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動きだす刻
第64話 秘密 ~穂高 1~
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霧の中で銃声が響き、敵兵が闇雲に乱射しているのが穂高にもわかった。
そうそう当たるものじゃないと思ったのに、突然、目の前の梁瀬が小さく呻き、前のめりに倒れた。
「梁瀬さん!」
慌てて梁瀬の腕を取ろうとしたとき、乗っていた式神の姿が掻き消えて、空中に放り出された。
谷底がどうなっているのか、確認はしていない。
ロマジェリカの崖のように、下が川なら助かる。
(もし違ったら……?)
落ちる速度と霧のせいで、みんながどうなっているのかわからないけれど、穂高と同じで落下しているだろうことは想像がつく。
(ヤバいな……こんなところで終わるのか……)
比佐子のことが気がかりだ。
思い浮かぶのは怒った顔ばかりで、こんなときだと言うのに口もとが緩んでしまう。
(比佐子のやつ……俺が戻らなかったら泣くだろうか……? いや……きっと怒り狂うな)
ますますおかしくなって、ついクスリと笑いをもらしたところでまぶたが重くなり、真っ暗な中に引き込まれていった。
あたりは明かりがまったくなくて、なにも見えない。
あの世とはこういうものだろうか?
よく耳にするような話しや隊員を亡くしたときのように、誰かに会いに行くとか、泉の森で女神さまに会うとか、それは泉翔において起こることで大陸では当てはまらないんだろうか?
できるなら、比佐子に会いに行きたかったんだけれど……。
それに、鴇汰にも別れのあいさつくらいはしておきたいじゃないか。
「参ったな……トクさんや巧さんも見えやしない。梁瀬さんとは最後まで一緒にいたんだから、その辺にいそうなものだけど……」
このまま一人で旅立っていくには心許なくて不安になる。
不意になにか声が聞こえた気がして、大声で三人の名前を呼んでみた。
暗闇は相変わらずで、物音はもちろん返事も聞こえては来ない。
「まぁ……そんなもんか……」
フッと溜息をつき、とりあえず真っすぐ歩き出した。
もともと、あまり物事に執着心がないせいか起こってしまったことを、当たり前のようにすんなり受け入れている自分がおかしい。
どこに向かっているのかもわからないけれど、立ち止まっていても仕方がないから歩いているだけだ。
「どこまで行けばいいんだかなぁ……」
もうずいぶんと歩いたのに、疲れもしなければ餓えも渇きもない。
どういうわけか、潤って感じるほどだ。
喉の奥にドロリとした感触を覚え、立ち止まって首を傾げた途端、ありえない味が口一杯に広がった。
「うわっ! なんだこれ?」
思わず悶絶した。
蓮華になった年、初めて麻乃の作ったものを口にしたときの衝撃に匹敵する味だ。
ガシャンと皿の割れる音が耳に届き、なにかが頭に降ってきて目の前に火花が飛んだ。
ハッと目を開け飛び起きて初めて、穂高は横になっていたことに気づいた。
「……生きてる」
両手を見つめて呟くと、怒声となにかが割れる音がまた響いてきた。
穂高の槍がベッドの脇に転がっているところを見ると、これが頭に当たったのだろう。
小さな部屋に簡易ベッドが三つ並び、穂高はその一つに寝ていたらしい。
二つは空で、布団が乱れたままになっていた。
体の感覚を確かめながらドアに手をかけ、ソッと開けると待っていたかのようにドアにグラスが当たって弾けた。
「まぁ待ちなさい。少し落ち着いて」
「落ち着いていられるもんですか! よくも……私たちに毒を……」
「――毒!」
さっきの異様な味を思い出し、胃がシクシクと鳴き始めた。
声の主が今の穂高の言葉に驚いてこちらを振り返った。
「気づいたのね! そうよ、私らが眠っているうちに……」
「キミからもなんとか言ってくれ、私がキミたちに毒なんて盛るはずがないと」
怒り狂っていたのは比佐子ではなく巧だった。
そして向かい側に立っているのは――。
「クロムさん……?」
呼びかけにニッコリ微笑んでいるのは、昔から良く知っている顔だ。
「久しぶりだね。キミが結婚したときに会って以来かな?」
「穂高! あんたこの男を知ってるの?」
「ご無沙汰しています。お元気そうでなによりです……巧さん、こちらは鴇汰の叔父さんだ」
知り合ったときから、ずっと変わらない。
悪戯を思いついた子どものような笑顔だ。
実際、その表情どおりに悪戯を仕かけてくるから油断できない。
今、その顔つきをしているうえに、毒を盛られたという巧の怒りよう、口の中の不快感を総合して考えると、恐らくとんでもなく不味い薬湯でも飲まされたのだろう。
そうそう当たるものじゃないと思ったのに、突然、目の前の梁瀬が小さく呻き、前のめりに倒れた。
「梁瀬さん!」
慌てて梁瀬の腕を取ろうとしたとき、乗っていた式神の姿が掻き消えて、空中に放り出された。
谷底がどうなっているのか、確認はしていない。
ロマジェリカの崖のように、下が川なら助かる。
(もし違ったら……?)
落ちる速度と霧のせいで、みんながどうなっているのかわからないけれど、穂高と同じで落下しているだろうことは想像がつく。
(ヤバいな……こんなところで終わるのか……)
比佐子のことが気がかりだ。
思い浮かぶのは怒った顔ばかりで、こんなときだと言うのに口もとが緩んでしまう。
(比佐子のやつ……俺が戻らなかったら泣くだろうか……? いや……きっと怒り狂うな)
ますますおかしくなって、ついクスリと笑いをもらしたところでまぶたが重くなり、真っ暗な中に引き込まれていった。
あたりは明かりがまったくなくて、なにも見えない。
あの世とはこういうものだろうか?
よく耳にするような話しや隊員を亡くしたときのように、誰かに会いに行くとか、泉の森で女神さまに会うとか、それは泉翔において起こることで大陸では当てはまらないんだろうか?
できるなら、比佐子に会いに行きたかったんだけれど……。
それに、鴇汰にも別れのあいさつくらいはしておきたいじゃないか。
「参ったな……トクさんや巧さんも見えやしない。梁瀬さんとは最後まで一緒にいたんだから、その辺にいそうなものだけど……」
このまま一人で旅立っていくには心許なくて不安になる。
不意になにか声が聞こえた気がして、大声で三人の名前を呼んでみた。
暗闇は相変わらずで、物音はもちろん返事も聞こえては来ない。
「まぁ……そんなもんか……」
フッと溜息をつき、とりあえず真っすぐ歩き出した。
もともと、あまり物事に執着心がないせいか起こってしまったことを、当たり前のようにすんなり受け入れている自分がおかしい。
どこに向かっているのかもわからないけれど、立ち止まっていても仕方がないから歩いているだけだ。
「どこまで行けばいいんだかなぁ……」
もうずいぶんと歩いたのに、疲れもしなければ餓えも渇きもない。
どういうわけか、潤って感じるほどだ。
喉の奥にドロリとした感触を覚え、立ち止まって首を傾げた途端、ありえない味が口一杯に広がった。
「うわっ! なんだこれ?」
思わず悶絶した。
蓮華になった年、初めて麻乃の作ったものを口にしたときの衝撃に匹敵する味だ。
ガシャンと皿の割れる音が耳に届き、なにかが頭に降ってきて目の前に火花が飛んだ。
ハッと目を開け飛び起きて初めて、穂高は横になっていたことに気づいた。
「……生きてる」
両手を見つめて呟くと、怒声となにかが割れる音がまた響いてきた。
穂高の槍がベッドの脇に転がっているところを見ると、これが頭に当たったのだろう。
小さな部屋に簡易ベッドが三つ並び、穂高はその一つに寝ていたらしい。
二つは空で、布団が乱れたままになっていた。
体の感覚を確かめながらドアに手をかけ、ソッと開けると待っていたかのようにドアにグラスが当たって弾けた。
「まぁ待ちなさい。少し落ち着いて」
「落ち着いていられるもんですか! よくも……私たちに毒を……」
「――毒!」
さっきの異様な味を思い出し、胃がシクシクと鳴き始めた。
声の主が今の穂高の言葉に驚いてこちらを振り返った。
「気づいたのね! そうよ、私らが眠っているうちに……」
「キミからもなんとか言ってくれ、私がキミたちに毒なんて盛るはずがないと」
怒り狂っていたのは比佐子ではなく巧だった。
そして向かい側に立っているのは――。
「クロムさん……?」
呼びかけにニッコリ微笑んでいるのは、昔から良く知っている顔だ。
「久しぶりだね。キミが結婚したときに会って以来かな?」
「穂高! あんたこの男を知ってるの?」
「ご無沙汰しています。お元気そうでなによりです……巧さん、こちらは鴇汰の叔父さんだ」
知り合ったときから、ずっと変わらない。
悪戯を思いついた子どものような笑顔だ。
実際、その表情どおりに悪戯を仕かけてくるから油断できない。
今、その顔つきをしているうえに、毒を盛られたという巧の怒りよう、口の中の不快感を総合して考えると、恐らくとんでもなく不味い薬湯でも飲まされたのだろう。
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