蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第49話 麻乃 ~麻乃 6~

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 息苦しさに目を開くと、朝を迎えていた。
 両手にはしっかりと二刀を抱えているし、周囲には麻乃以外に誰の姿もない。

(夢だったのか)

 ホッと溜息がもれる。
 冷静に考えてみればシタラもマドルも、ここにいるはずがない。

 立ち上がり伸びをして刀を置いた。
 昨夜はいろいろとあったせいで衣服の汚れがひどく、まずは着替えを済ませた。
 ロマジェリカの軍服に袖を通すのは不本意ではあったけれど、これしかないのだから仕方がない。

 濃紺の上着も大分傷んでしまっている。
 自宅から着替えを持ち出してこなかったことを後悔した。
 そこにはまだ袖を通していない上着もあったのに。

 身支度を整えると船を降り、枇杷島の森に入った。
 近くに流れる川で上着の汚れを丁寧に落とし、手近な木の枝へ広げて干す。
 陽が良く当たっているから、夕暮れ前には乾くだろう。

 草むらに横になって空を眺めた。
 明日には泉翔に挑むとは思えないほど穏やかだ。
 昨夜は妙な夢を見た割に睡眠はしっかりと取れたのか、体は軽い。
 今日一日、ゆっくりすれば慣れない船旅の疲労も回復する。

 これまで泉翔で迎えたことがない兵数が、この枇杷島に控えている。
 今日中、あるいは明日の朝にはヘイトの軍も、北浜に向かう為に枇杷島近くに押し寄せてくると聞いている。

 三方から一気に襲撃を受けて、どう出てくるつもりだろうか。
 ジャセンベルと組んでいるのなら、今回こちらがどれほどの兵を率いてくているか、想像はしているだろう。

(あたしならどうする……)

 迎え撃つには泉翔の海岸は手狭だと思う。
 できるかぎり効率良く兵を減らすには……。
 一つの考えが浮かび、まだ濡れた上着を掴み取って船へと戻ると、側近を探し、人けのない船首へ引っ張り出した。

「進軍についてマドルはどう考えている?」

「到着は恐らく明日の午後、その際に小島には寄らずに我々が庸儀の軍勢に合わせて動き、そのまま泉翔上陸を果たすおつもりのようですが……」

「午後……? それから進軍する気か……」

「少しでも早いほうが都合上良いのではないかと仰いました。なにか問題がおありですか?」

 探るような側近の目を見返した。
 昨夜の脅しが効いているようで、サッと目を反らした。
 麻乃はあくまで自分の成すべきことを果たしに戻ってきた。

 マドルは力を貸すと言ったけれど、その裏には泉翔を討ち取る思惑を抱えているに違いない。

「問題はない。聞いておかなければ対応しきれない、それだけの話しだ。なにしろ馴染みのない兵を任されているんだから」

 もしも三国が泉翔を落とそうともくろんでいるのなら、泉翔の意識を正したあと、その思惑もたたきつぶす。
 親切に泉翔の出方を教えてやる必要はない。

 上陸さえしてしまえば、あとは部隊を先に進ませ、麻乃は行くべきところへと足を進めるだけだ。
 とは言え、つけられた部隊をあっさり死なせるのは寝覚めが悪い。
 隊員たちの部屋に向かうと、明日の進軍に際しての注意点を少しだけ伝え、そのときまでは動かず休み、睡眠を十分に取るよう言い含めた。

 他のロマジェリカ兵が変に虚ろに見えるのと違い、ここにいるものたちはしっかりしているようだ。
 ただ、枇杷島の豊かな緑が気になるのか落ち着かない様子でもある。
 ロマジェリカの雑草さえ見当たらない枯れた土地を思えば、無理もないだろう。

「そんなに気になるのなら、島を一回りしてくればいい。害のあるような獣もいない。半日もあれば十分に見て来られる」

 そう言って大部屋のドアを開け放つと、数十人が急ぎ足で出ていった。

「その代わり、そのあとは時間まで必ずしっかり休息を取るように」

 隊員たちの背中に声をかけて見送った。
 ずっと自然に囲まれていた麻乃には、彼らがなにを感じ、思うのかがまったくわからない。
 けれど今度のことが終われば、すぐにとは行かずともいずれ泉翔と変わらないくらい、大陸に草木を増やすことも可能だ。

(私はこれまでにないほど穏やかな時間を過ごした気がします。不思議と悪い気分ではなかった)

 ロマジェリカを発つときにマドルはそう言った。
 あんなになにもなくなるほど戦争を続けているのなら、彼らもマドルと同じように、この場所でわずかな時間を穏やかに過ごしているのだろうか。
 明日にはまた、大陸にいるときと同じように戦うことになる。

(あたしが早くことを済ませれば、大陸のものたちはこんな時間をいつでも持てるようになるんだ)

 自分の手が誰かを……多くの人を救う。
 そう思うと胸のうちが震えるほど高揚し、目眩がする。

(人の力なんて、どれだけ過信しても手に余ることばかりだ。大勢の人を救えるのなら多少の犠牲は止むを得ない……そういうことなんだ)

 手摺りを掴む手に自然と力がこもった。
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