蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第87話 接触 ~梁瀬 2~

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「サム、いい加減にせんか。今はそんなことをしている場合ではないと言っただろうが」

 握り締めた手をハンスに解かれた。
 離れても苛立ちが収まらないのはお互い様で、梁瀬は元より男も視線を外さない。
 それに……。

(サム……どこかで聞いた名だ……)

 ハンスの背中越しに睨み合っていたサムの視線が、つとドアに向いた。
 大きく肩で溜息をもらして首を振っている。

「とにかく、おまえがこれからしようとしていることには、人手が必要であろう? 梁瀬なら必ずおまえの力になれる。だから……」

「まったく……爺さまは余計なことをしてくれた。おかげで私は、まだ知らなくていいことまで知ってしまったではありませんか」

 知らなくていいこと……。
 サムのいうそれがなんなのか、梁瀬にはまるでわからない。
 けれど、諦めに近い表情を見せるサムからは、険のある雰囲気をもう感じない。

 サムはそのまま玄関のノブを握った。
 ハンスが慌ててサムを押し留めている。

「これ、まだ話しは終わっておらんぞ!」

「人手が要るのは事実です。私一人では、手が足りないこともわかっています」

 サムの目が今度は徳丸を捉え、フッと不敵な笑みを浮かべた。

「私は今夜、泉翔へ向かいます。わけはまだ話せませんが」

「この期に及んで、まだ泉翔へ攻め入ろうってのか?」

「まさか……私はもう用はありませんが、それでは納得しないかたが一人いますからねぇ」

「納得しねぇ? 理由もわからず、泉翔へ向かうなどと聞かされて納得しねぇのは俺たちも同じだ」

 徳丸がまるで唸り声のような低い声でサムを威嚇している。
 まぁ落ち着いてください、そう言ってサムは笑う。

「向こうへ行けば、あなたがたの残りの仲間が出てくるでしょう。恐らくあなたがたより若い刀使いと、銃を使うものが」

「修治と岱胡か……! てめぇ……やつらになにをしようってんだ!」

「これから大陸で起こることを考えたら、泉翔には少しでも長く持ちこたえていただかなければならないでしょう。とは言っても、なんの情報も得られずでは、いくら泉翔の防衛力が高くてもいささか分が悪い」

 梁瀬は徳丸を見た。
 徳丸も厳しい表情を崩さないまま、一瞬だけ梁瀬に視線を向け、すぐにサムを睨んでいる。

「こちらでの事情もあります。あなたがたのことを口にするわけにはいきませんが、なにか、これだけは伝えておきたい……あるいは伝えておかなければならないことはありますか?」

「伝えておかなければならないこと……?」

 もう一度、徳丸と顔を見合わせる。
 伝えなければならないことは、きっと山ほどあるのに、今、それが思い浮かばない。
 それよりも、梁瀬にとっては、サムがこんなことを言い出したのが驚きだ。
 これではまるで、いいやつのようじゃあないか。

「私たちは今回、軍艦を使うわけではありません。到着は通常より遅く、二日半、あるいは三日はかかるでしょう。ですから時間がありません。本当に最低限の大事な情報だけしかあずかって行けませんが……」

「だったら麻乃だ。修治に麻乃の状態を伝えてくれ。あいつが覚醒したこと、これまでよりも良く動くし雰囲気も違うと。それから大陸のやつらが半数以上の兵を伴ってくることもだ」

「……シュウジ、というのは刀を扱うもののほうですね?」

「そうだ。どれほどの人数が来ようが、所詮は雑魚だ。けれど麻乃は違う。麻乃を抑えられるのは修治だけだ。あいつにその覚悟を持たせなきゃならねぇ」

「雑魚……ですか」

 サムが徳丸の言葉にクッと失笑を漏らした。
 そんなふうに言われて腹を立てるかと思ったのに、サムは面白がっているようにも見える。

「いいでしょう。わかりました」

「くれぐれも、あの二人に妙な真似はしないでほしいね。まぁ、なにをしようにも岱胡さんは……」

「……耐性があるのでしょう? 術に」

「どうしてそれを……!」

「あの二人とは少々関わりがあるのでね。ご心配には及びません。私たちは争いに行くわけではないのですから」

 それより、とサムがドアを開けて梁瀬を振り返った。

「泉翔の術と大陸……特にヘイト、ロマジェリカの術とではずいぶんと質が違うようですね。あなたも、ここで私に手を貸すと仰るのなら、少しはこちらのやり方を学んでおいてください。足手まといになるようじゃ困りますので」

「……なっ!」

「それじゃあ爺さま、詳しい話しは帰ってからまた伺いますから、詳細はあとでよこす部下と決めておいてください」

 サムはあくまで梁瀬に対しては喧嘩腰で出ていった。
 言い返す間もなく去られてしまって、怒りのやり場もなく、地団駄を踏んで暴れたい衝動に駆られた。
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