蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
503 / 780
動きだす刻

第92話 交差 ~穂高 4~

しおりを挟む
 咎める梁瀬をさえぎって徳丸が言った。
 修治が結婚するということは、まだ穂高しか知らないと思っていたのに、いつ聞いたのか、それとも気づいたのか、徳丸まで知っていたことに驚いた。

 それを聞いた鴇汰のほうも、さほど驚いていないのを見ると、もう知っていたようだ。
 麻乃と過ごしているあいだに、そんな話題が上ったのだろうか?
 巧がそっと鴇汰の額に手を当て、眉をひそめた。

「ねぇ、鴇汰。あんた本気で麻乃を助けたいって思ってるの?」

「そんなの当たり前だろ!」

「シュウちゃんがね、対処法が通用しなかったときにどうするつもりでいるか、あんたわかる?」

「修治はな、すべてを自分の手で終わらせるつもりだ。そしてそれは道場や第七部隊のやつらも承知していることだ」

 声を荒げる鴇汰に、巧と徳丸が諭すように言った。
 穂高もそれは初耳で、思わず梁瀬を見ると、梁瀬は黙ったままでうなずいた。
 修治がいつでも精進しているのには、なにかわけがあるのだろうと感じていたけれど、まさかそんなつもりでいるとは夢にも思わなかった。

 もしも修治や第七部隊、道場のものたちが麻乃を前に、手に負えないと判断したときには、最悪の事態が起こり得るということか。
 そこに鴇汰がいれば、あるいはそれを避けられるのかもしれない。
 いや、鴇汰は必ずそうならないための道を切り開くはずだ。

「お……終わらせるって……まさかあいつ、麻乃を殺すってのかよ!」

「まぁ、そういうことになるわよねぇ……」

「なるわよね、って、あんたらなんでそんなに冷静でいられるんだよ!」

 興奮して悪態をつく鴇汰の肩に触れた。
 子どものころからずっとそばにいたからわかる。
 今、鴇汰は迷っている。

 自分の手で麻乃を取り戻したい。けれど修治に最悪の決断をさせないためには戻らなければならない。
 一人きりで泉翔に戻る重みを感じているのだろう。

「なぁ、鴇汰。おまえが泉翔に戻って修治さんに手を貸すことで、その最悪の事態を免れるんだとしても、それでも修治さんに手を貸すのは嫌なのかい?」

「けど……俺は……」

 きっと戻ることが最善の道だとわかっているのに首を縦に振れないのは、まだロマジェリカに麻乃が残っているからだ。
 口ごもる鴇汰に巧は頭を掻きむしって叱咤した。

「あーっ、ったく焦れったい子ねぇ。男の癖に『だって』『でも』『けど』ってそればっかり。もっとしっかりしなさいよ!」

「おまえ、本当は自分がどうするのが一番なのか、もうわかってんじゃねぇのか?」

 いい加減に戻ると鴇汰に決断させたい。
 こんなに話し込んで、うっかり目を覚まされてしまったら終わりだ。
 それ以上はなにも言わず、鴇汰の答えを待った。フッと鴇汰が小さな溜息をついた。
  
「……そうかもしれない。俺は麻乃が死ぬのだけは嫌だ。それを止められるんだったら、泉翔に戻る。そんで修治に手を貸す」

「良かった……鴇汰さんならきっと、そう言ってくれると思ったよ」

「麻乃を死なせたりするもんか。俺が絶対に止めてみせる。あいつを助けるのは――俺だ」

 大きく出た鴇汰の言葉に、巧は苦笑をもらすと触れていた膝の辺りを軽くポンポンとたたいた。

「言うじゃないの。それならまずは二日間……しっかり怪我を治しなさいよね」

「そうだよ。そして万全の状態で、必ず麻乃を助けてやるんだ。鴇汰にならきっとできる……期待してるよ」

 穂高がかけた言葉にうなずいた鴇汰は、そのまま眠ってしまったようだ。
 すうすうと単調な呼吸を繰り返している。
 徳丸に変わって今度は巧が鴇汰に回復術を施し始めた。

「ま、なんにせよ、戻る気になったみたいで良かったわ」

「そうだね。俺もホッとしたよ」

「泉翔で鴇汰と修治、岱胡か……心許ないと言えなくもないな。俺たちもこっちでのことを可能なかぎり早く済ませて戻らなきゃならねぇぞ」

「事を起こすのは三国が大陸を離れてからだから……」

「やれるなら、やつらが発ったすぐに動きたいところだな」

 そうだ。大陸でのことが早く済むほど、穂高たちも早く戻れる。
 それが例え、一分であろうが一秒であろうが、少しでも早く。

「その辺りはロマジェリカ次第じゃない? 今日の話しじゃあ、まとめてるのはあそこの軍師だって言うじゃないのよ」

「物資が足りないらしいけど、俺はなんだか不足分は泉翔でなんとかするつもりでいるんじゃないかと思う」

「可能性はあるな。歳は若いようだが、やることはえげつなさそうだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】妃が毒を盛っている。

井上 佳
ファンタジー
2年前から病床に臥しているハイディルベルクの王には、息子が2人いる。 王妃フリーデの息子で第一王子のジークムント。 側妃ガブリエレの息子で第二王子のハルトヴィヒ。 いま王が崩御するようなことがあれば、第一王子が玉座につくことになるのは間違いないだろう。 貴族が集まって出る一番の話題は、王の後継者を推測することだった―― 見舞いに来たエルメンヒルデ・シュティルナー侯爵令嬢。 「エルメンヒルデか……。」 「はい。お側に寄っても?」 「ああ、おいで。」 彼女の行動が、出会いが、全てを解決に導く――。 この優しい王の、原因不明の病気とはいったい……? ※オリジナルファンタジー第1作目カムバックイェイ!! ※妖精王チートですので細かいことは気にしない。 ※隣国の王子はテンプレですよね。 ※イチオシは護衛たちとの気安いやり取り ※最後のほうにざまぁがあるようなないような ※敬語尊敬語滅茶苦茶御免!(なさい) ※他サイトでは佳(ケイ)+苗字で掲載中 ※完結保証……保障と保証がわからない! 2022.11.26 18:30 完結しました。 お付き合いいただきありがとうございました!

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...