蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第93話 交差 ~穂高 5~

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 直接、顔を見ていないけれど、二十歳そこそこでこうも色々と企てるのは一体どんな奴なのか、穂高には想像もつかない。
 梁瀬も徳丸の言葉に難しい表情をしている。

「あのさ、やっぱりロマジェリカの軍師、気になるじゃない? 僕は残る四つのいずれか、って言ったけど……」

「それがどうかしたの?」

 巧の問いに梁瀬はうつむいて、また本を辿った。

「麻乃さんが……ね。添っているのであれば、月の皇子か破壊の焔か、ってことになるのかな、と思って」

「添うって言っても、それが麻乃の意思かどうか疑問よ?」

「そこなんだよね。僕とトクさんは、一応、姿は見ているけれど、話しをしたわけじゃあないし様子もハッキリわからない」

「動きと雰囲気や姿は変わっていたが、ああも離れていちゃあ中身まではなぁ……」

 梁瀬はつと視線を外へと向けた。
 外はもう陽も落ち、薄らと淡い青を残しているだけだ。

「僕、ちょうどいい機会だから、新しく身につけた術でロマジェリカの様子を探ってみたいと思うんだけど」

「探るって……そんなことできるの?」

 穂高が聞くと梁瀬は黙ってしまった。
 以前だと、なにか新しい術を覚えたときには、得意気な顔をしてみせたのに。
 庸儀の祠近くで合流したときから、術の話しになると口が重くなるように感じる。

 そして徳丸は、それについてなにか知っているらしい。
 梁瀬をかばうようにあとを継いだ。

「まぁ、梁瀬がこういうんだ。任せておけば問題ねぇだろうさ」

「うん、必ず有益な情報を取れるとは言えないけど、なにかしら掴めるように頑張るから」

「構わないけど、ヤッちゃんはヘイトの事情もあるんだから、無理だけは止めてちょうだいよね」

「わかってるよ。でも多分、これは僕がやらなきゃいけないんだと思うから……」

「だけど……」

 巧がまだなにか言いたそうにしているのを無視して、梁瀬は膝をたたくと立ち上がった。

「巧さんも穂高さんも夕飯まだでしょ? 向こうに戻ろうか。鴇汰さんも気づいたし、今度は目を覚ましちゃうかもしれない。それに今、話したことをクロムさんにも伝えないとね」

「そうだな。あの人も身内の鴇汰がこんな状態になって、気が気じゃなかったはずだ。戻る気になったと聞けば、少しはホッとできるかもしれねぇ」

 徳丸に急かされて部屋を出ると、早速クロムに今のことを伝える。
 鴇汰が戻る気になったのを喜んでいるようだけれど、どこか憂いを含んだ瞳をしていた。
 まだなにか言わずにいる話しがあると想像はつくけれど、それもきっと、そのときが来るまでは話して貰えないのだろう。

 夕飯を済ませ、鴇汰が動きだしては困るからと、穂高たちは早々に奥へ引き上げると、翌日の準備だけを済ませて眠りに付いた。

 翌朝はまだ暗いうちに迎えがやって来て、穂高と巧はクロムの作ったおにぎりを朝食にと持たされ、梁瀬たちよりも先に小屋を出た。

 ルーンの手筈でジャセンベル城の裏手へ通され、城外を隈なく案内されたあと、王とともにジャセンベルの祠のある場所へと向かった。
 しばらく車を走らせ、赤茶けた草木の少ない岩場を抜けると、目の前にこぢんまりとした森が広がっている。
 森と呼ぶにはまだ木々が幼い気もするけれど、広さは想像以上だ。

「鴇汰から話しは聞いていたけど、本当にこんな森があるなんて……」

「なかなかのものでしょう? 私の何代も前から続けているんだものねぇ」

「それにしたって、ここまで広げるのは本当に凄いよ」

「……今はね、ここを手入れしてくれる人がいるからよ」

 ぐるりと森を見回して一番若い木に目を向けながら、巧は口もとに笑みを浮かべている。
 根元の土が新しいのを見ると、あれが今年、修治と岱胡の植えたものなのだろう。
 そして巧のいう手入れをしてくれる人というのがレイファーだ。

 穂高もレイファーの姿は何度も目にしている。
 その姿からは、こんなにも大きな森を手入れなどする人物には思えないのだけれど。

「私もまさか毎年、葉山の元でいろいろと学んでいるなどと、最初の数年は思いもしなかった」

 振り返るとジャセンベルの王も、木々の揺れる音に目を細めている。
 初めて会ったときには雰囲気に圧倒されたけれど、今日はまるで気さくだ。
 これが普段の姿だとしたら、このままで国を統べれば、それこそ武王として大陸を治めることも可能なんじゃないかと思える。

 なのに、なにが欠けているというのか自分では駄目だと断言する。
 長いあいだ、国を締めつけ、他国への侵略のかぎりを尽くし、今は誰にも恐れられている存在らしい。

(この人はレイファーこそが、と言うけれど……本当にそれだけの人物なのか見極められるのだろうか……)

 先を行く巧に呼ばれ、穂高は王に促されて足を進めた。
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