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動きだす刻
第76話 潜む者たち ~梁瀬 4~
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朝食を済ませると、梁瀬は早速、鴇汰へ回復術を施し始めた。
最初に見たときから、ハッキリとした違いがわかるほど鴇汰の顔色は良くなり、呼吸も落ち着いて安定してきている。
ただ、梁瀬にわかるのは外見だけで、中身までは見えない。
意識を取り戻すまでは、やはり心配だ。
穂高と巧は、クロムと一緒に薬草を摘んでくると言い、出かけたらしい。
静かな部屋の中で徳丸と二人、ただ鴇汰を見守っていると、クロムたちが戻ってきて、部屋のドアが開かれた。
「二人とも、少しいいかな?」
「あ……はい」
鴇汰から離れ、クロムについて部屋を出ると、入れ替わりに穂高と巧が中へ入った。
調理場を通り抜け、梁瀬たちが使わせてもらっている建物のほうへ移る。
居間のテーブルには、こちらへ背中を向け、椅子に腰かける姿があった。
「待たせてしまって申し訳ありません」
クロムの呼びかけに、ゆっくり腰を上げて振り返った瞳が、梁瀬を見て丸くなり、すぐに弧を描く。
「なんだ。ウィロー。やっぱりおまえさんか」
「ハンスさん……? どうしてここに……」
「まぁ、かけなさい」
ためらいながら梁瀬は徳丸と一緒にハンスの向かい側に座った。
途端にクロムとハンスが口を開いた。
「ところで、その後はどうなっていますか?」
「うむ。おまえさんがいうとおり、やはり動きだすようだな」
「そうですか……こうなった以上は、動いてもらわなければなりませんけど……あちらもまだ、でしたよね?」
「ああ。しかも、いささか急でもある。なにしろ、今日の夕刻だそうだよ」
梁瀬も徳丸も、二人の話しについて行けずにいた。
隣り合わせで互いに目を合わせることもなく、淡々と会話を続ける姿を眺め、不思議に思った。
どう見ても、昔から互いを知っているとしか思えない。
「夕刻ですか。ここからだと……」
「すぐに発てば十分に間に合うわ」
クロムとハンスの目が同時に梁瀬に向き、徳丸へと移った。
「そういうわけだ。ウィ……いや。梁瀬。出かけるから支度をしなさい」
ハンスに急かされ、立ち上がると、壁にかけてあったフード付きのコートとゴーグルをクロムに手渡された。
「クロムさん、これは一体……」
「ここを出ると砂埃が凄い。これを着ていくといい」
妙に思いながらも訪ねてきたのがハンスであったことでほんの少し不安が和らぐ。コートと一緒に受け取った水筒を手に表へ出ると、ハンスのあとを追った。
しばらく歩いて森を抜けると車が一台停まっていて、ハンスが乗り込む。運転席には若い男の姿も見える。
戸惑いを見せた徳丸の手を引き、梁瀬は後部席に押し込んだ。
どこへ連れていこうというのかはわからない。
けれど行けばなにかを掴める気がした。
運転をしている男もハンスも一言も発しないまま、車は数時間ものあいだ、走り続けていく。
梁瀬は今、自分がどこにいるのかさえわかっていない。わかるのはヘイトではないということだけだ。
兵士でもないハンスが、危険な目に遭うかもしれない他国に足を踏み入れたのはなぜだろうか。
やがて車は荒れ果てた土地の岩場へとたどり着いた。
運転していた男が先に車を降り、岩の合間をぬってどこかへ走り去っていく。ハンスも車を降り、後部席のドアを開けた。
「二人とも降りてあとをついておいで」
言われるがままに梁瀬は徳丸を誘ってあとを追った。
先に行った男の合図で岩場の切れ目に身をひそめたのは、車を降りて十分が過ぎたころだった。
「風と砂埃がひどいな……」
「うん。これじゃ、ろくに前も見えやしないね」
目の前に広がる土地は砂埃と枯れ草を舞い上げている。
徳丸のぼやきに梁瀬もうなずいて答えると、前を行くハンスは呆れた顔を見せた。
「おまえさんたち……そのフードとゴーグルはなんのためにあると思うのかね」
「あ……そうか」
二人揃って慌ててフードを被り、ゴーグルをつけた。
やっと視界が少し開ける。それを待っていたように、男が梁瀬と徳丸に単眼鏡を手渡してきた。
「そろそろ時間だ」
「時間ってなにがです?」
ハンスは黙ったままで正面から少し左へずれた辺りを指差す。
梁瀬よりも先に徳丸がその方角へ目を向けている。
「あれは……城か?」
「そう。ここはロマジェリカ領だ。これから起こることをしっかりと見ておきなさい」
「爺さま、出ました!」
徳丸の問いに答えたハンスは腕時計に視線を落とし、前方の男がハンスに呼びかけた。
最初に見たときから、ハッキリとした違いがわかるほど鴇汰の顔色は良くなり、呼吸も落ち着いて安定してきている。
ただ、梁瀬にわかるのは外見だけで、中身までは見えない。
意識を取り戻すまでは、やはり心配だ。
穂高と巧は、クロムと一緒に薬草を摘んでくると言い、出かけたらしい。
静かな部屋の中で徳丸と二人、ただ鴇汰を見守っていると、クロムたちが戻ってきて、部屋のドアが開かれた。
「二人とも、少しいいかな?」
「あ……はい」
鴇汰から離れ、クロムについて部屋を出ると、入れ替わりに穂高と巧が中へ入った。
調理場を通り抜け、梁瀬たちが使わせてもらっている建物のほうへ移る。
居間のテーブルには、こちらへ背中を向け、椅子に腰かける姿があった。
「待たせてしまって申し訳ありません」
クロムの呼びかけに、ゆっくり腰を上げて振り返った瞳が、梁瀬を見て丸くなり、すぐに弧を描く。
「なんだ。ウィロー。やっぱりおまえさんか」
「ハンスさん……? どうしてここに……」
「まぁ、かけなさい」
ためらいながら梁瀬は徳丸と一緒にハンスの向かい側に座った。
途端にクロムとハンスが口を開いた。
「ところで、その後はどうなっていますか?」
「うむ。おまえさんがいうとおり、やはり動きだすようだな」
「そうですか……こうなった以上は、動いてもらわなければなりませんけど……あちらもまだ、でしたよね?」
「ああ。しかも、いささか急でもある。なにしろ、今日の夕刻だそうだよ」
梁瀬も徳丸も、二人の話しについて行けずにいた。
隣り合わせで互いに目を合わせることもなく、淡々と会話を続ける姿を眺め、不思議に思った。
どう見ても、昔から互いを知っているとしか思えない。
「夕刻ですか。ここからだと……」
「すぐに発てば十分に間に合うわ」
クロムとハンスの目が同時に梁瀬に向き、徳丸へと移った。
「そういうわけだ。ウィ……いや。梁瀬。出かけるから支度をしなさい」
ハンスに急かされ、立ち上がると、壁にかけてあったフード付きのコートとゴーグルをクロムに手渡された。
「クロムさん、これは一体……」
「ここを出ると砂埃が凄い。これを着ていくといい」
妙に思いながらも訪ねてきたのがハンスであったことでほんの少し不安が和らぐ。コートと一緒に受け取った水筒を手に表へ出ると、ハンスのあとを追った。
しばらく歩いて森を抜けると車が一台停まっていて、ハンスが乗り込む。運転席には若い男の姿も見える。
戸惑いを見せた徳丸の手を引き、梁瀬は後部席に押し込んだ。
どこへ連れていこうというのかはわからない。
けれど行けばなにかを掴める気がした。
運転をしている男もハンスも一言も発しないまま、車は数時間ものあいだ、走り続けていく。
梁瀬は今、自分がどこにいるのかさえわかっていない。わかるのはヘイトではないということだけだ。
兵士でもないハンスが、危険な目に遭うかもしれない他国に足を踏み入れたのはなぜだろうか。
やがて車は荒れ果てた土地の岩場へとたどり着いた。
運転していた男が先に車を降り、岩の合間をぬってどこかへ走り去っていく。ハンスも車を降り、後部席のドアを開けた。
「二人とも降りてあとをついておいで」
言われるがままに梁瀬は徳丸を誘ってあとを追った。
先に行った男の合図で岩場の切れ目に身をひそめたのは、車を降りて十分が過ぎたころだった。
「風と砂埃がひどいな……」
「うん。これじゃ、ろくに前も見えやしないね」
目の前に広がる土地は砂埃と枯れ草を舞い上げている。
徳丸のぼやきに梁瀬もうなずいて答えると、前を行くハンスは呆れた顔を見せた。
「おまえさんたち……そのフードとゴーグルはなんのためにあると思うのかね」
「あ……そうか」
二人揃って慌ててフードを被り、ゴーグルをつけた。
やっと視界が少し開ける。それを待っていたように、男が梁瀬と徳丸に単眼鏡を手渡してきた。
「そろそろ時間だ」
「時間ってなにがです?」
ハンスは黙ったままで正面から少し左へずれた辺りを指差す。
梁瀬よりも先に徳丸がその方角へ目を向けている。
「あれは……城か?」
「そう。ここはロマジェリカ領だ。これから起こることをしっかりと見ておきなさい」
「爺さま、出ました!」
徳丸の問いに答えたハンスは腕時計に視線を落とし、前方の男がハンスに呼びかけた。
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