460 / 780
動きだす刻
第49話 麻乃 ~麻乃 6~
しおりを挟む
息苦しさに目を開くと、朝を迎えていた。
両手にはしっかりと二刀を抱えているし、周囲には麻乃以外に誰の姿もない。
(夢だったのか)
ホッと溜息がもれる。
冷静に考えてみればシタラもマドルも、ここにいるはずがない。
立ち上がり伸びをして刀を置いた。
昨夜はいろいろとあったせいで衣服の汚れがひどく、まずは着替えを済ませた。
ロマジェリカの軍服に袖を通すのは不本意ではあったけれど、これしかないのだから仕方がない。
濃紺の上着も大分傷んでしまっている。
自宅から着替えを持ち出してこなかったことを後悔した。
そこにはまだ袖を通していない上着もあったのに。
身支度を整えると船を降り、枇杷島の森に入った。
近くに流れる川で上着の汚れを丁寧に落とし、手近な木の枝へ広げて干す。
陽が良く当たっているから、夕暮れ前には乾くだろう。
草むらに横になって空を眺めた。
明日には泉翔に挑むとは思えないほど穏やかだ。
昨夜は妙な夢を見た割に睡眠はしっかりと取れたのか、体は軽い。
今日一日、ゆっくりすれば慣れない船旅の疲労も回復する。
これまで泉翔で迎えたことがない兵数が、この枇杷島に控えている。
今日中、あるいは明日の朝にはヘイトの軍も、北浜に向かう為に枇杷島近くに押し寄せてくると聞いている。
三方から一気に襲撃を受けて、どう出てくるつもりだろうか。
ジャセンベルと組んでいるのなら、今回こちらがどれほどの兵を率いてくているか、想像はしているだろう。
(あたしならどうする……)
迎え撃つには泉翔の海岸は手狭だと思う。
できるかぎり効率良く兵を減らすには……。
一つの考えが浮かび、まだ濡れた上着を掴み取って船へと戻ると、側近を探し、人けのない船首へ引っ張り出した。
「進軍についてマドルはどう考えている?」
「到着は恐らく明日の午後、その際に小島には寄らずに我々が庸儀の軍勢に合わせて動き、そのまま泉翔上陸を果たすおつもりのようですが……」
「午後……? それから進軍する気か……」
「少しでも早いほうが都合上良いのではないかと仰いました。なにか問題がおありですか?」
探るような側近の目を見返した。
昨夜の脅しが効いているようで、サッと目を反らした。
麻乃はあくまで自分の成すべきことを果たしに戻ってきた。
マドルは力を貸すと言ったけれど、その裏には泉翔を討ち取る思惑を抱えているに違いない。
「問題はない。聞いておかなければ対応しきれない、それだけの話しだ。なにしろ馴染みのない兵を任されているんだから」
もしも三国が泉翔を落とそうともくろんでいるのなら、泉翔の意識を正したあと、その思惑もたたきつぶす。
親切に泉翔の出方を教えてやる必要はない。
上陸さえしてしまえば、あとは部隊を先に進ませ、麻乃は行くべきところへと足を進めるだけだ。
とは言え、つけられた部隊をあっさり死なせるのは寝覚めが悪い。
隊員たちの部屋に向かうと、明日の進軍に際しての注意点を少しだけ伝え、そのときまでは動かず休み、睡眠を十分に取るよう言い含めた。
他のロマジェリカ兵が変に虚ろに見えるのと違い、ここにいるものたちはしっかりしているようだ。
ただ、枇杷島の豊かな緑が気になるのか落ち着かない様子でもある。
ロマジェリカの雑草さえ見当たらない枯れた土地を思えば、無理もないだろう。
「そんなに気になるのなら、島を一回りしてくればいい。害のあるような獣もいない。半日もあれば十分に見て来られる」
そう言って大部屋のドアを開け放つと、数十人が急ぎ足で出ていった。
「その代わり、そのあとは時間まで必ずしっかり休息を取るように」
隊員たちの背中に声をかけて見送った。
ずっと自然に囲まれていた麻乃には、彼らがなにを感じ、思うのかがまったくわからない。
けれど今度のことが終われば、すぐにとは行かずともいずれ泉翔と変わらないくらい、大陸に草木を増やすことも可能だ。
(私はこれまでにないほど穏やかな時間を過ごした気がします。不思議と悪い気分ではなかった)
ロマジェリカを発つときにマドルはそう言った。
あんなになにもなくなるほど戦争を続けているのなら、彼らもマドルと同じように、この場所でわずかな時間を穏やかに過ごしているのだろうか。
明日にはまた、大陸にいるときと同じように戦うことになる。
(あたしが早くことを済ませれば、大陸のものたちはこんな時間をいつでも持てるようになるんだ)
自分の手が誰かを……多くの人を救う。
そう思うと胸のうちが震えるほど高揚し、目眩がする。
(人の力なんて、どれだけ過信しても手に余ることばかりだ。大勢の人を救えるのなら多少の犠牲は止むを得ない……そういうことなんだ)
手摺りを掴む手に自然と力がこもった。
両手にはしっかりと二刀を抱えているし、周囲には麻乃以外に誰の姿もない。
(夢だったのか)
ホッと溜息がもれる。
冷静に考えてみればシタラもマドルも、ここにいるはずがない。
立ち上がり伸びをして刀を置いた。
昨夜はいろいろとあったせいで衣服の汚れがひどく、まずは着替えを済ませた。
ロマジェリカの軍服に袖を通すのは不本意ではあったけれど、これしかないのだから仕方がない。
濃紺の上着も大分傷んでしまっている。
自宅から着替えを持ち出してこなかったことを後悔した。
そこにはまだ袖を通していない上着もあったのに。
身支度を整えると船を降り、枇杷島の森に入った。
近くに流れる川で上着の汚れを丁寧に落とし、手近な木の枝へ広げて干す。
陽が良く当たっているから、夕暮れ前には乾くだろう。
草むらに横になって空を眺めた。
明日には泉翔に挑むとは思えないほど穏やかだ。
昨夜は妙な夢を見た割に睡眠はしっかりと取れたのか、体は軽い。
今日一日、ゆっくりすれば慣れない船旅の疲労も回復する。
これまで泉翔で迎えたことがない兵数が、この枇杷島に控えている。
今日中、あるいは明日の朝にはヘイトの軍も、北浜に向かう為に枇杷島近くに押し寄せてくると聞いている。
三方から一気に襲撃を受けて、どう出てくるつもりだろうか。
ジャセンベルと組んでいるのなら、今回こちらがどれほどの兵を率いてくているか、想像はしているだろう。
(あたしならどうする……)
迎え撃つには泉翔の海岸は手狭だと思う。
できるかぎり効率良く兵を減らすには……。
一つの考えが浮かび、まだ濡れた上着を掴み取って船へと戻ると、側近を探し、人けのない船首へ引っ張り出した。
「進軍についてマドルはどう考えている?」
「到着は恐らく明日の午後、その際に小島には寄らずに我々が庸儀の軍勢に合わせて動き、そのまま泉翔上陸を果たすおつもりのようですが……」
「午後……? それから進軍する気か……」
「少しでも早いほうが都合上良いのではないかと仰いました。なにか問題がおありですか?」
探るような側近の目を見返した。
昨夜の脅しが効いているようで、サッと目を反らした。
麻乃はあくまで自分の成すべきことを果たしに戻ってきた。
マドルは力を貸すと言ったけれど、その裏には泉翔を討ち取る思惑を抱えているに違いない。
「問題はない。聞いておかなければ対応しきれない、それだけの話しだ。なにしろ馴染みのない兵を任されているんだから」
もしも三国が泉翔を落とそうともくろんでいるのなら、泉翔の意識を正したあと、その思惑もたたきつぶす。
親切に泉翔の出方を教えてやる必要はない。
上陸さえしてしまえば、あとは部隊を先に進ませ、麻乃は行くべきところへと足を進めるだけだ。
とは言え、つけられた部隊をあっさり死なせるのは寝覚めが悪い。
隊員たちの部屋に向かうと、明日の進軍に際しての注意点を少しだけ伝え、そのときまでは動かず休み、睡眠を十分に取るよう言い含めた。
他のロマジェリカ兵が変に虚ろに見えるのと違い、ここにいるものたちはしっかりしているようだ。
ただ、枇杷島の豊かな緑が気になるのか落ち着かない様子でもある。
ロマジェリカの雑草さえ見当たらない枯れた土地を思えば、無理もないだろう。
「そんなに気になるのなら、島を一回りしてくればいい。害のあるような獣もいない。半日もあれば十分に見て来られる」
そう言って大部屋のドアを開け放つと、数十人が急ぎ足で出ていった。
「その代わり、そのあとは時間まで必ずしっかり休息を取るように」
隊員たちの背中に声をかけて見送った。
ずっと自然に囲まれていた麻乃には、彼らがなにを感じ、思うのかがまったくわからない。
けれど今度のことが終われば、すぐにとは行かずともいずれ泉翔と変わらないくらい、大陸に草木を増やすことも可能だ。
(私はこれまでにないほど穏やかな時間を過ごした気がします。不思議と悪い気分ではなかった)
ロマジェリカを発つときにマドルはそう言った。
あんなになにもなくなるほど戦争を続けているのなら、彼らもマドルと同じように、この場所でわずかな時間を穏やかに過ごしているのだろうか。
明日にはまた、大陸にいるときと同じように戦うことになる。
(あたしが早くことを済ませれば、大陸のものたちはこんな時間をいつでも持てるようになるんだ)
自分の手が誰かを……多くの人を救う。
そう思うと胸のうちが震えるほど高揚し、目眩がする。
(人の力なんて、どれだけ過信しても手に余ることばかりだ。大勢の人を救えるのなら多少の犠牲は止むを得ない……そういうことなんだ)
手摺りを掴む手に自然と力がこもった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる