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動きだす刻
第78話 潜む者たち ~巧 1~
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梁瀬と徳丸が出ていってから、どのくらいの時間が経っただろう。
穂高と二人、鴇汰を見続けて疲れが出始めたころ、クロムに呼び出された。
家の中は静まり返っていて、梁瀬と徳丸の気配を感じない。
(そういえば呼ばれて出ていったきりだわ。どこかへ出かけたのかしら?)
通されたのはいつも使っている居間で、そこにいたのは二人の老人男性だった。
一人は見て明らかな異彩を放っている。
浅黒い肌にがっしりとした体躯、焦げ茶色の髪はどう見てもジャセンベル人でしかない。
もう一人は、その従者なのか痩せ細ってやや小柄であっても落ち着いた物腰で、やけに柔らかな雰囲気だ。
(なんだか……どこかで会ったことがあるような気がするわね……)
逸らすことなく視線を向けていたせいか、二人の視線も巧に向いた。
睨むでもなく、敵意に満ちているわけでもなく、ただ、興味を持たれていることだけを感じる。
穂高もそれに気づいているのか、巧と同じように緊張しながらも、二人に敵意は持っていないようだ。
クロムが大柄なほうをアンドリューと、小柄なほうをルーンと紹介してくれたあと、巧と穂高を紹介してくれた。
穂高とともに軽く会釈をすると、アンドリューと呼ばれたほうが、フッと口もとを緩めた。
その表情に、巧はやっぱりどこかで会ったような思いが湧き立つ。
問いかけようとしたとき、クロムが先に口を開いた。
「その後、いかがですか?」
「あれ以後は特に変わりはない。私もいささか年老いた。多少は疲れも出る。その程度だ」
「そうですか。またなにか要りようなときには、いつでも声をかけてください」
「そうは言っても、おまえはまたしばらく他所へ行くのだろう? 連絡の取りようがないじゃあないか。それに……どうやらもう、その必要もなくなりそうだ」
「……では、やはり?」
「ようやくあれも、重い腰を上げたようだ」
クロムとアンドリューの会話を黙ったままで聞いていた。
二人が古い知り合いなのだろうとうかがえる。
それに、会話からアンドリューの体の具合が悪いのだろうことがわかった。
椅子に腰を下ろさないままでアンドリューの背後に立ったルーンが、わずかに寂しそうな顔つきに見えるのもそのせいなのだろうか。
「葉山が……」
クロムに向いていたアンドリューが、巧に向き直ると、神妙な面持ちで問いかけてきた。
「……はい?」
「葉山が亡くなったというのは本当かね?」
葉山は元蓮華の一人で、巧が蓮華になって以来ずっと一緒にジャセンベルへ渡ってきた。
植林も葉山が前任者から受け継いできたことで、巧もならって続けている。
その葉山も、麻乃が洗礼を受ける少し前に、庸儀との戦争で命を落としていた。
「ええ。もうずいぶんと前に……葉山を御存じなのですか?」
「ふん……その昔に忌々しいと思っていたこともあった。やつとて同じことだったろう。互いに見知っていたと言うほどでもない。単に顔を良く合わせただけのことだよ」
「そうですか」
つと窓の外へ向けられたアンドリューは、なにかを懐かしんでいるようにも見える。
顔を合わせただけだと言うけれど、それは普通に人同士として会うのではなく、恐らくは泉翔での防衛戦でのことなのだろう。
(本当に忌々しいやつがいるんだよ)
そんな言葉を、確かに何度か葉山の口からも聞いたことがあった。
穂高と二人、鴇汰を見続けて疲れが出始めたころ、クロムに呼び出された。
家の中は静まり返っていて、梁瀬と徳丸の気配を感じない。
(そういえば呼ばれて出ていったきりだわ。どこかへ出かけたのかしら?)
通されたのはいつも使っている居間で、そこにいたのは二人の老人男性だった。
一人は見て明らかな異彩を放っている。
浅黒い肌にがっしりとした体躯、焦げ茶色の髪はどう見てもジャセンベル人でしかない。
もう一人は、その従者なのか痩せ細ってやや小柄であっても落ち着いた物腰で、やけに柔らかな雰囲気だ。
(なんだか……どこかで会ったことがあるような気がするわね……)
逸らすことなく視線を向けていたせいか、二人の視線も巧に向いた。
睨むでもなく、敵意に満ちているわけでもなく、ただ、興味を持たれていることだけを感じる。
穂高もそれに気づいているのか、巧と同じように緊張しながらも、二人に敵意は持っていないようだ。
クロムが大柄なほうをアンドリューと、小柄なほうをルーンと紹介してくれたあと、巧と穂高を紹介してくれた。
穂高とともに軽く会釈をすると、アンドリューと呼ばれたほうが、フッと口もとを緩めた。
その表情に、巧はやっぱりどこかで会ったような思いが湧き立つ。
問いかけようとしたとき、クロムが先に口を開いた。
「その後、いかがですか?」
「あれ以後は特に変わりはない。私もいささか年老いた。多少は疲れも出る。その程度だ」
「そうですか。またなにか要りようなときには、いつでも声をかけてください」
「そうは言っても、おまえはまたしばらく他所へ行くのだろう? 連絡の取りようがないじゃあないか。それに……どうやらもう、その必要もなくなりそうだ」
「……では、やはり?」
「ようやくあれも、重い腰を上げたようだ」
クロムとアンドリューの会話を黙ったままで聞いていた。
二人が古い知り合いなのだろうとうかがえる。
それに、会話からアンドリューの体の具合が悪いのだろうことがわかった。
椅子に腰を下ろさないままでアンドリューの背後に立ったルーンが、わずかに寂しそうな顔つきに見えるのもそのせいなのだろうか。
「葉山が……」
クロムに向いていたアンドリューが、巧に向き直ると、神妙な面持ちで問いかけてきた。
「……はい?」
「葉山が亡くなったというのは本当かね?」
葉山は元蓮華の一人で、巧が蓮華になって以来ずっと一緒にジャセンベルへ渡ってきた。
植林も葉山が前任者から受け継いできたことで、巧もならって続けている。
その葉山も、麻乃が洗礼を受ける少し前に、庸儀との戦争で命を落としていた。
「ええ。もうずいぶんと前に……葉山を御存じなのですか?」
「ふん……その昔に忌々しいと思っていたこともあった。やつとて同じことだったろう。互いに見知っていたと言うほどでもない。単に顔を良く合わせただけのことだよ」
「そうですか」
つと窓の外へ向けられたアンドリューは、なにかを懐かしんでいるようにも見える。
顔を合わせただけだと言うけれど、それは普通に人同士として会うのではなく、恐らくは泉翔での防衛戦でのことなのだろう。
(本当に忌々しいやつがいるんだよ)
そんな言葉を、確かに何度か葉山の口からも聞いたことがあった。
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