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動きだす刻
第81話 接触 ~穂高 1~
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すべてのことが済み、アンドリューたちが帰っていった。
穂高は今、これまでの話しを聞き終えたうえで、巧に課せられた重みを理解したつもりでいる。
それでも、じかに関わっていないうえに、何度も敵として戦ってきたイメージしかないレイファーが相手だということもあり、今後の対応については事務的な感情しか湧いてこない。
けれど巧にしてみれば、蓮華たちが、長い時間をかけて育んできた行いを、初めて引き継いでくれた相手だ。
穂高の記憶では、レイファーが軍将として泉翔へ渡るようになってから、ジャセンベルの防衛戦に巧が出たことはない。
大陸で植物を育て、大地を育もうとしている姿と泉翔を襲い、鴇汰を何度も死の淵に立たせた姿が重ならないのは当然だろう。
(そのせいなんだろうな……)
迷っている思いが、穂高にもハッキリと伝わってくる。
クロムもそれに気づいているからか、少し前に溜息ばかりをもらしていた巧を手伝わせて、夕食の準備を始めた。
窓の外はもう薄暗い。
「クロムさん、俺、ちょっと鴇汰の様子を見てきていいですか?」
「あぁ、もうこんな時間か……そうだね、ついでに薬も飲ませることにしよう」
クロムが指を鳴らすと、奥の部屋からマルガリータが現れ、グラスに注がれたあの液体を持って先に鴇汰の部屋へと向かった。
穂高もそのあとを追う。
マルガリータが鴇汰の頭を支え、薬湯を飲ませているのを眺めた。
心なしか鴇汰の表情が歪んで見える。
もう、見た目には悪そうなところはなく、包帯を巻き直したときには傷跡も奇麗に消えていた。
術師の回復術でこんなふうに傷が跡形もなく治ると、穂高は思いもしなかった。
クロムにしろ今の梁瀬にしろ、難なく大きな傷を治す。
しかも短時間でだ。
いつか梁瀬が、何日も休みなく回復術を施せばあるいは治すのも可能かもしれない、そう言っていた。
泉翔では、こんなにも強い回復術を使う術師はいなかったけれど、大陸ではこれが当たり前のことなんだろうか?
泉翔以外のことは穂高にはまったくわからない。
知識のなさを怖いと思ったのは初めてだ。
マルガリータがグラスを手に部屋を出ていったあとも、ぼんやりと鴇汰を眺めていた。
不意に鴇汰の唇が動いた。
なにを言おうとしているのかと、耳を寄せてもなにも聞こえない。
顔を離して唇の動きを読み取ると、麻乃と動いたように見える。
「鴇汰……」
多分、目の前で麻乃を奪われたことが、鴇汰の胸を大きく占めているのだろう。
こんな姿になってまで、そう思うと、なにもできずに時期を待っているだけの自分を情けなく思う。
グッと胸が詰まって涙がにじみ、穂高は両手で目頭を揉むように押さえた。
調理場からトマトの酸味を含んだ匂いが漂ってくる。
そろそろ夕飯の準備も終わるころだろうか?
鴇汰の意識が戻る様子もなく、穂高はそっと部屋を出た。
「穂高くん、もう準備も済むから食器をならべてくれないかな……五人ぶんだ」
「五人ぶん?」
不思議に思いながらもテーブルへ食器を並べ終えたのと同時に、梁瀬と徳丸が帰ってきた。
二人ともコートのフードを顔が隠れるほどスッポリと被り、顔の半分はあろうかと言うほど大きなゴーグルを着けている。
体格に差がなければ、どっちがどっちだかわからないほどだ。
「お帰り。ちょうど今、夕飯ができたところだよ」
クロムが声をかけ、促されてコートとゴーグルを取っても、二人とも押し黙ったままでいる。
小さく溜息をもらしたクロムに背を押され、梁瀬と徳丸は椅子に腰を下ろした。
食卓が重苦しい。
一体、梁瀬と徳丸になにがあったのかと気になるのに、巧はなにも聞こうとしない。
食事が済みかけたころ、穂高は思いきって聞いてみることにした。
「二人とも、どこかに出かけていたみたいだけど、一体、どこに行ってきたの?」
一瞬にして場の雰囲気が固まった。
食の進んでいなかった梁瀬と徳丸は、思い詰めた顔のままで一気に食事を済ませると、箸を置いた。
「俺たちは……麻乃を見た」
「麻乃を? だって麻乃は……」
「うん。僕たちは今日、ロマジェリカ領へ行ってきたんだ」
梁瀬と徳丸は重い口調で話しを始めた。
来客が梁瀬の親戚であったこと、会ったことのない従弟がヘイトで反同盟派に属していること、そしてその反同盟派がロマジェリカへ討って出たこと……。
最後に覚醒した麻乃がなにをしたかを。
穂高は今、これまでの話しを聞き終えたうえで、巧に課せられた重みを理解したつもりでいる。
それでも、じかに関わっていないうえに、何度も敵として戦ってきたイメージしかないレイファーが相手だということもあり、今後の対応については事務的な感情しか湧いてこない。
けれど巧にしてみれば、蓮華たちが、長い時間をかけて育んできた行いを、初めて引き継いでくれた相手だ。
穂高の記憶では、レイファーが軍将として泉翔へ渡るようになってから、ジャセンベルの防衛戦に巧が出たことはない。
大陸で植物を育て、大地を育もうとしている姿と泉翔を襲い、鴇汰を何度も死の淵に立たせた姿が重ならないのは当然だろう。
(そのせいなんだろうな……)
迷っている思いが、穂高にもハッキリと伝わってくる。
クロムもそれに気づいているからか、少し前に溜息ばかりをもらしていた巧を手伝わせて、夕食の準備を始めた。
窓の外はもう薄暗い。
「クロムさん、俺、ちょっと鴇汰の様子を見てきていいですか?」
「あぁ、もうこんな時間か……そうだね、ついでに薬も飲ませることにしよう」
クロムが指を鳴らすと、奥の部屋からマルガリータが現れ、グラスに注がれたあの液体を持って先に鴇汰の部屋へと向かった。
穂高もそのあとを追う。
マルガリータが鴇汰の頭を支え、薬湯を飲ませているのを眺めた。
心なしか鴇汰の表情が歪んで見える。
もう、見た目には悪そうなところはなく、包帯を巻き直したときには傷跡も奇麗に消えていた。
術師の回復術でこんなふうに傷が跡形もなく治ると、穂高は思いもしなかった。
クロムにしろ今の梁瀬にしろ、難なく大きな傷を治す。
しかも短時間でだ。
いつか梁瀬が、何日も休みなく回復術を施せばあるいは治すのも可能かもしれない、そう言っていた。
泉翔では、こんなにも強い回復術を使う術師はいなかったけれど、大陸ではこれが当たり前のことなんだろうか?
泉翔以外のことは穂高にはまったくわからない。
知識のなさを怖いと思ったのは初めてだ。
マルガリータがグラスを手に部屋を出ていったあとも、ぼんやりと鴇汰を眺めていた。
不意に鴇汰の唇が動いた。
なにを言おうとしているのかと、耳を寄せてもなにも聞こえない。
顔を離して唇の動きを読み取ると、麻乃と動いたように見える。
「鴇汰……」
多分、目の前で麻乃を奪われたことが、鴇汰の胸を大きく占めているのだろう。
こんな姿になってまで、そう思うと、なにもできずに時期を待っているだけの自分を情けなく思う。
グッと胸が詰まって涙がにじみ、穂高は両手で目頭を揉むように押さえた。
調理場からトマトの酸味を含んだ匂いが漂ってくる。
そろそろ夕飯の準備も終わるころだろうか?
鴇汰の意識が戻る様子もなく、穂高はそっと部屋を出た。
「穂高くん、もう準備も済むから食器をならべてくれないかな……五人ぶんだ」
「五人ぶん?」
不思議に思いながらもテーブルへ食器を並べ終えたのと同時に、梁瀬と徳丸が帰ってきた。
二人ともコートのフードを顔が隠れるほどスッポリと被り、顔の半分はあろうかと言うほど大きなゴーグルを着けている。
体格に差がなければ、どっちがどっちだかわからないほどだ。
「お帰り。ちょうど今、夕飯ができたところだよ」
クロムが声をかけ、促されてコートとゴーグルを取っても、二人とも押し黙ったままでいる。
小さく溜息をもらしたクロムに背を押され、梁瀬と徳丸は椅子に腰を下ろした。
食卓が重苦しい。
一体、梁瀬と徳丸になにがあったのかと気になるのに、巧はなにも聞こうとしない。
食事が済みかけたころ、穂高は思いきって聞いてみることにした。
「二人とも、どこかに出かけていたみたいだけど、一体、どこに行ってきたの?」
一瞬にして場の雰囲気が固まった。
食の進んでいなかった梁瀬と徳丸は、思い詰めた顔のままで一気に食事を済ませると、箸を置いた。
「俺たちは……麻乃を見た」
「麻乃を? だって麻乃は……」
「うん。僕たちは今日、ロマジェリカ領へ行ってきたんだ」
梁瀬と徳丸は重い口調で話しを始めた。
来客が梁瀬の親戚であったこと、会ったことのない従弟がヘイトで反同盟派に属していること、そしてその反同盟派がロマジェリカへ討って出たこと……。
最後に覚醒した麻乃がなにをしたかを。
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