蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
496 / 780
動きだす刻

第85話 接触 ~巧 2~

しおりを挟む
 どの国が正しくて、どの国が間違っているなどと、一概には言えないと言う。
 どの国にとっても、他者から見て間違っているというようなことであろうとも、そのやりかたがそれぞれの正義なのだと。

「私にも私の正義がある。それを貫いてきたつもりだ。けれど今回は少し特殊だ……なにしろすべての国が関わってくるからね」

 だから巧たちに手を貸すこともする。
 それは鴇汰に対しても同じことだし、ジャセンベルや他の国へも必要とあればそうするとクロムは言う。

 それは助力を求められれば、相手がだれであろうと手を貸し、情報を与えるということだろうか?
 仮にそれが、ロマジェリカの若い軍師だったとしても……?

「けれどね、私も事の善し悪しは判断しているつもりだ。私が良しと感じた相手にしか、協力などはしないから安心しなさい」

 クロムの言葉に巧はホッと溜息がもれた。
 必ずしも敵であるものと同等の条件ではないのなら、そこに勝機も見出せる。

「明日にも彼らと連絡を取り、キミたちと引き合わせる手はずを整えよう。連絡のやり取りは、そのときに決めるといい」

「ありがとうございます」

「これから、キミたちも忙しくなるだろう。けれどくれぐれも、無理はしないように。まだ怪我も完全じゃないんだからね」

「でもクロムさん、鴇汰は……鴇汰の回復はどうするんです?」

 穂高がクロムに問いかけた。
 その口調から、どれほど心配しているかが伺える。
 忙しくなれば当然、鴇汰を診る時間は減ってしまう。
 事が起こるときまでに、鴇汰は回復するんだろうか?
 放っておくなど当然できないし、回復を待ってすべてが後手に回るようでも困る。

「鴇汰くんは、明日には意識が戻ると思う」

「本当ですか!」

「そうは言っても、まだ良くない状態だけどね……あと三日はかかるかな……」

「良かった……それでも、意識が戻るほどに回復してるなら……本当に良かった……」

 穂高がそう言って鼻をすすった。

「鴇汰くんに飲ませている薬の効果があるとは言え、これからは、この家の中での行動は慎重にしないといけなくなるね」

「そうですね。私たちも十分に気をつけるようにします」

「回復を頼みたいときには、私から声をかけるようにしよう。直前に少し強めの薬を飲ませておくから」

 そう言ったクロムの表情が、妙に楽しそうに見えた気がして、巧は苦笑した。
 一つずつ心配事が減り、わかることが増えていく。
 まだまだ手探りな部分は大きいけれど……。
 梁瀬も、消化不良気味の顔をしている。

「今夜はもう休んで、明日は少し早めに起きて準備をしよう。いろいろと準備もあるし、なによりまだ、キミたちに伝えておかなければならないことが山積みだ」
「はい」

 クロムに促されて、席を立った。
 翌朝は早い内に目が覚めた。
 梁瀬はもっと早くに起き出していたようで、ベッドは脱け殻だ。巧も身支度を整えると部屋を出た。

 テーブルでは、梁瀬が本を読みふけっている。
 調理場ではクロムが朝食の支度をしていると言うのに。
 軽く梁瀬をたしなめてから、クロムの手伝いをした。

「いいんだよ、もう済むから。それより今日は忙しくなるんだ、少しのんびりしているといい」

 そう言われてしまい、仕方なくテーブルにつく。
 梁瀬が熱心に見入っているのは、どうやら術にまつわる本のようで、時折なにかを呟いては手にした杖を揺らしている。

 話しかけるのも悪い気がして、巧はぼんやりとクロムの後ろ姿を眺めた。
 顔立ちや体格は似ていないけれど、立ち居振舞いが鴇汰と良く似ている。

 十数分、そうしていると、徳丸と穂高も起き出してきた。
 待っていたかのように食事もできあがり、全員がテーブルへつくと、食事をしながら今日の予定をクロムに指示された。
 今後のことを考えて話しがスムーズに運ぶように、協力をし合えるものたちをできるだけ多く集めたと言う。

「私は鴇汰くんの事情もあるから顔を出せないけれど、昨日、キミたちが顔を合わせた方々も見えるから、その辺は心配は要らないよ」

「わかりました」

「もう少ししたら、昨日話した泉翔の血を引くかたが、迎えに来てくれることになっている」

 ここでクロムが引き合わせてくれたうえで、全員が集まる場所まで、送ってくれる手筈になっているらしい。
 まったく不安がないわけではない。
 けれど今、為すべきことを一つずつこなしていくのが、泉翔を守ることに通じると思えば、恐いものなどなにもないと思えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...