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動きだす刻
第53話 修治 ~修治 3~
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「だって……あたしの邪魔をするから悪いんだよ。それに戦士だっていうんだから……こんなときに戦場に出てくるってことは、相応の覚悟をしてるってことじゃないか」
「戦場は海岸から中央のルートだろう! ここは外れている!」
「温いことを……戦場はこの泉翔全体がそうだろう?」
薄笑いを浮かべた麻乃に違和感が膨らむ。
こんなふうに、誰彼区別をつけずに手を出すことなど今まではなかった。
特に親しくしていた相手には、例え向かって来られようが、防御はしても、いきなり斬りつける真似はしなかった。
加えて、これまでの物言い……。
麻乃自身の意思をハッキリと示しているようでいて、ふとした瞬間にすべての回路が断たれたようになんの意思も感じなくなるときがある。
覚醒したせいで変わったからなのか、なんらかの暗示にでもかかっているからなのか、見ていなかった時間が長すぎて判断のつけようがない。
明らかなのは、修治とはどうあってもやり合うつもりでいるらしい、ということだけだ。
「おまえ、多香子にやり残したことがあると言ったそうだな」
多香子の名前を出した途端、表情がこわばったように見えた。
「だったらなんだ」
「それに、するべきことがあると言った。こんな形を取ってまで泉翔をつぶしに来たことがそれか?」
「泉翔をつぶす……? そんなことなんかしない。あたしは間違いを正す。それだけだ」
視点の定まらない目つきでぼんやりと空を見ている。
やっぱりなにかがおかしい。
大体、麻乃のいう間違いとやらに心当たりがまるでない。
洸もなにかを感じ取ったのか、後ろから戸惑い気味に小声で問いかけてきた。
「安部さん……あの人、なんか変じゃあないですか……?」
「ああ……なにかがおかしいのは確かだ。洸、おまえは少し下がっていろ。木を盾にして様子を見るんだ」
「でも……」
「本当なら逃がしてやりたいところだが、下手に動いてあいつを刺激するのはヤバそうだ。俺が相手をしている間に隙を見て逃げろ。いいな?」
洸が後退りをした足音とともに、麻乃が動いた。
迂闊に避けると洸が危ない。
受け流すつもりで紫炎を構えると、甲高い金属音が響き、両腕に強い衝撃を受けた。
(くっ……なんだこの力……おまけに速い……!)
押し込んでくる力が強すぎてすぐに弾き返せなかった。
上目遣いに修治を見る紅い瞳が、夜光を止めたのが不思議だと言わんばかりの色を浮かべている。
胸もとまで引き寄せてから渾身の力で押し返した。
すぐに構え直して間合いを取るために横へと斬り流すと、麻乃は受けずに飛び退き、距離が取れた。
この隙に夜光を納め、炎を抜くと思ったのに、夜光を片手に構えもせず立ち尽くしている。依然として炎を抜こうとしない。
あんなにもこだわりを持って常に身近に置くほどだったのに、なぜまだ後生大事に帯びているだけに止まっているのか。
海岸からの喧騒も、ルートを通したのか倒して数を減らしたのかわからないけれど、大分鎮まってきている。
小坂が柳堀に向かわせた隊員は、修治たちの姿がないことで戸惑っているだろう。
下手をすれば柳堀中に騒ぎが広まってしまう。
そうなると、探しに出たものがここへ来るのも時間の問題だ。
なるべく麻乃を人目にさらしたくない。
接触させてこれ以上誰かを殺めさせるわけにも行かない。
それでも、どうしても気になることがあった。
「おまえのいう間違いを正すってのは……どういうことだ?」
洸からできるだけ離れるために紫炎を鞘に納めると、右手でしっかりと獄の柄を握ってジリジリと麻乃に近づきながら問いかけた。
数歩下がった麻乃も夜光を鞘に納め、炎の柄に手をかけている。
「大陸で一体なにがあった? こんな真似をして……おクマさんや松恵姐さんを、簡単に手にかけるほどのなにがあったっていうんだ?」
「とぼけるな! あんたたちが大陸であたしになにをしたか、自分の胸に聞いてみろ!」
炎を握る手に力がこもったように見えたのに、麻乃はまた夜光を抜いて突きかかってきた。
一瞬の間が麻乃の出足を遅らせ、そのおかげで一振り目は難なく避けることができた。
舌打ちした麻乃は刀を切り返して迷わず急所を狙ってくる。
身を低くして麻乃の攻撃をかわし、修治も抜刀して応戦しようと思っているのに、手がそのまま獄を抜くか紫炎を抜くか迷っている。
そのあいだにも麻乃は次々に攻撃を繰り出してきた。
麻乃のスピードは以前のものとはまるで違う。
何度かは避け切れないかと思ったほどだ。
ただ、動きの癖だけは変わっていないようで、行動に移るわずかな瞬間でどう斬り付けてくるのかがわかる。
「戦場は海岸から中央のルートだろう! ここは外れている!」
「温いことを……戦場はこの泉翔全体がそうだろう?」
薄笑いを浮かべた麻乃に違和感が膨らむ。
こんなふうに、誰彼区別をつけずに手を出すことなど今まではなかった。
特に親しくしていた相手には、例え向かって来られようが、防御はしても、いきなり斬りつける真似はしなかった。
加えて、これまでの物言い……。
麻乃自身の意思をハッキリと示しているようでいて、ふとした瞬間にすべての回路が断たれたようになんの意思も感じなくなるときがある。
覚醒したせいで変わったからなのか、なんらかの暗示にでもかかっているからなのか、見ていなかった時間が長すぎて判断のつけようがない。
明らかなのは、修治とはどうあってもやり合うつもりでいるらしい、ということだけだ。
「おまえ、多香子にやり残したことがあると言ったそうだな」
多香子の名前を出した途端、表情がこわばったように見えた。
「だったらなんだ」
「それに、するべきことがあると言った。こんな形を取ってまで泉翔をつぶしに来たことがそれか?」
「泉翔をつぶす……? そんなことなんかしない。あたしは間違いを正す。それだけだ」
視点の定まらない目つきでぼんやりと空を見ている。
やっぱりなにかがおかしい。
大体、麻乃のいう間違いとやらに心当たりがまるでない。
洸もなにかを感じ取ったのか、後ろから戸惑い気味に小声で問いかけてきた。
「安部さん……あの人、なんか変じゃあないですか……?」
「ああ……なにかがおかしいのは確かだ。洸、おまえは少し下がっていろ。木を盾にして様子を見るんだ」
「でも……」
「本当なら逃がしてやりたいところだが、下手に動いてあいつを刺激するのはヤバそうだ。俺が相手をしている間に隙を見て逃げろ。いいな?」
洸が後退りをした足音とともに、麻乃が動いた。
迂闊に避けると洸が危ない。
受け流すつもりで紫炎を構えると、甲高い金属音が響き、両腕に強い衝撃を受けた。
(くっ……なんだこの力……おまけに速い……!)
押し込んでくる力が強すぎてすぐに弾き返せなかった。
上目遣いに修治を見る紅い瞳が、夜光を止めたのが不思議だと言わんばかりの色を浮かべている。
胸もとまで引き寄せてから渾身の力で押し返した。
すぐに構え直して間合いを取るために横へと斬り流すと、麻乃は受けずに飛び退き、距離が取れた。
この隙に夜光を納め、炎を抜くと思ったのに、夜光を片手に構えもせず立ち尽くしている。依然として炎を抜こうとしない。
あんなにもこだわりを持って常に身近に置くほどだったのに、なぜまだ後生大事に帯びているだけに止まっているのか。
海岸からの喧騒も、ルートを通したのか倒して数を減らしたのかわからないけれど、大分鎮まってきている。
小坂が柳堀に向かわせた隊員は、修治たちの姿がないことで戸惑っているだろう。
下手をすれば柳堀中に騒ぎが広まってしまう。
そうなると、探しに出たものがここへ来るのも時間の問題だ。
なるべく麻乃を人目にさらしたくない。
接触させてこれ以上誰かを殺めさせるわけにも行かない。
それでも、どうしても気になることがあった。
「おまえのいう間違いを正すってのは……どういうことだ?」
洸からできるだけ離れるために紫炎を鞘に納めると、右手でしっかりと獄の柄を握ってジリジリと麻乃に近づきながら問いかけた。
数歩下がった麻乃も夜光を鞘に納め、炎の柄に手をかけている。
「大陸で一体なにがあった? こんな真似をして……おクマさんや松恵姐さんを、簡単に手にかけるほどのなにがあったっていうんだ?」
「とぼけるな! あんたたちが大陸であたしになにをしたか、自分の胸に聞いてみろ!」
炎を握る手に力がこもったように見えたのに、麻乃はまた夜光を抜いて突きかかってきた。
一瞬の間が麻乃の出足を遅らせ、そのおかげで一振り目は難なく避けることができた。
舌打ちした麻乃は刀を切り返して迷わず急所を狙ってくる。
身を低くして麻乃の攻撃をかわし、修治も抜刀して応戦しようと思っているのに、手がそのまま獄を抜くか紫炎を抜くか迷っている。
そのあいだにも麻乃は次々に攻撃を繰り出してきた。
麻乃のスピードは以前のものとはまるで違う。
何度かは避け切れないかと思ったほどだ。
ただ、動きの癖だけは変わっていないようで、行動に移るわずかな瞬間でどう斬り付けてくるのかがわかる。
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