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動きだす刻
第72話 秘密 ~巧 3~
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「泉翔に渡った日、船の中では本当に助けられたよ。キミのおかげで鴇汰くんはずいぶんと元気を取り戻したんだ」
梁瀬の問いには答えず、クロムは礼を言いながら頭を下げている。
梁瀬は心当たりがないのか、首を捻った。
「……僕が?」
「ヤッちゃんが鴇汰になにかをしたんですか?」
「さっきも話したけれど、当時、鴇汰くんは精神的に参ってしまっていてね……」
船には子どもも多くいたけれど、両親や父親、あるいは母親、兄弟とともにいる子どもばかりで、鴇汰にとっては寂しさや悲しさ、辛さを強く感じさせるだけの空間だったらしい。
できるだけ周囲を見ないようにうつむいてばかりで、口を開くこともない状態だったと言う。
今の鴇汰の姿からはとても想像もつかない。
クロムも泉翔へ着いてからのことなどを、他のものたちと話し合わなければならず、ずっと鴇汰のそばにいることができなかったそうだ。
「たまに様子を見に行っても、デッキの片隅の人目につかない場所で、膝を抱えて小さくなっているだけだったよ」
そう言って真っ暗な窓の外へ目を向けた。
様子を見に行った何度目かのときに、鴇汰の隣に腰を下ろして、しきりになにかを話しかけてくれている男の子に気づき、遠目に様子を見ていたと言う。
「無反応な鴇汰くんに怒り出すこともなく、根気よく話し続けてくれているのが良くわかったんだ」
誰もが身内のものと過ごしている中、一人でいる理由を察したからなのか、男の子は次第に言葉が少なくなり、最後には黙ってしまった。
いよいよ男の子も諦めて鴇汰から離れていくのだろう、そう思ったとき、懐から小さな杖を出したのが目に入った。
黙ったままでそれを小刻みに揺らして鴇汰の視線が杖に向いたのを確認すると、男の子はニッコリと笑い、巧みに杖を操り数種類の動物を出してみせ、鴇汰の関心を急速に惹きつけたそうだ。
十分も経つと鴇汰もやっと口を開き、笑い声まで響いてきて、ホッとしたのと同時に嬉しさと感謝の気持ちで一杯になったと言う。
「私もせがまれて術を見せることはあったけれど、あんなふうに誰かを元気づけ、楽しませたりするなど、そのころは考えもしなかったよ」
クロムの真っすぐな視線に梁瀬は少し照れている。
けれど古い記憶で思い出せずにいるのか、複雑そうな表情をしていた。
梁瀬からは以前、当時の話しを聞いたことがある。
比較的細かな状況まで語ってくれたのは、梁瀬が十歳という年齢に達していたのと、その記憶力の良さがあったからだ。
その梁瀬が、術を披露するほどに誰かと関わったのを忘れているとは思い難いけれど……。
なにか手応えを感じるのに手繰り寄せようとすると遠ざかっていくような気分になるのはなぜだろうか。
「それからしばらくのあいだは、とても熱心に術を学んでいたからね」
「鴇汰が術を? でも鴇汰はまったく使えませんよね?」
問いかけにクロムは笑ってみせただけで、なにも答えなかった。
「今夜はもう遅い。キミたちも休んだほうがいいだろう。このあとは私が続けるから、また明日お願いするよ」
窓辺に止まっていた鳥がドアの近くへ飛び、銀髪の女性に姿を変えるとこちらに向かって手招きをした。
クロムの視線がこちらに向くことはなく、仕方なしに立ち上がり、部屋をあとにした。
梁瀬の問いには答えず、クロムは礼を言いながら頭を下げている。
梁瀬は心当たりがないのか、首を捻った。
「……僕が?」
「ヤッちゃんが鴇汰になにかをしたんですか?」
「さっきも話したけれど、当時、鴇汰くんは精神的に参ってしまっていてね……」
船には子どもも多くいたけれど、両親や父親、あるいは母親、兄弟とともにいる子どもばかりで、鴇汰にとっては寂しさや悲しさ、辛さを強く感じさせるだけの空間だったらしい。
できるだけ周囲を見ないようにうつむいてばかりで、口を開くこともない状態だったと言う。
今の鴇汰の姿からはとても想像もつかない。
クロムも泉翔へ着いてからのことなどを、他のものたちと話し合わなければならず、ずっと鴇汰のそばにいることができなかったそうだ。
「たまに様子を見に行っても、デッキの片隅の人目につかない場所で、膝を抱えて小さくなっているだけだったよ」
そう言って真っ暗な窓の外へ目を向けた。
様子を見に行った何度目かのときに、鴇汰の隣に腰を下ろして、しきりになにかを話しかけてくれている男の子に気づき、遠目に様子を見ていたと言う。
「無反応な鴇汰くんに怒り出すこともなく、根気よく話し続けてくれているのが良くわかったんだ」
誰もが身内のものと過ごしている中、一人でいる理由を察したからなのか、男の子は次第に言葉が少なくなり、最後には黙ってしまった。
いよいよ男の子も諦めて鴇汰から離れていくのだろう、そう思ったとき、懐から小さな杖を出したのが目に入った。
黙ったままでそれを小刻みに揺らして鴇汰の視線が杖に向いたのを確認すると、男の子はニッコリと笑い、巧みに杖を操り数種類の動物を出してみせ、鴇汰の関心を急速に惹きつけたそうだ。
十分も経つと鴇汰もやっと口を開き、笑い声まで響いてきて、ホッとしたのと同時に嬉しさと感謝の気持ちで一杯になったと言う。
「私もせがまれて術を見せることはあったけれど、あんなふうに誰かを元気づけ、楽しませたりするなど、そのころは考えもしなかったよ」
クロムの真っすぐな視線に梁瀬は少し照れている。
けれど古い記憶で思い出せずにいるのか、複雑そうな表情をしていた。
梁瀬からは以前、当時の話しを聞いたことがある。
比較的細かな状況まで語ってくれたのは、梁瀬が十歳という年齢に達していたのと、その記憶力の良さがあったからだ。
その梁瀬が、術を披露するほどに誰かと関わったのを忘れているとは思い難いけれど……。
なにか手応えを感じるのに手繰り寄せようとすると遠ざかっていくような気分になるのはなぜだろうか。
「それからしばらくのあいだは、とても熱心に術を学んでいたからね」
「鴇汰が術を? でも鴇汰はまったく使えませんよね?」
問いかけにクロムは笑ってみせただけで、なにも答えなかった。
「今夜はもう遅い。キミたちも休んだほうがいいだろう。このあとは私が続けるから、また明日お願いするよ」
窓辺に止まっていた鳥がドアの近くへ飛び、銀髪の女性に姿を変えるとこちらに向かって手招きをした。
クロムの視線がこちらに向くことはなく、仕方なしに立ち上がり、部屋をあとにした。
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