蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第55話 修治 ~修治 5~

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「俺のせいだったのか……俺のせいでおまえはいつも覚醒しそうなのを抑えて……」

「ここでちゃんと修治を殺しておけば、今度こそあたしは誰かの手にかかる。あたしはもともと……生きていちゃいけない存在だったんだ」

 守っているつもりでいたのがそうではなく、修治の存在こそが麻乃を一番苦しめていたとは思いもしなかった。
 いつでもそばにいて、そんなことにさえ気づかなかった自分が情けない。
 どんな思いで修治を見つめ、受け入れてきたのか。
 辛くないはずなどなかっただろう。

 視界が霞んでまともに麻乃の姿が見えない。
 そう思って初めて修治は泣いていることに気づいた。
 今はそんな場合じゃないと、グッと袖で目を拭う。

 麻乃を野放しにしてはおけない。
 そうする以上は、修治も最悪の覚悟を決めなければならないと悟った。

「おまえが俺を殺りたいというのはわかった。だがな、俺は黙って殺られたりしない」

「手向かうっていうなら、そうすればいい」

「おまえを誰かの手にかけさせることもしない。決着は俺がつける。もちろん、おまえを一人で逝かせたりしない。最後は俺も一緒に逝ってやる」

「あたしを? 馬鹿なことを……逝くのは修治一人だ! あたしは死んだりしない!」

 言っていることもその行動も支離滅裂だ。
 生きていていい存在じゃないと言いながら死なないと言う。
 他人を傷つけたくないような物言いをしながら、平然と他人を手にかける。
 まともじゃないのは一目瞭然だ。

 おクマと松恵を倒しているうえに、修治に対しても斬り付けてこないで突きにくる。
 命を奪いにきているのも明かだ。
 なにかおかしいと感じながらもすばやい麻乃の動きに、それを深く追求できるだけの余裕がない。

「……洸、まだそこにいるか?」

 麻乃から目を逸らさずに背後の木陰に小さく声をかけた。

「――はい」

「隙を見て逃げろと言ったけどな……すまないがおまえ、そこに残ってこれから起こる一部始終を、目を逸らさずにすべて見ておいてくれ」

「これから……すべてって……」

「事が済んだらすぐに柳堀へ戻って、中央に向かえ。そしておまえが見たすべてを高田先生に伝えるんだ。いいな?」

「い……嫌だ。俺、嫌だよ! あんたが自分で話せばいいじゃないか! なんで俺が……」

「話せる口があればそうする。それが無理だから言ってるんだ。この場にいたことを不運だと思って諦めろ。おまえは俺たちの弟弟子だろう? おまえにしか頼めないんだよ」

 洸の緊張が背中に伝わってくる。
 可哀相なことだとわかっていても、誰も知らないままにはしておけない。

 動きを止めてこちらの出方をうかがっている麻乃を見つめた。
 目を細めて落とした視線が、修治の手もとに向いている。
 攻撃をかわすために抜いたのが、獄のほうだと今、気づいた。
 麻乃は相変わらず夜光を握り締めたままだ。
 その表情は不機嫌さが思いきり現れている。

「……抜けよ。待ち望んだ炎を手にして、どうして抜かない?」

 問いかけに麻乃の口もとが歪んだ。

「その必要がないからだ」

「必要がない? だったらいつ、そいつが必要になるってんだ?」

「修治にそんなことは関係ない!」

 大きく踏み込んで突きかかってきたのを薙ぎ払った。
 相手が炎ではなく夜光だからか、獄にも特に変わった反応は見えない。
 かつて感じた痺れるような衝撃もない。

 それに――。

 こんなものなのだろうか?
 肩口をかすめられた以外、特に際立って強い攻撃を受けることがない。
 確かにスピードも力も上がってはいる。
 けれど決して避けられないような動きではない。

 麻乃が修治に向ける殺気からして、手を抜いているとも思えない。
 追い抜かれないように腕を上げてきたという自信はあるけれど、こうまで対等に渡り合える程度の能力なのだろうか?

 また喉もとを狙ってきた夜光を鍔で受け止めて押し返し、切り返して下から斜めに掬い上げた切っ先が、麻乃の左袖をかすめ斬った。

 麻乃は顔色を変えて左手を引いた。
 例え、衣服であろうとも、自分が攻撃を受けたことが信じられないようだ。
 それに、やけに左腕を妙に意識しているようにも感じる。

『その術では暗示にかけたものに印を刻みます。大抵が腕、あるいは首筋に痣を浮かばせるんですよ』

 不意にサムが言った言葉を思い出した。
 レイファーの見た蓮華の痣は左腕にあったと言う。
 気にしているのはそのせいかもしれない。

『まぁ、痣をなくしてしまえばいいことですが、場所によっては命に関わるので、今は解く方法を探しているところです』

 左腕ならば、そのあとの処置次第で命に関わるほどにまではならない。
 ただ、腕を失うことが後の麻乃にどう影響するのか……。

(それでも……生きてさえいればそれでいい……それでいいんじゃないだろうか?)

 最悪の事態を免れるかもしれない。
 それだけで一条の光が見えた気がした。
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