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動きだす刻
第65話 秘密 ~穂高 2~
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「多分、俺たちが眠っている間に薬湯を飲まされたんだよ。鴇汰の叔父さん……クロムさんは薬師なんだ」
「相変わらずキミは察しがいい」
嬉しそうに声を上げて笑ったクロムに、巧はバツの悪そうな顔で深々と頭を下げた。
「すみませんでした。私……てっきり毒かと……いえ、それよりも助けていただいたお礼さえ言わず……」
「そうかしこまらずに……私も、もっと早くに助けを出せれば良かったのですが、少しばかり他で手間取ってしまった。そのせいで、お友だちに怪我を負わせてしまったからね……」
クロムが穂高の出てきた隣の部屋に視線を移した。
そう言えば徳丸と梁瀬がいない。
巧に問いかけると、さっきの部屋の一番端にあるベッドを指差した。
見ればその横に徳丸が倒れている。
「私ら、ちょうど薬湯を持ってきてくれたときに目を覚ましてね。あの味でしょう? トクちゃんたら気を失っちゃうもんだから……」
「なるほどね。それでクロムさんに喰ってかかっていたんだ?」
徳丸のことはわかった。
けれど梁瀬はどうしたのだろうか。
それを聞こうとクロムに向き直ると、笑顔から真顔に変わっていて驚いた。
「ようやく落ち着いて話しができそうでホッとしたよ。キミたちにあんなひどい味の薬湯を飲んでもらったのは、事情があってのことなんだ」
「……事情、ですか?」
「そう。崖から落ちたキミたちを助けたときに、少々、乱暴になってしまってね」
誘われて大きなテーブルに並んだ椅子に腰を下ろした。
それに合わせるように、銀髪の奇麗な女性がお茶を運んできてくれた。
薬湯のことがあったせいか、巧がお茶を前に妙に警戒しているのが面白い。
クロムの話しでは、落ちてきた穂高たちを式神で受け止めたものの、高度があったために強かに体を打ち、巧と穂高は脱臼、徳丸はあばらを骨折したと言う。
「少しでも早く、体力を回復してもらおうと思ってのことだったんだよ」
優しげな口調のクロムに巧も冷静さを取り戻して話しに聞き入っている。
体を動かした感じでは、とても脱臼をしたとは思えないほどだけれど、徳丸のほうは骨折だけにすぐには治らないそうだ。
それでも、通常よりは動けるようになっていると、クロムはそう言う。
「ところで、キミたちの中に、回復術を使える子はいないかな?」
「回復術なら、私とトクちゃ……彼が使えますし、穂高も少し使えるのよね?」
「うん。まぁ……でも使えると言っても本当にわずかで……」
「そうね。私たちもそう強い回復はできないわね……」
術に関しては梁瀬以上のものは穂高たちの中にはいないし、かすり傷の血止め程度だ。
言い澱んだ穂高に、クロムはまた優しく微笑んだ。
「わずかでも構わないんだよ。穂高くんも知ってるとおり、私は回復術が苦手でね。でもこの地はちょっと特殊だから、普通よりも術の効き目が強く出るんだ」
「そんな土地があるんですか?」
「まぁね。私が大陸中をあちこち移動しているのも、そのせいでもあるんだけれど……三人に回復術を使ってほしい相手がいてね」
その言葉に、これまで姿を見ていない梁瀬のことが頭に浮かんだ。
「まさか、梁瀬さんがそんなに悪い状態なんですか?」
膝の上で握った拳に力がこもる。
あの時、一番近くにいたのは穂高だ。
それに梁瀬には撃たれた傷を治してもらっている。
なのに穂高は、梁瀬の怪我に対してなにもできずに、こんなところでのんびり座っているのか……。
「いや、彼の怪我は大したことはないんだよ。撃たれた傷も肩口をかすめただけだったし落下したときの打ち身や、大きな怪我もなかったようだ。ただ、ひどく疲れていてね。今は良く眠っているよ」
「そうなんですか……」
ホッと溜息をもらすと、巧が肩をそっとたたいてくれた。
けど、梁瀬じゃないとすると、一体誰に?
同じ疑問を持ったようで、巧が先に口を開いた。
「ヤッちゃんじゃないとすると、誰に回復術を……? それも三人でかけるほどだなんて……」
「そうだな……まずは彼を先に起こそうか」
クロムはそう言って立ち上がり、徳丸の元へと向かった。
巧と二人で声をかけて揺さぶると、小さく呻き声を上げて徳丸が目を覚ました。
余程、薬湯が強烈だったのだろう。
気分の悪そうな顔で胃を撫でまわしている。
警戒している徳丸にクロムの紹介をしてから、簡単にこれまでの経緯を話して聞かせた。
「事情は大体わかりました。梁瀬が無事だってのも……けれど俺も、回復術は使えても得意じゃない。そんな程度の術を誰に対して使えというんですか?」
「――おいで」
クロムが先に立ち、部屋を出ると、広い調理場に入った。
今出てきたドアのちょうど真向かいに、もう一つドアがあり、クロムはその部屋へと入った。
あわててあとを追ってその部屋に入ると、さっきまでいた部屋と同じ広さの部屋があり、その奥には更に三つのドアが並んでいた。
「相変わらずキミは察しがいい」
嬉しそうに声を上げて笑ったクロムに、巧はバツの悪そうな顔で深々と頭を下げた。
「すみませんでした。私……てっきり毒かと……いえ、それよりも助けていただいたお礼さえ言わず……」
「そうかしこまらずに……私も、もっと早くに助けを出せれば良かったのですが、少しばかり他で手間取ってしまった。そのせいで、お友だちに怪我を負わせてしまったからね……」
クロムが穂高の出てきた隣の部屋に視線を移した。
そう言えば徳丸と梁瀬がいない。
巧に問いかけると、さっきの部屋の一番端にあるベッドを指差した。
見ればその横に徳丸が倒れている。
「私ら、ちょうど薬湯を持ってきてくれたときに目を覚ましてね。あの味でしょう? トクちゃんたら気を失っちゃうもんだから……」
「なるほどね。それでクロムさんに喰ってかかっていたんだ?」
徳丸のことはわかった。
けれど梁瀬はどうしたのだろうか。
それを聞こうとクロムに向き直ると、笑顔から真顔に変わっていて驚いた。
「ようやく落ち着いて話しができそうでホッとしたよ。キミたちにあんなひどい味の薬湯を飲んでもらったのは、事情があってのことなんだ」
「……事情、ですか?」
「そう。崖から落ちたキミたちを助けたときに、少々、乱暴になってしまってね」
誘われて大きなテーブルに並んだ椅子に腰を下ろした。
それに合わせるように、銀髪の奇麗な女性がお茶を運んできてくれた。
薬湯のことがあったせいか、巧がお茶を前に妙に警戒しているのが面白い。
クロムの話しでは、落ちてきた穂高たちを式神で受け止めたものの、高度があったために強かに体を打ち、巧と穂高は脱臼、徳丸はあばらを骨折したと言う。
「少しでも早く、体力を回復してもらおうと思ってのことだったんだよ」
優しげな口調のクロムに巧も冷静さを取り戻して話しに聞き入っている。
体を動かした感じでは、とても脱臼をしたとは思えないほどだけれど、徳丸のほうは骨折だけにすぐには治らないそうだ。
それでも、通常よりは動けるようになっていると、クロムはそう言う。
「ところで、キミたちの中に、回復術を使える子はいないかな?」
「回復術なら、私とトクちゃ……彼が使えますし、穂高も少し使えるのよね?」
「うん。まぁ……でも使えると言っても本当にわずかで……」
「そうね。私たちもそう強い回復はできないわね……」
術に関しては梁瀬以上のものは穂高たちの中にはいないし、かすり傷の血止め程度だ。
言い澱んだ穂高に、クロムはまた優しく微笑んだ。
「わずかでも構わないんだよ。穂高くんも知ってるとおり、私は回復術が苦手でね。でもこの地はちょっと特殊だから、普通よりも術の効き目が強く出るんだ」
「そんな土地があるんですか?」
「まぁね。私が大陸中をあちこち移動しているのも、そのせいでもあるんだけれど……三人に回復術を使ってほしい相手がいてね」
その言葉に、これまで姿を見ていない梁瀬のことが頭に浮かんだ。
「まさか、梁瀬さんがそんなに悪い状態なんですか?」
膝の上で握った拳に力がこもる。
あの時、一番近くにいたのは穂高だ。
それに梁瀬には撃たれた傷を治してもらっている。
なのに穂高は、梁瀬の怪我に対してなにもできずに、こんなところでのんびり座っているのか……。
「いや、彼の怪我は大したことはないんだよ。撃たれた傷も肩口をかすめただけだったし落下したときの打ち身や、大きな怪我もなかったようだ。ただ、ひどく疲れていてね。今は良く眠っているよ」
「そうなんですか……」
ホッと溜息をもらすと、巧が肩をそっとたたいてくれた。
けど、梁瀬じゃないとすると、一体誰に?
同じ疑問を持ったようで、巧が先に口を開いた。
「ヤッちゃんじゃないとすると、誰に回復術を……? それも三人でかけるほどだなんて……」
「そうだな……まずは彼を先に起こそうか」
クロムはそう言って立ち上がり、徳丸の元へと向かった。
巧と二人で声をかけて揺さぶると、小さく呻き声を上げて徳丸が目を覚ました。
余程、薬湯が強烈だったのだろう。
気分の悪そうな顔で胃を撫でまわしている。
警戒している徳丸にクロムの紹介をしてから、簡単にこれまでの経緯を話して聞かせた。
「事情は大体わかりました。梁瀬が無事だってのも……けれど俺も、回復術は使えても得意じゃない。そんな程度の術を誰に対して使えというんですか?」
「――おいで」
クロムが先に立ち、部屋を出ると、広い調理場に入った。
今出てきたドアのちょうど真向かいに、もう一つドアがあり、クロムはその部屋へと入った。
あわててあとを追ってその部屋に入ると、さっきまでいた部屋と同じ広さの部屋があり、その奥には更に三つのドアが並んでいた。
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