまぁ……あの問題児だった比佐子と一緒になった時点で、案外普通じゃないのかもしれないわね)

 二人が一緒になると言い出したときには驚愕したし、どこにどんな接点があればそうなるのか、まるで理解できなかったけれど、その後の比佐子の様子を見ると、良い判断だったのだろうと今では思う。

 比佐子を泉翔に残したままで平静であろうはずはない。
 そんな穂高を巧自身の事情で大陸に留めたままでいいのだろうか?

(ルーンさんに……あるいはジャセンベル王に取り計らってもらって、泉翔へ戻したほうがいいんじゃあないだろうか?)

 梁瀬の帰りが遅いと、徳丸が窓辺に立ったわずかな隙に、穂高がぽつりと呟いた。

「巧さん、俺、乗りかかった船から降りるつもりはないからね。一人では特に」

 胸のうちを見透かされたようでドキリとした。

「役に立てるかどうかはわからないけど、俺が残っている意味があると思うんだ。関わりがないから感情に左右されることもないしね」

 そうだ。
 穂高にはこういう部分もある。
 情が深くて誰にでも優しい。
 かと思えば非情なほどにドライな部分も持ち合わせている。

 どこにどう触れるとそこまでの切り替えができるのかはわからないけれど、突き放した冷たさではなく、相手を思っての行為や言葉だと気づいたのは、大分付き合いが深くなってからだった。

「わかってるわよ。嫌だって言ったって、とことんまで付き合ってもらうわ」

 コツコツとノックが響き、クロムが顔を見せた。
 なにか焦りを感じさせる表情で、そんな顔を見たのは初めてだ。

「なにかあったんですか?」

「どうやら思った以上に事が早く進みそうでね。恐らく私も早ければ日暮前に、ここを発つことになるかもしれないんだ」

「そんなに早くに?」

「キミたちもいろいろと大変だろうが……まずは穂高くんと巧さん、ルーンさんがこっちへ向かっている。支度をしたまえ」

 促されて急ぎ手荷物をまとめた。
 そのあいだにもクロムの話しはどんどん先へと進む。
 驚いたことに同盟三国は五日後には泉翔へ進軍すると言う。

 十分な物資が揃っているとは思えない。
 それでいて、こんなにも早く泉翔へ向かうというのは、やはり不足した物資は泉翔で調達するつもりなのだろう。

「それからこれは、あとで梁瀬くんに渡しておいてくれないか」

 懐から出した小さな手帳を徳丸に託し、クロムは手早く用件だけを告げると部屋を出ていった。
 時計はもう八時を回り、そろそろ鴇汰も起き出してくるかもしれないからだろう。
 部屋の戸締りを始めた徳丸が忌々しげに呟く。

「甘く見られているのか、それとも相当な兵数を揃えているのか……」

「どっちもでしょ。泉翔の戦士は絶対数が少ないもの。おまけに私らが戻らないとあればねぇ。大軍を率いていけばたやすい。そんなところでしょうよ」

「向こうには修治さんと岱胡がいる。それに泉翔人は誰もが十六まで鍛錬をしているんだ。言うなれば国民すべてが戦士であるとも言える」

「ああ……確かにそうだ。そこに鴇汰も加わるわけだ」

 口に出さずとも、胸の内に広がって込み上げてくる思いがある。

(たやすくなど落ちたりはしない。きっと大丈夫だ)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...