蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第66話 秘密 ~穂高 3~

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「ずいぶんと広い家なのね」

 巧が感心したように言い、徳丸とともにうなずいた。
 クロムが左端のドアを開けると中に大きなベッドが見え、誰かが横たわっている。

「まったく……本当に困った子だよ……無事に見つかったから良かったけれど、ひどい怪我を負ってしまってね」

 その口調に、全身の血の気が引いた。こんないいかたをするということは――。

 クロムを押し退けてベッドに駆け寄り、眠っている姿を見て冷や汗が噴き出した。
 一気に体が冷えて目眩を覚える。

「――鴇汰!」

 両手で布団を剥ぎ取り、鴇汰の肩を掴んで揺さぶった。
 上衣は脱がされてあちこちに包帯が巻かれ、それで足りない部分にはガーゼが貼られている。

「なんてこった……」

 その姿を目の当たりにして巧が息を飲み、徳丸が呟いた。

「鴇汰! なにがあったんだよ! なんだってこんな――!」

 眠っている鴇汰の眉が歪んで軽くむせ返し、飛んだ唾が穂高の袖口に赤い染みをつけ、ゾッとする。
 もう一度、名前を呼んでもなんの反応もない。
 力のこもった手をクロムに掴み取られた。

「穂高くん、今は余り動かさないでくれ。ようやく命に問題のない状態まで漕ぎ着けたんだ」

 命に問題がないと聞いて体じゅうの力が抜け、どっと涙があふれて止まらなくなった。
 良かったと、そう言いたいのに嗚咽で言葉が出ない。
 巧が鴇汰に布団を掛け直してやりながら鼻をすすった。

「さぁ、もう少し話しをしようか」

 腕を引かれて立ち上がり、徳丸になだめられながら隣の部屋へ移った。
 泣き過ぎて頭が重く、椅子に腰を降ろして放心している横で巧も徳丸も難しい顔をして押し黙っている。
 クロムが甘いお茶を入れて、目の前に並べた。
 ほどよい甘さにホッと溜息がもれる。

「見つけ出したのは一昨日、キミたちを助けてきたあとでね。本当にひどい状態だった」

「鴇汰に何があったか、ご存知なんですか?」

 巧が問いかけた。

「大体の事は、ね。キミたちを助けるのが遅れたのも、私自身が迷ったからだ」

「じゃあ、同じころに……」

「崖から落とされてしまってね。途中で岩場に体を打ちつけたうえに、流されたあいだにもあちこちを打っている」

 穂高たちを助け出したあとで探しに行くと、ずいぶんと遠くまで流されていて、すり傷や切り傷も凄かったそうだ。

「中も大分やられていた……どうにも手をこまねいていたけれど、キミたちのお友だち……梁瀬くんが先に意識を取り戻してね。手を貸してくれたんだ」

「梁瀬さんが?」

「そう。おかげでひとまず安心できるところまで回復したけれど、代わりに彼がひどく疲労してしまってね。だから今も休んでいるんだよ」

 泉翔では回復術を使っても大きな傷を治すのは難しいと聞いている。
 まして時間をかけずに治すなんて無理な話しだと、梁瀬自身が言っていた。
 なのに、梁瀬はほんの数分で穂高の銃創を治し、鴇汰まで回復させている。

「あの……あの子……鴇汰と一緒に、もう一人いたはずなんですけど、その子は……」

 ――麻乃だ。

 鴇汰の姿にショックを受けていたとは言え、麻乃の事をすっかり忘れていた自分が情けない。
 唇を噛んでうつむくと、こちらの思いを察したのか、徳丸がワシワシと頭を撫でてきた。

「彼女は無事だよ。まったく怪我がないわけではないけれど……」

「今、どこに……?」
  
 勢い良く腰を上げたせいで椅子が倒れた。
 クロムは『静かに』とでもいうように手を上げてみせてから、またカップにお茶を注いでくれた。
 倒れた椅子を戻して座り直し、正面から向き合って聞き直す。

「麻乃は今、どうしているんですか?」

 コツコツと窓をたたく音が聞こえ、立ち上がったクロムは窓を開け放った。
 窓枠に若草色の鳥が止まり、何度かさえずると奧の部屋へと飛んでいった。

「まず、キミたちに約束をしてもらいたい」

「約束……ですか?」

「そう、この近辺には私が結界を張っている。森の中ならどこへ行こうと自由にして構わないけれど、その外は安全とは言えない。決して出ないように」

「わかりました」

 徳丸と巧がうなずく。

「それから鴇汰くんには、キミたちの存在を知られたくない。目を覚ましても、ここにいることは絶対に秘密にしてほしい」

 三人で顔を見合わせた。クロムが内緒にしろというのなら、別にそれに従うのは構わないと思う。
 ただ、それがなぜなのかを知りたい。

「それは一体……」

「どうだろう? 決してこの森の中から出ないこと。鴇汰くんに気づかれないよう過ごすこと。それができるだろうか?」

 問いかけることを許さないように、再度念を押してきた。
 巧も徳丸も少し困った顔をしている。
 クロム昔からのやり取りで、こういうときにはなにを聞いても無駄だと知っている。
 二人にうなずいてみせてから

「わかりました。約束します」

 穂高はキッパリと言いきった。
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