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動きだす刻
第57話 修治 ~修治 7~
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「小坂、駄目だ! 離れろ!」
二人のあいだに割って入ろうとしたのに間に合わず、構えたままの小坂の脇を麻乃がすり抜けた。
小坂は一太刀も振るうことなく倒れた。
全身から冷や汗が吹き出す。
(やってしまった……とうとうあいつ、一番大事な仲間を……)
痣に傷をつけるだけだなどと悠長なことを言っていられない。
問答無用で左腕を落とすか、あるいは――。
(違う。最初ら……麻乃が向こう側だとわかった時点で覚悟を決めなければいけなかったんだ)
修治がためらっていたせいで、茂木も小坂も――。
不意によぎった多香子の笑顔を、目を閉じて振り払い、麻乃に向き合った。
倒れた小坂を見下ろしていた麻乃がゆっくりとこちらを振り返る。
一歩踏み出したのを待っていたかのように麻乃は間合いを詰めてきた。
無表情で斬り付けてくる動きは、さっきまでと違って無駄がない。
時折わずかな隙が見えても踏み込むこともできない太刀捌きだ。
なぜこんなにも別人のように変わるのか。
だいぶ慣れたと思ったスピードに少しずつ圧され始め、気づいたときには洸のいるあたりまで下がらされてた。
「修治、一つだけ約束するよ」
横から斬り流された刃を鍔近くで受けた。
間近で修治を見上げる麻乃が呟く。
「多香子姉さんのことは、悪いようにはしない……だから安心して逝け!」
突然、多香子の名前を出されて動揺した。
力が緩んだところを強く押しやられ、体のバランスを崩して木の幹に背をぶつけた。
(……しまった!)
そう思ったときにはもう遅く、右肩に激痛が走った。
すぐに切り返して突き上げられた夜光は、肩を貫き、背後の木に喰い込んだ。
「くっ……」
刺されたところが大きく脈打っているように感じ、脂汗が浮いてくる。
「みんな揃いも揃って、あたしの腕を狙ってくる……実際、腕をやられた痛みはどう?」
柄を握る麻乃の手に力がこもり、さらに刃が喰い込んできた。
反撃をしようにも、右腕が上がらない。
紫炎を抜こうと、動かした左手に気づいた麻乃はその手を踏みつけてきた。
身動きも取れず、このまま麻乃を連れて逝くことさえ叶わずに、やられてしまうのかと思った。
「もうやめろよ!」
飛び出してきた洸が叫び、手にしていた刀で麻乃に斬り付けた。
咄嗟のことに麻乃は夜光から手を放してそれをかわした。
「洸。邪魔をするなとさっきも言ったはずだ」
「安部さんも小坂さんも……あんたの仲間じゃないか! それなのになんで!」
麻乃に刀を向けたまま、修治の前に立った洸の肩が震えている。
炎に手をかけた麻乃は、一瞬抜く素振りを見せながらも、また柄を手放して脇差を握った。
「仲間? 笑わせるな。その仲間だというあたしを、こいつらは殺そうとしたんだ!」
「この人がそんな真似するかよ! そんなこと、俺が言うよりあんたのほうがわかっているんじゃあないのか!」
「……そうだよ、信じてた。けどそれを裏切ったのは、あんたたちじゃないか!」
洸が危ない。
痛みに気が遠くなりそうになるのを必死にこらえ、突き刺さった夜光を抜き、洸を突き飛ばして麻乃の脇差を受けた。
「くっ――!」
衝撃にたえ切れず夜光が手を離れた。
傷口から溢れる血が腕を伝って足もとを濡らしている。
駆け寄ってきた洸にふらつく体を支えられた。
「誰もあんたを裏切っちゃいないのに! あんた一体、なにを勘違いしてんだよ!」
「おまえになにがわかる!」
「間違ってるのはあんたのほうだ! あんたのやってることは正しくなんかない!」
「洸! もういい! おまえだけでも逃げろ!」
そう言ったのを無視して、手早く上着を脱いだ洸は、それを修治の肩に巻き付けながら涙声で麻乃に向かって叫んだ。
「格が違うんだろ! それなのに、ロマジェリカなんかにたやすくたぶらかされてるんじゃねぇよ!」
無表情だった麻乃の顔色が変わった。
戸惑いを隠せない様子で視線を泳がせ、脇差を落とした。
左腕を押さえ、苦痛に呻き声を漏らしている。
「格が違うっていうんなら、その違いを見せてみろよ!」
足もとを大きな影が過ぎり、強い風が吹き抜けた。
力強く土を踏む音が聞こえ、目の前に見覚えのある背中が現れた。
「――洸、良く言ったな、おまえのいうとおりだ。そいつ連れて、おまえは下がってろ」
わずかに顔をこちらに向け、革袋を投げて寄越したのは――。
「おまえ――!」
「長田さん!」
鬼灯を握り、しっかりと麻乃に向き合っている。
「遅くなって悪かったな。さて――行くか!」
誰に言うともなしに、鴇汰は小さく呟いた。
二人のあいだに割って入ろうとしたのに間に合わず、構えたままの小坂の脇を麻乃がすり抜けた。
小坂は一太刀も振るうことなく倒れた。
全身から冷や汗が吹き出す。
(やってしまった……とうとうあいつ、一番大事な仲間を……)
痣に傷をつけるだけだなどと悠長なことを言っていられない。
問答無用で左腕を落とすか、あるいは――。
(違う。最初ら……麻乃が向こう側だとわかった時点で覚悟を決めなければいけなかったんだ)
修治がためらっていたせいで、茂木も小坂も――。
不意によぎった多香子の笑顔を、目を閉じて振り払い、麻乃に向き合った。
倒れた小坂を見下ろしていた麻乃がゆっくりとこちらを振り返る。
一歩踏み出したのを待っていたかのように麻乃は間合いを詰めてきた。
無表情で斬り付けてくる動きは、さっきまでと違って無駄がない。
時折わずかな隙が見えても踏み込むこともできない太刀捌きだ。
なぜこんなにも別人のように変わるのか。
だいぶ慣れたと思ったスピードに少しずつ圧され始め、気づいたときには洸のいるあたりまで下がらされてた。
「修治、一つだけ約束するよ」
横から斬り流された刃を鍔近くで受けた。
間近で修治を見上げる麻乃が呟く。
「多香子姉さんのことは、悪いようにはしない……だから安心して逝け!」
突然、多香子の名前を出されて動揺した。
力が緩んだところを強く押しやられ、体のバランスを崩して木の幹に背をぶつけた。
(……しまった!)
そう思ったときにはもう遅く、右肩に激痛が走った。
すぐに切り返して突き上げられた夜光は、肩を貫き、背後の木に喰い込んだ。
「くっ……」
刺されたところが大きく脈打っているように感じ、脂汗が浮いてくる。
「みんな揃いも揃って、あたしの腕を狙ってくる……実際、腕をやられた痛みはどう?」
柄を握る麻乃の手に力がこもり、さらに刃が喰い込んできた。
反撃をしようにも、右腕が上がらない。
紫炎を抜こうと、動かした左手に気づいた麻乃はその手を踏みつけてきた。
身動きも取れず、このまま麻乃を連れて逝くことさえ叶わずに、やられてしまうのかと思った。
「もうやめろよ!」
飛び出してきた洸が叫び、手にしていた刀で麻乃に斬り付けた。
咄嗟のことに麻乃は夜光から手を放してそれをかわした。
「洸。邪魔をするなとさっきも言ったはずだ」
「安部さんも小坂さんも……あんたの仲間じゃないか! それなのになんで!」
麻乃に刀を向けたまま、修治の前に立った洸の肩が震えている。
炎に手をかけた麻乃は、一瞬抜く素振りを見せながらも、また柄を手放して脇差を握った。
「仲間? 笑わせるな。その仲間だというあたしを、こいつらは殺そうとしたんだ!」
「この人がそんな真似するかよ! そんなこと、俺が言うよりあんたのほうがわかっているんじゃあないのか!」
「……そうだよ、信じてた。けどそれを裏切ったのは、あんたたちじゃないか!」
洸が危ない。
痛みに気が遠くなりそうになるのを必死にこらえ、突き刺さった夜光を抜き、洸を突き飛ばして麻乃の脇差を受けた。
「くっ――!」
衝撃にたえ切れず夜光が手を離れた。
傷口から溢れる血が腕を伝って足もとを濡らしている。
駆け寄ってきた洸にふらつく体を支えられた。
「誰もあんたを裏切っちゃいないのに! あんた一体、なにを勘違いしてんだよ!」
「おまえになにがわかる!」
「間違ってるのはあんたのほうだ! あんたのやってることは正しくなんかない!」
「洸! もういい! おまえだけでも逃げろ!」
そう言ったのを無視して、手早く上着を脱いだ洸は、それを修治の肩に巻き付けながら涙声で麻乃に向かって叫んだ。
「格が違うんだろ! それなのに、ロマジェリカなんかにたやすくたぶらかされてるんじゃねぇよ!」
無表情だった麻乃の顔色が変わった。
戸惑いを隠せない様子で視線を泳がせ、脇差を落とした。
左腕を押さえ、苦痛に呻き声を漏らしている。
「格が違うっていうんなら、その違いを見せてみろよ!」
足もとを大きな影が過ぎり、強い風が吹き抜けた。
力強く土を踏む音が聞こえ、目の前に見覚えのある背中が現れた。
「――洸、良く言ったな、おまえのいうとおりだ。そいつ連れて、おまえは下がってろ」
わずかに顔をこちらに向け、革袋を投げて寄越したのは――。
「おまえ――!」
「長田さん!」
鬼灯を握り、しっかりと麻乃に向き合っている。
「遅くなって悪かったな。さて――行くか!」
誰に言うともなしに、鴇汰は小さく呟いた。
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