蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
481 / 780
動きだす刻

第70話 秘密 ~巧 1~

しおりを挟む
 一通り今後のことを話し合い、生活をするに当たっての注意点などをクロムとともに決めた。
 術の強さを知るために一度、穂高と徳丸と交替で鴇汰に回復術を施してみると、三人の中では巧が一番使えることがわかったけれど、効きかたが思った以上に強くて驚いた。

 小さなすり傷などは、三人が一巡したときには微かな傷痕が残っている程度だったし、梁瀬が後を継ぐと大きな傷もあっと言う間に塞がっている。

「ここはそういう土地だからね」

 クロムはそう言ったけれど、医療所で手当てをしてもらわなくとも、こうもあっさり傷を治せる力を怖いとも思った。
 しかも、聞けばロマジェリカでは土地の力の有無に関わらず、強い回復術を扱うものが何人かいるそうだ。

 戦っている最中にそんなヤツがそばにいたら、致命傷を与えて完全に命を断たないかぎり、何度でも回復されてしまうんじゃないだろうか?
 眠っている鴇汰の枕もとに椅子を寄せ、頬に残る傷を治しながら、額にかかった髪を払ってやった。

(そう言えば以前、麻乃が倒れたときにもこうして髪を払ってやったっけ……)

 そのあと、飛び起きた麻乃はひどく怯えていた。
 みんなを遠ざけるように尖っていた癖に、なにかが起きれば本気で心配をしてくれる。
 いつでも、小さな体に収まりきれない感情をもて余しているようにも見えたっけ。

 内側に抱え込んでいるだろうなにかが、麻乃を押し留めているようにも見えたけれど……。
 修治はそれがなんなのかを知っていたのだろうか。

 今、ロマジェリカで覚醒しているとして、外側の変化はジェの姿で想像がつく。
 けれど内側はどうなのだろう?
 クロムは麻乃が巧たちを拒む可能性を示唆していた。

『あんたたちみんな、大嫌い!』

 いつか麻乃がそう叫んだことがあったのを思い出す。
 本気で言ったわけではないと、あのときはわかっていたけれど……。
 肩にコツンと穂高の頭が当たった。

「ちょっと。この子、寝ちゃったわよ」

 壁際で、本を読み耽っている梁瀬と、その隣でウトウトしている徳丸に声をかける。

「慣れないことをしたせいだろうね。疲れたんだと思うよ」

「梁瀬、お前ちょっと足のほうを持て。このまま部屋へ連れていこう」

 二人で穂高を抱え上げて出ていった。
 外はいつの間にか暗くなり始め、徳丸たちと入れ替わりに入ってきたクロムが灯りを灯し、部屋の中がほのかに明るくなる。
 異臭がして思わず顔を上げると、クロムは大きなグラスに入った苔色の薬湯を手に、ベッドの反対側に立った。

「驚いたな。外側はもうほとんどの傷が癒えている。あとは内側だけれど、これは私が加わっても数日はかかるだろうね」

 感心したような口調でこちらに向かって微笑みながらも、手は鴇汰の首を持ち上げ、容赦なく薬湯を口に流し込んでいる。
 心なしか鴇汰の顔が苦痛に歪んだ気がした。

(……これはさすがに酷だわねぇ……)

 薬湯を口にしたときの味が鮮明に甦ってきて胃が重い。
 術をかけ始める前に一度、そして今、一体このあと何度飲ませるつもりなのだろう?

 鴇汰の表情とは逆に、クロムのほうは面白がっているようにも見える。
 穂高はクロムのことを良く知っているからか信頼しているように見えるけれど、巧は掴み難い雰囲気にまだ少し身構えてしまう。

「こういう姿を見てしまうと、この子を泉翔へ連れていったのは間違いだったのだろうかと考えてしまうな……いや、置いてきてしまったのがいけなかったと言うべきなのかな」

 ポツリと呟いた言葉に、どう答えていいのかわからずにいると

「鴇汰くんの最近の様子に、どこかおかしなところはなかったかな?」

 と聞かれた。

「おかしなところと言うか……数カ月くらい前から落ち着きがなくなった感じはします。それ以外は特になにも」

「そうか……」

 少しガッカリしたように椅子に腰を下ろして鴇汰を見つめている。
 その視線は温かみを持っていて、どれほど鴇汰を心配しているのかが手に取るようにわかった。
 子を持つ親の目と同じだ。

「あの……立ち入ったことをお聞きしますが、鴇汰はなぜ、泉翔へ……? あなたとなら、大陸で十分暮らしていくことができたんじゃありませんか?」

 大体の事情は知っている。
 それでもこの大陸で、こんなにも人目につかない場所へ住居を構えられるなら、わざわざ危ない航海をする必要はなかっただろう。
 なおかつ、まだ幼かった鴇汰を、泉翔へ置いていったことが理解できない。

「この子は目の前で両親を失ってしまってね。元々が内気な子だったせいもあって、当時は口もきけないほどに憔悴して……」

 どんなに場所を変えたところで大陸にいる以上、どうしても拭いきれないものがあるような気がした。
 二人きりで過ごすには鴇汰はまだ五歳を迎える直前で、当たり前に経験することもできなくなるような狭い世界に閉じ込めたくなかった、そう言った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...