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動きだす刻
第58話 鴇汰 ~鴇汰 1~
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上陸してきたヘイトの軍は、妙な雰囲気をまとっていた。
予定通りに先陣はすべてルートを通したものの、どうも落ち着かない。
岱胡の部隊が海岸で攻撃を仕かけ、多く兵を減らしたと言うのに、通り抜けていった兵数はまったく減っていないようにも見えた。
嫌でもロマジェリカで出くわした奇妙な兵を思い出す。
修治が作った資料にも書かれていた。
できるだけ足を狙った攻撃に切り替えるようにと、各拠点に連絡をさせた。
それにしても、もう日が落ちると言うのに、一向に麻乃は姿を見せない。
辺りはずいぶんと薄暗くなり、視界が悪くなって兵の個体を見わけるのも難しくなった。
後陣は海岸で動かずに、夜明けを待つのか進軍する気配を感じない。
まだかなりの兵が海岸に残っている以上、次の拠点へ移動するわけにも行かない。
「相原、頃合いを見て交代で休息を取ろう。奴ら、夜は動きそうもないしな」
「やはり慣れない土地だからか、やけに慎重にも見えますね。先陣は勢いだけの気負った雰囲気だったのに」
「あぁ、あれはもしかすると例の術だか暗示だかにかかってるのかもな」
海岸に様子をうかがいに行っていた橋本が戻ってきた。
「やつら、やっぱり詰所を荒らしてましたよ。物資が不足しているのは本当のようですね、なにも残ってないってイカってましたから」
そう言って苦笑している。
「それから、チラッと耳に入ったんですけど、夜の内に荷下ろしを済ませ、夜明け前に動くつもりのようです」
「夜明け前か……薄暗くて視界が悪いんだよな」
古市が眼鏡を外して拭きながら、溜息をついた。
「まぁ、動きだすタイミングがわかったのはありがたいな」
「そうですね。少なくともそれまでは休めるんですから。隊長、先に仮眠を取って下さいよ」
相原が真顔で言う。
橋本も古市も黙ったまま探るような目で見ている。
「バカ、俺より先におまえらが休んでおけよ」
「そうは行きませんよ。またあんたに倒れられたら困るんです」
――やっぱりそれか。
あのときは、変な感覚に突然気を失ってしまったけれど、それからはなにもない。
体も十分過ぎるくらいに動く。
心配してくれるのはありがたいけれど、少しばかり過保護過ぎるみんなの態度に、つい鴇汰も意固地になってしまう。
「そうそう倒れるかっての。俺、ちょっと今から岱胡んトコのやつらの様子見てくるわ」
立ち上がって鬼灯を手にした。虎吼刀を持たずに出ようとしたことが、ますます不安をあおったらしく、相原が一緒に来ると言い出した。
「なに言ってんのよ! なにもないだろうけど、おまえまで拠点空けるわけには行かないだろーが!」
「一人で敵陣の近くまで出ていくのは、どう考えても危ないでしょう?」
「おま……俺はガキじゃねーんだぞ! 俺のコトなんだと思ってんだよ!」
相原は相変わらず真顔のままで、どうやら冗談で言っているのではなく、本気で心配をしているらしい。
「大体なによ? 敵陣ったって、すくそこじゃねーの!」
「距離の問題じゃないんです」
「……あのなぁ!」
「まぁまぁ、とりあえず夜明け前に敵兵が動くってのは、三番隊のやつらにも教えとかなきゃまずいですし、こんなときだから用心に越したことはないでしょう?」
どうあっても引きそうにない相原に苛立ち始めたとき、古市があいだに割って入ってきた。
「相原、俺が隊長と一緒に行ってくるから、ここのことを頼むわ」
武器を手に立ち上がった古市が相原の肩をたたいてそう言うと、相原もやっと安心したのか「頼む」と言った。
古市に促されて渋々テントをあとにした。イライラしているせいで、自然と足が速くなる。
「ちょっと隊長、そうあわてて歩かないでください」
後ろから歩幅を合わせて追って来た古市が苦笑しながら言った。
「別にあわてちゃいねーよ。おまえまさか転ぶから危ない、とかいうんじゃねーだろうな?」
横に並んだ古市を睨むと、ムッとしたまま悪態をついた。
「まさか。まぁ、隊長が苛立つのもわかりますけど、相原の気持ちも汲んでやってくださいよ」
「そりゃあ……わからないわけじゃねーけどさ。おまえら俺に対して急に態度が甘くなるから……」
「当たり前ですよ。藤川隊長は中央に通すように言われているってのに、あんたここで足止めする気でしょう?」
言い当てられて答えられなかった。
麻乃はここで迎える。
鴇汰が取り戻さずに誰がそれをするのか、そう考えていた。
黙っているのを答えだと受け取ったのか、古市が溜息をついた。
「やっぱり……やろうとしていることはわかりますよ。ただ、相手が相手だけに、俺たちも黙っちゃいられないんです」
「おまえらの言いたいこともわかるよ、俺じゃ敵わないだろうと思ってるんだろ?」
「正直言うと、そうです」
罰の悪そうな顔で古市は笑った。釣られて鴇汰も笑ってしまう。
予定通りに先陣はすべてルートを通したものの、どうも落ち着かない。
岱胡の部隊が海岸で攻撃を仕かけ、多く兵を減らしたと言うのに、通り抜けていった兵数はまったく減っていないようにも見えた。
嫌でもロマジェリカで出くわした奇妙な兵を思い出す。
修治が作った資料にも書かれていた。
できるだけ足を狙った攻撃に切り替えるようにと、各拠点に連絡をさせた。
それにしても、もう日が落ちると言うのに、一向に麻乃は姿を見せない。
辺りはずいぶんと薄暗くなり、視界が悪くなって兵の個体を見わけるのも難しくなった。
後陣は海岸で動かずに、夜明けを待つのか進軍する気配を感じない。
まだかなりの兵が海岸に残っている以上、次の拠点へ移動するわけにも行かない。
「相原、頃合いを見て交代で休息を取ろう。奴ら、夜は動きそうもないしな」
「やはり慣れない土地だからか、やけに慎重にも見えますね。先陣は勢いだけの気負った雰囲気だったのに」
「あぁ、あれはもしかすると例の術だか暗示だかにかかってるのかもな」
海岸に様子をうかがいに行っていた橋本が戻ってきた。
「やつら、やっぱり詰所を荒らしてましたよ。物資が不足しているのは本当のようですね、なにも残ってないってイカってましたから」
そう言って苦笑している。
「それから、チラッと耳に入ったんですけど、夜の内に荷下ろしを済ませ、夜明け前に動くつもりのようです」
「夜明け前か……薄暗くて視界が悪いんだよな」
古市が眼鏡を外して拭きながら、溜息をついた。
「まぁ、動きだすタイミングがわかったのはありがたいな」
「そうですね。少なくともそれまでは休めるんですから。隊長、先に仮眠を取って下さいよ」
相原が真顔で言う。
橋本も古市も黙ったまま探るような目で見ている。
「バカ、俺より先におまえらが休んでおけよ」
「そうは行きませんよ。またあんたに倒れられたら困るんです」
――やっぱりそれか。
あのときは、変な感覚に突然気を失ってしまったけれど、それからはなにもない。
体も十分過ぎるくらいに動く。
心配してくれるのはありがたいけれど、少しばかり過保護過ぎるみんなの態度に、つい鴇汰も意固地になってしまう。
「そうそう倒れるかっての。俺、ちょっと今から岱胡んトコのやつらの様子見てくるわ」
立ち上がって鬼灯を手にした。虎吼刀を持たずに出ようとしたことが、ますます不安をあおったらしく、相原が一緒に来ると言い出した。
「なに言ってんのよ! なにもないだろうけど、おまえまで拠点空けるわけには行かないだろーが!」
「一人で敵陣の近くまで出ていくのは、どう考えても危ないでしょう?」
「おま……俺はガキじゃねーんだぞ! 俺のコトなんだと思ってんだよ!」
相原は相変わらず真顔のままで、どうやら冗談で言っているのではなく、本気で心配をしているらしい。
「大体なによ? 敵陣ったって、すくそこじゃねーの!」
「距離の問題じゃないんです」
「……あのなぁ!」
「まぁまぁ、とりあえず夜明け前に敵兵が動くってのは、三番隊のやつらにも教えとかなきゃまずいですし、こんなときだから用心に越したことはないでしょう?」
どうあっても引きそうにない相原に苛立ち始めたとき、古市があいだに割って入ってきた。
「相原、俺が隊長と一緒に行ってくるから、ここのことを頼むわ」
武器を手に立ち上がった古市が相原の肩をたたいてそう言うと、相原もやっと安心したのか「頼む」と言った。
古市に促されて渋々テントをあとにした。イライラしているせいで、自然と足が速くなる。
「ちょっと隊長、そうあわてて歩かないでください」
後ろから歩幅を合わせて追って来た古市が苦笑しながら言った。
「別にあわてちゃいねーよ。おまえまさか転ぶから危ない、とかいうんじゃねーだろうな?」
横に並んだ古市を睨むと、ムッとしたまま悪態をついた。
「まさか。まぁ、隊長が苛立つのもわかりますけど、相原の気持ちも汲んでやってくださいよ」
「そりゃあ……わからないわけじゃねーけどさ。おまえら俺に対して急に態度が甘くなるから……」
「当たり前ですよ。藤川隊長は中央に通すように言われているってのに、あんたここで足止めする気でしょう?」
言い当てられて答えられなかった。
麻乃はここで迎える。
鴇汰が取り戻さずに誰がそれをするのか、そう考えていた。
黙っているのを答えだと受け取ったのか、古市が溜息をついた。
「やっぱり……やろうとしていることはわかりますよ。ただ、相手が相手だけに、俺たちも黙っちゃいられないんです」
「おまえらの言いたいこともわかるよ、俺じゃ敵わないだろうと思ってるんだろ?」
「正直言うと、そうです」
罰の悪そうな顔で古市は笑った。釣られて鴇汰も笑ってしまう。
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