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動きだす刻
第80話 潜む者たち ~巧 3~
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「あなたさまは、我が国における武王の伝承については……?」
「うかがっております」
「知っているのなら話しは早い」
巧がルーンの問いかけに答えると、アンドリューは目を細めた。
その昔、アンドリュー自身、自分こそが武王としてふさわしいのではないかと考えたと言う。
何年も己を磨き、国のために尽くすべく動いたと。
けれどそれはなりたいと思ってなれるものではなくて、あるときを境に自分は武王になり得る存在ではないと気づいたそうだ。
そこで考えたのが、己の考えを受け継ぐ子を生すことだったと言う。
アンドリューの子の中で、男の子は五人。
ただ、その子どもたちが成長していくにつれ、どの子もなにかが足りないと気づいた。
これでは駄目だ、そう思ったとき、城を離れたアンドリューの元侍女が子を生していることを知ったそうだ。
手を尽くして探し出し、強引に城へと上がらせた。
その子どもこそがレイファーだと言う。
「己の思いのみで動いたことで問題もあった。しかし、そうまでして手に入れた甲斐あって、あれはなかなかの男に育った」
「それじゃあ、まさかレイファーが……」
アンドリューは大きくうなずいた。
「ここへ来てようやく、息子も自身の中になにかを見つけ出したようだ。だがしかし、すべてを手に入れたのち、本当にあれが正しき道を行くとは限らぬ」
そう言ってアンドリューは何度か大きく咳き込み、クロムに手渡されたお茶をゆっくりとすすった。
そして机に身を寄せ、真摯な眼差しを巧に向けてきた。
「あれが当初の目的のまま、良き方向へ向かうならばそれで良し。けれど万が一にも、これまでと同等……あるいはそれ以上に己の私利のままに国を動かそうとしたならば……そのときは、お嬢さんの手で、すべての道を絶ってやってくれまいか?」
「そんな……! あなたは自分の子どもの命を、赤の他人の手に任せようというのですか!」
「あれは軍人だ。いつ、その赤の他人の手にかかるともしれん。たまたまこれまで、無事であっただけのことよ」
向き合ったアンドリューの目はなんの迷いもない。
それはレイファーが誤った道を行くなどと、微塵も思っていない目だ。
レイファーの国に対する思いや大陸において国がどうあるべきなのか、それをどう考えているのかを巧は知っている。
知ったうえでその思いを汲み、だからこそ葉山とともに様々なことを教えてきたつもりだ。
まさかそれをジャセンベル国王に知られていようとは思いもしなかったけれど、こうして関わった以上は、最後まで見届けるべきなのだろうか……?
(葉山さんなら……きっと迷うことなく引き受けたんだろうけど……)
巧はどうしても、親と子の対峙を見たくないと考えてしまう。
そこに自分と子どものあり方を重ねてしまうからだ。
「それは……避けることはできないのですか? 穏便に……引き継ぐことは……」
「それは無理だとお嬢さんは知っているだろう。私とて、そうなるべく可能なかぎり暴挙を尽くしてきた。あれが命を狙われていることを知って放っておいたのもそのためだ」
――難しい。
どう考えても巧の手に余る。
つい、クロムの顔を見上げた。
視線に気づいたクロムは、少しだけ困ったような顔を見せてから小さくうなずいた。
次に穂高に視線を移す。
穂高はまだすべてを把握しきれていない様子でありながらも、先になにが起こるかは予想しているようだ。
「穂高……私はこの話し、引き受けようと思う。でも一人じゃ無理なのよ……あんた、悪いけど巻きこまれてくれる?」
「それは……巧さんがそう決めたなら……ただし、俺にもわかるように説明がほしい。クロムさんも知ってること、全部話してくれますよね?」
穂高の答えに一番に答えたのはアンドリューだった。
巧もクロムも同じように答え、穂高を交えて細かな打ち合わせをした。
移動手段、事が起こったあとの動き、それから先の様々な処理に関してまでもアンドリューが準備を進めていたことに、巧は驚いた。
それだけレイファーに対する思いが深いのを、否応なく感じる。
(それなのに……)
先に起こることを考えると引き受けたものの、巧の中で燻ぶる迷いを断ち切ることができないままでいた。
「うかがっております」
「知っているのなら話しは早い」
巧がルーンの問いかけに答えると、アンドリューは目を細めた。
その昔、アンドリュー自身、自分こそが武王としてふさわしいのではないかと考えたと言う。
何年も己を磨き、国のために尽くすべく動いたと。
けれどそれはなりたいと思ってなれるものではなくて、あるときを境に自分は武王になり得る存在ではないと気づいたそうだ。
そこで考えたのが、己の考えを受け継ぐ子を生すことだったと言う。
アンドリューの子の中で、男の子は五人。
ただ、その子どもたちが成長していくにつれ、どの子もなにかが足りないと気づいた。
これでは駄目だ、そう思ったとき、城を離れたアンドリューの元侍女が子を生していることを知ったそうだ。
手を尽くして探し出し、強引に城へと上がらせた。
その子どもこそがレイファーだと言う。
「己の思いのみで動いたことで問題もあった。しかし、そうまでして手に入れた甲斐あって、あれはなかなかの男に育った」
「それじゃあ、まさかレイファーが……」
アンドリューは大きくうなずいた。
「ここへ来てようやく、息子も自身の中になにかを見つけ出したようだ。だがしかし、すべてを手に入れたのち、本当にあれが正しき道を行くとは限らぬ」
そう言ってアンドリューは何度か大きく咳き込み、クロムに手渡されたお茶をゆっくりとすすった。
そして机に身を寄せ、真摯な眼差しを巧に向けてきた。
「あれが当初の目的のまま、良き方向へ向かうならばそれで良し。けれど万が一にも、これまでと同等……あるいはそれ以上に己の私利のままに国を動かそうとしたならば……そのときは、お嬢さんの手で、すべての道を絶ってやってくれまいか?」
「そんな……! あなたは自分の子どもの命を、赤の他人の手に任せようというのですか!」
「あれは軍人だ。いつ、その赤の他人の手にかかるともしれん。たまたまこれまで、無事であっただけのことよ」
向き合ったアンドリューの目はなんの迷いもない。
それはレイファーが誤った道を行くなどと、微塵も思っていない目だ。
レイファーの国に対する思いや大陸において国がどうあるべきなのか、それをどう考えているのかを巧は知っている。
知ったうえでその思いを汲み、だからこそ葉山とともに様々なことを教えてきたつもりだ。
まさかそれをジャセンベル国王に知られていようとは思いもしなかったけれど、こうして関わった以上は、最後まで見届けるべきなのだろうか……?
(葉山さんなら……きっと迷うことなく引き受けたんだろうけど……)
巧はどうしても、親と子の対峙を見たくないと考えてしまう。
そこに自分と子どものあり方を重ねてしまうからだ。
「それは……避けることはできないのですか? 穏便に……引き継ぐことは……」
「それは無理だとお嬢さんは知っているだろう。私とて、そうなるべく可能なかぎり暴挙を尽くしてきた。あれが命を狙われていることを知って放っておいたのもそのためだ」
――難しい。
どう考えても巧の手に余る。
つい、クロムの顔を見上げた。
視線に気づいたクロムは、少しだけ困ったような顔を見せてから小さくうなずいた。
次に穂高に視線を移す。
穂高はまだすべてを把握しきれていない様子でありながらも、先になにが起こるかは予想しているようだ。
「穂高……私はこの話し、引き受けようと思う。でも一人じゃ無理なのよ……あんた、悪いけど巻きこまれてくれる?」
「それは……巧さんがそう決めたなら……ただし、俺にもわかるように説明がほしい。クロムさんも知ってること、全部話してくれますよね?」
穂高の答えに一番に答えたのはアンドリューだった。
巧もクロムも同じように答え、穂高を交えて細かな打ち合わせをした。
移動手段、事が起こったあとの動き、それから先の様々な処理に関してまでもアンドリューが準備を進めていたことに、巧は驚いた。
それだけレイファーに対する思いが深いのを、否応なく感じる。
(それなのに……)
先に起こることを考えると引き受けたものの、巧の中で燻ぶる迷いを断ち切ることができないままでいた。
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