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動きだす刻
第48話 麻乃 ~麻乃 5~
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それを合図にしたかのように、一斉に庸儀の兵が向かってきた。
下に降りて来られると、明かりが少なくなり、個体の区別はつかない。
月に照らされて延びた影がやけに大きく見える。
炎魔刀を抜き放とうとした瞬間、左腕がまたビリッと痛んだ。
ハッとして手を引き、夜光の柄を握り直して抜くと、振り下ろされた剣を弾いた。
(炎魔刀が……)
痛みと混乱で感情が揺れた。
否応なしに応戦させられることに苛立ちが募る。
なんの連携もなく、ただ闇雲に力任せに向かってくるやつらなど、その動きが読み難くとも、容易に片づけられる。
どこまでやるか、それが問題なだけだ。
頭ではそう考えているのに、感情が先行して手加減が利かず気がつけばいつの間にか、一人残らず息の根を止めてしまっていた。
騒ぎを聞き付けた周辺の船から、何人ものロマジェリカ兵が麻乃を見下ろしている。
「見世物じゃあない。散れ」
静かにそう言うと、関与したくないからか、ロマジェリカ兵たちはすぐに姿を消した。
誰が知らせたのか、それとも単に騒ぎに気づいたのか、側近が駆けてきた。
「お怪我は……」
息を切らせて問いかけて来たその鼻先に、夜光を突きつけた。
「こんなやつらを相手に、あたしは怪我など負いやしない。いいか? このことはマドルには黙っているんだ」
「ですが……それは……」
「あの人に余計な負担をかけさせる必要などないと言っている。こいつらは黙って退いた、そういうことにしておけばいい」
うなずいたのをしっかりと確認してから麻乃は乗ってきた船に戻り、部屋にこもった。
あの人数を相手に息一つ乱れることはなかった。
加減するつもりでいたし、腕の一つも落としてみせて、それで終わりにするつもりだった……ただ、それができなかった。
(あたしは逃げるものまで追い詰めて殲滅させる趣味はない。そんなのただの人殺しじゃないか……)
いつかマドルにそう言った。
無意味に命を絶つのは嫌だったからこそ、ロマジェリカのときには生かしておいたのに、なぜ、今度にかぎってそれができなかったのか。
簡易ベッドに横になると炎魔刀と夜光を抱え込み、毛布に包まって身を小さくした。
実は他人の命を奪うことなどなんとも思っていないのではないかと、自分の心を疑ってしまう。
頭では以前と同じように考えているつもりでも、体が、この血が、人を殺すことに対してなんのためらいも持っていないのじゃあないだろうか?
(だとすれば、あたしは本当にただの人殺しだ……)
あのとき、炎魔刀に手をかけた瞬間、左腕に痛みが走り、まるで炎魔刀にまで拒絶されたようで愕然とした。
修治は同じ炎魔刀の獄をどう扱っているのだろうか。
そっと毛布から左腕を出して袖をまくってみる。
覚醒してから何度も確かめたし、今見ても、それは変わらない。
どういうわけか、左腕の痣が蓮華の印に変わっている。
腰にあった印がどうなっているのかは、鏡がないのをいいことに確認していない。
消えてしまっているかもしれない。
それが怖かった。
「だから、その左腕が良くないと言うのに……」
どこから響いてきた声に、驚きのあまり飛び起きた。
暗闇の中で目を凝らす。
ぼんやりと浮かび上がった姿に、更に驚いて心臓が勢い良く動きだした。
ここにいるはずのないシタラが立っている。
「なんで……婆さまが……」
「もっと早くに……」
以前見た夢の内容が甦ってきて、つと歩み寄ったシタラに身構え、ハッとした。たった今、手にしていた炎魔刀と夜光が消えている。
左手に延びてきたシタラの手を思いきり払い除けた。
「あたしに触るな!」
「事の善し悪しもわからぬほどか?」
「そんなことは十分過ぎるほどわかっている! だからあたしは生きてここに戻ったんだ!」
「わかっていながら、さっきの始末……」
それを言われると返す言葉もない。
シタラの目が麻乃の心の内側も見透かしているように感じて怖い。
不意に目眩がした。
シタラはまだなにかを言っているようで唇は動いているのに、言葉がハッキリと聞き取れない。
その唇が鴇汰と動いたような気がする。
頭の芯がずしりと重く倒れそうになった肩に、誰かの手が触れた。
「貴女は大陸に暮らす私たちの希望だ。貴女がしようとしていることは正しいのです」
耳もとにマドルの言葉が届く。
罪のない泉翔や大陸のものたちを守れるのは貴女の力だけ、マドルはそう言う。
(そうだ。あたしは正しいことをしている。そのあたしを邪魔しようと、立ち塞がるようなやつらが悪い)
あたしはなにも間違ってなどいない。
そう叫んだ。
霞む意識の中、シタラの視線が哀しげに麻乃に向いているのを見た。
下に降りて来られると、明かりが少なくなり、個体の区別はつかない。
月に照らされて延びた影がやけに大きく見える。
炎魔刀を抜き放とうとした瞬間、左腕がまたビリッと痛んだ。
ハッとして手を引き、夜光の柄を握り直して抜くと、振り下ろされた剣を弾いた。
(炎魔刀が……)
痛みと混乱で感情が揺れた。
否応なしに応戦させられることに苛立ちが募る。
なんの連携もなく、ただ闇雲に力任せに向かってくるやつらなど、その動きが読み難くとも、容易に片づけられる。
どこまでやるか、それが問題なだけだ。
頭ではそう考えているのに、感情が先行して手加減が利かず気がつけばいつの間にか、一人残らず息の根を止めてしまっていた。
騒ぎを聞き付けた周辺の船から、何人ものロマジェリカ兵が麻乃を見下ろしている。
「見世物じゃあない。散れ」
静かにそう言うと、関与したくないからか、ロマジェリカ兵たちはすぐに姿を消した。
誰が知らせたのか、それとも単に騒ぎに気づいたのか、側近が駆けてきた。
「お怪我は……」
息を切らせて問いかけて来たその鼻先に、夜光を突きつけた。
「こんなやつらを相手に、あたしは怪我など負いやしない。いいか? このことはマドルには黙っているんだ」
「ですが……それは……」
「あの人に余計な負担をかけさせる必要などないと言っている。こいつらは黙って退いた、そういうことにしておけばいい」
うなずいたのをしっかりと確認してから麻乃は乗ってきた船に戻り、部屋にこもった。
あの人数を相手に息一つ乱れることはなかった。
加減するつもりでいたし、腕の一つも落としてみせて、それで終わりにするつもりだった……ただ、それができなかった。
(あたしは逃げるものまで追い詰めて殲滅させる趣味はない。そんなのただの人殺しじゃないか……)
いつかマドルにそう言った。
無意味に命を絶つのは嫌だったからこそ、ロマジェリカのときには生かしておいたのに、なぜ、今度にかぎってそれができなかったのか。
簡易ベッドに横になると炎魔刀と夜光を抱え込み、毛布に包まって身を小さくした。
実は他人の命を奪うことなどなんとも思っていないのではないかと、自分の心を疑ってしまう。
頭では以前と同じように考えているつもりでも、体が、この血が、人を殺すことに対してなんのためらいも持っていないのじゃあないだろうか?
(だとすれば、あたしは本当にただの人殺しだ……)
あのとき、炎魔刀に手をかけた瞬間、左腕に痛みが走り、まるで炎魔刀にまで拒絶されたようで愕然とした。
修治は同じ炎魔刀の獄をどう扱っているのだろうか。
そっと毛布から左腕を出して袖をまくってみる。
覚醒してから何度も確かめたし、今見ても、それは変わらない。
どういうわけか、左腕の痣が蓮華の印に変わっている。
腰にあった印がどうなっているのかは、鏡がないのをいいことに確認していない。
消えてしまっているかもしれない。
それが怖かった。
「だから、その左腕が良くないと言うのに……」
どこから響いてきた声に、驚きのあまり飛び起きた。
暗闇の中で目を凝らす。
ぼんやりと浮かび上がった姿に、更に驚いて心臓が勢い良く動きだした。
ここにいるはずのないシタラが立っている。
「なんで……婆さまが……」
「もっと早くに……」
以前見た夢の内容が甦ってきて、つと歩み寄ったシタラに身構え、ハッとした。たった今、手にしていた炎魔刀と夜光が消えている。
左手に延びてきたシタラの手を思いきり払い除けた。
「あたしに触るな!」
「事の善し悪しもわからぬほどか?」
「そんなことは十分過ぎるほどわかっている! だからあたしは生きてここに戻ったんだ!」
「わかっていながら、さっきの始末……」
それを言われると返す言葉もない。
シタラの目が麻乃の心の内側も見透かしているように感じて怖い。
不意に目眩がした。
シタラはまだなにかを言っているようで唇は動いているのに、言葉がハッキリと聞き取れない。
その唇が鴇汰と動いたような気がする。
頭の芯がずしりと重く倒れそうになった肩に、誰かの手が触れた。
「貴女は大陸に暮らす私たちの希望だ。貴女がしようとしていることは正しいのです」
耳もとにマドルの言葉が届く。
罪のない泉翔や大陸のものたちを守れるのは貴女の力だけ、マドルはそう言う。
(そうだ。あたしは正しいことをしている。そのあたしを邪魔しようと、立ち塞がるようなやつらが悪い)
あたしはなにも間違ってなどいない。
そう叫んだ。
霞む意識の中、シタラの視線が哀しげに麻乃に向いているのを見た。
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