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動きだす刻
第68話 秘密 ~穂高 5~
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「それじゃあ、次の問いに答えようか。彼女……麻乃ちゃんは、ここにはいない」
「いない? でもさっき、麻乃は無事だって……」
「弓を射かけられてね、肩に傷を負っているけれど、無事でいることは確かだよ」
「……じゃあ麻乃は一体、どこにいるっていうんです?」
穂高たちを襲ってきた庸儀の兵、鴇汰のあの姿、怪我を負っているけれど今ここにいない麻乃……。
嫌な想像しか膨らんでこないのは、穂高だけではなく巧も徳丸も同じようなのに、梁瀬は相変わらず涼しい顔でいる。
「鴇汰くんのあの姿を見て、察しはついているだろうと思う。彼女は今、ロマジェリカにいる」
誰よりも先に席を立つと、巧と徳丸も勢い良く立ち上がった。
槍はさっきの部屋にある。それさえ持てば……!
ドアに向かおうと一歩踏み出した途端、クロムに手を取られた。
「どこへ行こうというんだ?」
「どこもなにも、麻乃を助けに行かないと!」
「キミたちはさっき約束をしただろう。ここから出ないとね」
一呼吸置いてから、クロムは諭すような口調でゆっくりと言った。
「それは……」
「彼女がいるのはロマジェリカ城だ。そんなところへキミたちが三人で行ったところで、本当に彼女を助け出せると思うのかい?」
「だからって、私たちはあの子を放ってなんかおけません! 仲間なんですよ!」
「なんらかの手はあるはずです。麻乃がロマジェリカに連れ去られたと知った以上、ここで手を拱いているわけには行かないんです!」
強くテーブルをたたいた徳丸の表情が歪み、まだ骨折が治っていないことを思い出した。
巧もハッとして徳丸の背に手をおいている。
「キミたちが行こうとしているのは、まさに敵の本丸だよ。そんな体の状態で、兵を多く抱える城へなど忍び込むことすらできやしないだろう」
「それでも俺たちは、麻乃を放っておくことなんてできません!」
手を振り解いてそう訴えると、クロムは小さく溜息をついて立ち上がり、その手が動いたのと同時に頬へ衝撃を受けた。
引っぱたかれたショックで呆然と立ちすくむ。
余程のことがないかぎりクロムが鴇汰や穂高に手を上げることはないのも知っているし、子どものころは、何度かそう言う叱られかたをされたこともある。
それはいつでも間違ったら命に関わるような行動をしたときだけだった。
今、たたかれたということは、そういう状況だからなんだろうと頭の中では理解できるけれど、気持ちが納得行かない。
「あの国が今、妙なのはキミたちも知っているだろう? 困窮しているはずなのになぜか減ることのない兵、特殊な術を使う術師も多い。キミたちが万全の状態だったとしても、他の国へ入り込むより数段難しいだろう」
それに……とクロムは言い澱み、言葉を選んでいるのか黙っている。
立ちすくんでいる穂高の背に触れると、椅子へ戻りなさいと促してきた。
仕方なく、また椅子へと腰を下ろす。
「運良くたどり着いたとして、怪我を負っている彼女を連れて逃げだすことが、百パーセント可能だろうか? 彼女のほうが果たしてキミたちが来たことを快く受け入れてくれるだろうか?」
「麻乃が俺たちを拒むっていうんですか?」
「その可能性がないと言えるのかい? 考えてごらん? なぜロマジェリカが彼女を連れ去ったのかを」
「……なぜ?」
三人で顔を見合わせる。なぜ、とはどういうことだろうか?
つと梁瀬に視線を向けると、テーブルの上でカップを握ったまま、ジッとそれに目線を落としている。
なにか考えているようなのに、どうして黙っているのだろう。
たまらずに問いかけた。
「梁瀬さん、梁瀬さんはどう思ってる?」
「僕は……みんなは聞いているかわからないけど、僕は以前、修治さんに麻乃さんの話しを聞いているんだ。覚醒の仕方がまずいと大変なことになるって……」
「それは私も聞いたことがあるわ」
「ロマジェリカが麻乃さんをさらった以上、なんらかの手段を使って覚醒させるに違いないと思う。それも、泉翔に取って良くないように」
「だったらなおさら、早いうちに取り戻さなきゃならねぇだろうが」
開いたままの窓からカーテンの隙間を縫ってツバメが部屋へ入り込んできて、梁瀬が伸ばした指先に止まった。
それはきっと式神なのに、いつもと違ってメモに変わらない。
「僕らが着くころには、もう手遅れだとしたら……? 手加減してくれても敵わない麻乃さんを敵方に回して、僕らの誰が敵うと思う?」
「ヤッちゃんは、助けに行くことに反対なの?」
「助けに行くことに反対なんじゃないよ。ただ……今、僕らがここを出てしまって、誰が鴇汰さんを助けるの? それに同盟三国は、麻乃さんの力を手に入れたら必ず泉翔を襲うよ。それを止めるのは誰?」
「いない? でもさっき、麻乃は無事だって……」
「弓を射かけられてね、肩に傷を負っているけれど、無事でいることは確かだよ」
「……じゃあ麻乃は一体、どこにいるっていうんです?」
穂高たちを襲ってきた庸儀の兵、鴇汰のあの姿、怪我を負っているけれど今ここにいない麻乃……。
嫌な想像しか膨らんでこないのは、穂高だけではなく巧も徳丸も同じようなのに、梁瀬は相変わらず涼しい顔でいる。
「鴇汰くんのあの姿を見て、察しはついているだろうと思う。彼女は今、ロマジェリカにいる」
誰よりも先に席を立つと、巧と徳丸も勢い良く立ち上がった。
槍はさっきの部屋にある。それさえ持てば……!
ドアに向かおうと一歩踏み出した途端、クロムに手を取られた。
「どこへ行こうというんだ?」
「どこもなにも、麻乃を助けに行かないと!」
「キミたちはさっき約束をしただろう。ここから出ないとね」
一呼吸置いてから、クロムは諭すような口調でゆっくりと言った。
「それは……」
「彼女がいるのはロマジェリカ城だ。そんなところへキミたちが三人で行ったところで、本当に彼女を助け出せると思うのかい?」
「だからって、私たちはあの子を放ってなんかおけません! 仲間なんですよ!」
「なんらかの手はあるはずです。麻乃がロマジェリカに連れ去られたと知った以上、ここで手を拱いているわけには行かないんです!」
強くテーブルをたたいた徳丸の表情が歪み、まだ骨折が治っていないことを思い出した。
巧もハッとして徳丸の背に手をおいている。
「キミたちが行こうとしているのは、まさに敵の本丸だよ。そんな体の状態で、兵を多く抱える城へなど忍び込むことすらできやしないだろう」
「それでも俺たちは、麻乃を放っておくことなんてできません!」
手を振り解いてそう訴えると、クロムは小さく溜息をついて立ち上がり、その手が動いたのと同時に頬へ衝撃を受けた。
引っぱたかれたショックで呆然と立ちすくむ。
余程のことがないかぎりクロムが鴇汰や穂高に手を上げることはないのも知っているし、子どものころは、何度かそう言う叱られかたをされたこともある。
それはいつでも間違ったら命に関わるような行動をしたときだけだった。
今、たたかれたということは、そういう状況だからなんだろうと頭の中では理解できるけれど、気持ちが納得行かない。
「あの国が今、妙なのはキミたちも知っているだろう? 困窮しているはずなのになぜか減ることのない兵、特殊な術を使う術師も多い。キミたちが万全の状態だったとしても、他の国へ入り込むより数段難しいだろう」
それに……とクロムは言い澱み、言葉を選んでいるのか黙っている。
立ちすくんでいる穂高の背に触れると、椅子へ戻りなさいと促してきた。
仕方なく、また椅子へと腰を下ろす。
「運良くたどり着いたとして、怪我を負っている彼女を連れて逃げだすことが、百パーセント可能だろうか? 彼女のほうが果たしてキミたちが来たことを快く受け入れてくれるだろうか?」
「麻乃が俺たちを拒むっていうんですか?」
「その可能性がないと言えるのかい? 考えてごらん? なぜロマジェリカが彼女を連れ去ったのかを」
「……なぜ?」
三人で顔を見合わせる。なぜ、とはどういうことだろうか?
つと梁瀬に視線を向けると、テーブルの上でカップを握ったまま、ジッとそれに目線を落としている。
なにか考えているようなのに、どうして黙っているのだろう。
たまらずに問いかけた。
「梁瀬さん、梁瀬さんはどう思ってる?」
「僕は……みんなは聞いているかわからないけど、僕は以前、修治さんに麻乃さんの話しを聞いているんだ。覚醒の仕方がまずいと大変なことになるって……」
「それは私も聞いたことがあるわ」
「ロマジェリカが麻乃さんをさらった以上、なんらかの手段を使って覚醒させるに違いないと思う。それも、泉翔に取って良くないように」
「だったらなおさら、早いうちに取り戻さなきゃならねぇだろうが」
開いたままの窓からカーテンの隙間を縫ってツバメが部屋へ入り込んできて、梁瀬が伸ばした指先に止まった。
それはきっと式神なのに、いつもと違ってメモに変わらない。
「僕らが着くころには、もう手遅れだとしたら……? 手加減してくれても敵わない麻乃さんを敵方に回して、僕らの誰が敵うと思う?」
「ヤッちゃんは、助けに行くことに反対なの?」
「助けに行くことに反対なんじゃないよ。ただ……今、僕らがここを出てしまって、誰が鴇汰さんを助けるの? それに同盟三国は、麻乃さんの力を手に入れたら必ず泉翔を襲うよ。それを止めるのは誰?」
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