蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第60話 鴇汰 ~鴇汰 3~

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「それは構いませんけど、藤川隊長は中央に通すように言われていますよね?」

「まぁな。けど、あいつをすんなり通して中央で誰が相手にするんだ? 上層は当てにならない。元蓮華がいるって言ったって現役から退いて長い。麻乃を通したところで誰も手が出せないんじゃどうしようもないだろ?」

「確かにそうですけど……」

 福島は手にしたライフルを膝の上に乗せ、グッと握り締めると、神妙な面持ちでなにかを考えている。
 岱胡の部隊とは持ち回りのほとんどを共にしているから、隊の連中のことも良く知っているつもりだ。
 福島の様子は、さっきからどうもおかしい。

「おまえ、俺になにか隠してる?」

「いや……そうじゃなく……ここで本当に手を出していいのかと……ここに現れたとして、ですけど……」

 消え入りそうな声に、福島も古市同様、鴇汰が麻乃に敵うとは思っていないのを感じた。

(様子が変なのはそのせいか?)

 もしかしたら岱胡からの連絡を隠しているのか、とも思った。
 けれど修治ならともかく、福島がそれを隠す意味がない。
 過敏になりすぎて、問題のないことまで気になるんだろうか?

 手にした鬼灯まで苛立っているように感じる。
 それに気づいた途端、鬼灯が更にざわめき立ち、目眩がした。
 視界が霞み、腰を下ろしていなければ倒れていたかもしれない。
 遠くで誰かが呼んでいるようにも思え、ジッと動かずに耳を澄ませた。

(……もうすぐだ)

 不意にその言葉が頭をよぎる。

「もうすぐってなにがだよ……」

 膝に肘をつき額に手を当てた格好でうつむいたまま呟いた。
 一人じゃない。
 複数の声が響いてきて頭が割れそうだ。

 鬼灯がやけに鴇汰を急かす。
 落ち着かなくてジッとしていられないのに、体が震えて思うように動かずに焦った。
 このままでは、また倒れることになってしまう――。

「わかってるから! 頼むから焦らせないでくれよ!」

 必死に意識を保たせようと、声を押し殺して鬼灯に言った。
 フッと気持ちが軽くなった気がした。
 波が引くように震えも止まり、頭の痛みも治まってスッキリしている。

「……長田隊長? ちょっと! 大丈夫ですか?」

 鴇汰の様子に気づいた福島が声を上げた。
 肩にかけられた手を掴んで止めようとしたときにはもう遅く、古市も気づいて駆け寄ってきた。

「隊長! どうしました?」

「いや。なんでもない……ちょっと考えごとをしてただけだ」

「でも――」

「ホントになんでもねーよ。それよりそっちは話し済んだのか?」

「ええ……まぁ……」

 鬼灯を手に立ち上がり、ジーンズについた砂を掃った。
 さっきまでは立ち上がるどころか動くことさえままならなかったのが嘘のようだ。
 自分の体がなにかおかしい。
 そのことで不安を感じないわけじゃないけれど、こうして動けることが今は大事だ。

「あまり遅くなると、また相原が心配する。そろそろ戻ろう。福島、あとのことはさっきのとおりで頼む」

 怪訝な表情のままで、古市と福島はうなずいた。
 来た道をただ戻らず、途中、岩場の窪みから海岸の様子をうかがってみた。
 船灯りにぼんやりと積荷を下ろしている動きが見える。

「橋本の言ったとおりだな……となると本当に夜明け前に動くか……」

「そうですね。それにしても思ったより残った兵数が多いじゃないですか」

「やつら昼過ぎに上陸してきたからな」

「端から夜に動く気がなかったとしたら、なんだってあんな時間に来たんだか」

 視力が悪いせいで明け方は見難くて嫌だと、古市がまたぼやいた。

「なにかあったのかもな。物資が足りてないのもそのせいかもしれねーぞ」

「は~……そんなことなら大陸で大人しくしててくれりゃあいいのに……」

「まぁ、しょうがねーよ。とりあえず戻って、俺たちも少し仮眠でもとるか。今からなら三時間は眠れるだろ?」

 そう言って古市の肩をたたいて促すと、さっきのことを思い出したのか、早く戻ろうと急かされ、しっかり休むようにと言い含められた。
 心配をかけてしまったのは事実だけに、文句も言いようがない。

「わかったよ。ちゃんと寝る。だからさっきのことは、相原には言うなよ? 本当になんでもねーんだから」

「わかってます。これ以上あいつに心配をかけさせるのも難儀ですから、あんたがしっかり休むなら話しませんよ」

 その言葉にホッと溜息をつき、月明かりの下を急ぎ足で拠点まで戻った。
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