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動きだす刻
第79話 潜む者たち ~巧 2~
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「あの……ところで俺たちは一体なにを……」
穂高が不安そうにクロムに尋ねた。
明らかに敵国の現役ではないにしろ、兵士と思われるものに引き合わされては、巧でも不安にもなる。
「こちらは私の古い知り合いなんだ。大陸では昔から争いが続いているけれど、誰もがいさかいを好んでいるわけじゃない」
「それは……わかります」
穂高の答えに、クロムは笑みを浮かべた。
大陸にも平穏を好み、なんとか大地を再生させようとしているものがいることは、毎年、豊穣で渡ってくるうちに嫌でもわかる。
稀に一般の人々に温かく接してもらうことさえあった。
「お二人は、ずっと以前からそう言った考えを持たれているんだよ」
クロムと穂高の会話を聞いていたアンドリューは、そんなにいいものではない、と軽く否定をする。
「今日はあなたさまに是非ともお願いしたいことがあり、こちらへ参りました」
「頼みごと……ですか?」
コホンと小さな咳払いをして会話を割ったルーンは、巧に対してハッキリと言い、その口調がやけに丁寧で、つい、及び腰になる。
それに……。
(私に用があって、ここを訪ねてきたって言うの?)
巧が大陸へ渡ってきただけでなく、ここにいることまでも知っていた……?
それはクロムが話したからだろうか?
巧たちを助けたあとすぐに、アンドリューに知らせたとしか考えられない。
穂高も同じことを考えているのか、ジッとクロムを見つめたままだ。
「ですが……私にできることなど、この大陸では……」
なにもありはしない。
巧にできるのは、精々毎年の豊穣で苗木を植えつけることくらいだ。
「葉山が信頼をおいていた娘なら、信用に値する。私はそう考えた。他に頼めるような相手もいない。お嬢さんでなければ駄目なのだよ」
この歳にもなって、お嬢さんなどと呼ばれようとは。
なにがおかしいのか、穂高は口もとを引きつらせ、肩を震わせている。
「でも、私には……」
「あなたさまは、二度も助けてくださったではありませんか。あのかたの、命も心も」
ルーンに言われ、巧は驚きで勢い良く立ち上がり、倒れた椅子が強く床を打った。
「巧さん? もしかしてジャセンベルで植物の世話をしてくれるって人のこと?」
穂高が椅子を起こしながら、巧の背中越しに小声で問いかけてきた。
それにうなずいて答える。
「……なぜ、それを?」
アンドリューがニヤリと笑う。
その表情を最初に見たときも感じた。
似ているのだ。
とても――。
「息子になにが起きたかくらいは、知っていて当然だろう?」
「それじゃあ……あなたがジャセンベル王……」
それを聞いた穂高まで弾かれたように勢い良く立ち上がった。
動揺を隠せずにいる穂高の肩を、クロムが両手で支えてなだめている。
そっと手を腰に這わせ、巧は丸腰だったことを思い出した。
「案ずるな、今日は立場云々などというつもりはない。息子の……レイファーのことでどうしても頼んでおきたいことがあるのだ」
「なぜ、私に……もっと相応な人物がいくらでもいるのではありませんか?」
「本来ならば葉山にその役目を担ってもらいたかった。だがやつはもういない」
「ですから、どうして私たちなんです? ジャセンベルの事情はジャセンベルの中で処理をすべきでしょう?」
「葉山のやつとお嬢さんが、息子に生きる指針を見出ださせたからだ。恐らく数日のうちに、私は息子と向き合うことになる。その前に一度、どうしてもお嬢さんと会っておきたかった。だからこそ、無理を押してクロムに頼んだのだ」
「あなたさまには、是非その場に立ち合っていただき、後にあのかたが誤った判断をなさらぬよう、見届けていただきたいのです」
生きる指針……。
確かに始めはなにも知らずに庇い、道を示した。
それと知ったあとも、巧と葉山は毎年いろいろなことを学ばせた。
それはこの荒れた大陸に自然の恵みを取り戻し、争いばかりの世に終止符を打ちたいという意識を感じたからだ。
「それは……巧さんに後見人になれということですか? レイファー……いや、その……あなたの息子さん、俺たちにとっては敵でもある国の軍将の後見人に?」
穂高がショックを隠しきれない様子でアンドリューに尋ねた。
アンドリューとルーンは互いに顔を見合わせてから、穂高に優しげな視線を向けた。
どこか寂しさを感じさせるのは、巧の気のせいだろうか。
ルーンはそこまでおこがましいことを考えてはいない、そう言った。
敵対関係とは言っても、長く一方的に攻め込むことを続けてきたのは、大陸のほうであるとわかっていると。
「私にはなにがどういうことなのか……まず、できることとはなんなのか、それを聞かせてください」
穂高が不安そうにクロムに尋ねた。
明らかに敵国の現役ではないにしろ、兵士と思われるものに引き合わされては、巧でも不安にもなる。
「こちらは私の古い知り合いなんだ。大陸では昔から争いが続いているけれど、誰もがいさかいを好んでいるわけじゃない」
「それは……わかります」
穂高の答えに、クロムは笑みを浮かべた。
大陸にも平穏を好み、なんとか大地を再生させようとしているものがいることは、毎年、豊穣で渡ってくるうちに嫌でもわかる。
稀に一般の人々に温かく接してもらうことさえあった。
「お二人は、ずっと以前からそう言った考えを持たれているんだよ」
クロムと穂高の会話を聞いていたアンドリューは、そんなにいいものではない、と軽く否定をする。
「今日はあなたさまに是非ともお願いしたいことがあり、こちらへ参りました」
「頼みごと……ですか?」
コホンと小さな咳払いをして会話を割ったルーンは、巧に対してハッキリと言い、その口調がやけに丁寧で、つい、及び腰になる。
それに……。
(私に用があって、ここを訪ねてきたって言うの?)
巧が大陸へ渡ってきただけでなく、ここにいることまでも知っていた……?
それはクロムが話したからだろうか?
巧たちを助けたあとすぐに、アンドリューに知らせたとしか考えられない。
穂高も同じことを考えているのか、ジッとクロムを見つめたままだ。
「ですが……私にできることなど、この大陸では……」
なにもありはしない。
巧にできるのは、精々毎年の豊穣で苗木を植えつけることくらいだ。
「葉山が信頼をおいていた娘なら、信用に値する。私はそう考えた。他に頼めるような相手もいない。お嬢さんでなければ駄目なのだよ」
この歳にもなって、お嬢さんなどと呼ばれようとは。
なにがおかしいのか、穂高は口もとを引きつらせ、肩を震わせている。
「でも、私には……」
「あなたさまは、二度も助けてくださったではありませんか。あのかたの、命も心も」
ルーンに言われ、巧は驚きで勢い良く立ち上がり、倒れた椅子が強く床を打った。
「巧さん? もしかしてジャセンベルで植物の世話をしてくれるって人のこと?」
穂高が椅子を起こしながら、巧の背中越しに小声で問いかけてきた。
それにうなずいて答える。
「……なぜ、それを?」
アンドリューがニヤリと笑う。
その表情を最初に見たときも感じた。
似ているのだ。
とても――。
「息子になにが起きたかくらいは、知っていて当然だろう?」
「それじゃあ……あなたがジャセンベル王……」
それを聞いた穂高まで弾かれたように勢い良く立ち上がった。
動揺を隠せずにいる穂高の肩を、クロムが両手で支えてなだめている。
そっと手を腰に這わせ、巧は丸腰だったことを思い出した。
「案ずるな、今日は立場云々などというつもりはない。息子の……レイファーのことでどうしても頼んでおきたいことがあるのだ」
「なぜ、私に……もっと相応な人物がいくらでもいるのではありませんか?」
「本来ならば葉山にその役目を担ってもらいたかった。だがやつはもういない」
「ですから、どうして私たちなんです? ジャセンベルの事情はジャセンベルの中で処理をすべきでしょう?」
「葉山のやつとお嬢さんが、息子に生きる指針を見出ださせたからだ。恐らく数日のうちに、私は息子と向き合うことになる。その前に一度、どうしてもお嬢さんと会っておきたかった。だからこそ、無理を押してクロムに頼んだのだ」
「あなたさまには、是非その場に立ち合っていただき、後にあのかたが誤った判断をなさらぬよう、見届けていただきたいのです」
生きる指針……。
確かに始めはなにも知らずに庇い、道を示した。
それと知ったあとも、巧と葉山は毎年いろいろなことを学ばせた。
それはこの荒れた大陸に自然の恵みを取り戻し、争いばかりの世に終止符を打ちたいという意識を感じたからだ。
「それは……巧さんに後見人になれということですか? レイファー……いや、その……あなたの息子さん、俺たちにとっては敵でもある国の軍将の後見人に?」
穂高がショックを隠しきれない様子でアンドリューに尋ねた。
アンドリューとルーンは互いに顔を見合わせてから、穂高に優しげな視線を向けた。
どこか寂しさを感じさせるのは、巧の気のせいだろうか。
ルーンはそこまでおこがましいことを考えてはいない、そう言った。
敵対関係とは言っても、長く一方的に攻め込むことを続けてきたのは、大陸のほうであるとわかっていると。
「私にはなにがどういうことなのか……まず、できることとはなんなのか、それを聞かせてください」
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