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動きだす刻
第46話 麻乃 ~麻乃 3~
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もう一度、部屋を振り返った。
(あのテーブルでは……良く修治と食事をしたっけ)
フッと溜息をつくと頭を振って外へ出た。
その瞬間、修治が近づいてくる気配を感じた。
まだ遠い。
けれどスピードがある。
ということは、きっと多香子を探して車で移動しているのだろう。
急いで焼却炉へ行き、中に火をともした。
「どうしたの? 早くみんなのところへ……」
「姉さん、あたしは忘れものを取りに来ただけなんだよ。それと、やり残したことを片づけに来たんだ」
「忘れものって……やり残したことって……」
薪に火がつき、パチパチと木の弾ける音が聞こえる。
多香子の不安そうな視線を背中に感じながら、急速に近づく修治の気配に集中した。
早く事を済ませなければ、ここで鉢合わせてしまうことになる。
多香子の目の前で修治と対峙するのは、できるなら避けたい。
誰よりも優しくて温かくて、いつでも麻乃を気にかけてくれていた。
だからこそ、麻乃も本当の姉同様、慕っていたし憧れてもいた。
もしかすると、それさえも麻乃をなだめおくための手段だったのかもしれないけれど……。
自嘲気味に笑うと、多香子の目をジッと見つめた。
不安と怯えが手に取るようにわかる。
やっぱり思ったとおりだ。
多香子でさえ麻乃にあんな目を向けてくる。
ほかの誰かならもっとわかりやすい態度に出るだろう。
それでもまだそばにいようとしてくれるのは、本当に心が優しいからなのだろうか。
嬉しいと思う反面、ひどく切なくなる。
「多香子姉さんだけは、いつもあたしに優しくしてくれたから教えてあげる」
「えっ?」
「西浜は中央……泉の森に避難するんだよね。向こうに着いたら、くれぐれも泉の森から出ないようにしてね。あそこなら他国のやつらは結界があって入れない。あたしが手を出さないかぎり、あの中にさえいれば無事に過ごせるから」
「麻乃ちゃん、一体なにを言ってるの?」
薪に十分な火が周り、その中の一本を取り出すと、玄関前に戻ってそれを放り投げた。
灯油缶を置き、油を含んだ玄関先はあっという間に燃え上がり、黒い煙を吐き出している。
たった今、自分が帰るべき場所をこの手で消した。
もう、ここに帰る場所などない。
大切にしていた本も、人からのいただきものも、両親の残したものも、なにもかもが灰になって消える。
中央の宿舎を引き払っている今、自宅を失ったことでこれまでの自分さえ消えたような気分になった。
「なにを……! 早く消さないと!」
「いいんだよ。もう必要ないんだから。要るものはちゃんとここにある。それより、あたしが言ったこと、忘れずに守ってね」
多香子があわてて駆け出そうとするのを、手を掴んで止めると、グッと力を込めた。
これまでのことが例え、嘘であったとしても、子を生している多香子を放っておくことなどできない。
聞き入れてくれるかはわからなくても、注意だけは促しておきたい。
それに――。
修治がかなり近いところまで来ている。
火の手が上がっていることに気づけば、更にスピードを上げてくるだろう。
もう、行かなければ。
「それから……姉さんはきっと、あたしを恨むだろうけど……でもきっといつか、あたしが正しいってことがわかるはずだから。今さら恨まれるのなんてどうってことはないけど……でもいつか……わかってほしいんだ。もう来るから、あたし行くね。姉さんも早く避難しなきゃ駄目だよ。次にあんなやつらに捕まっても、あたし助けてあげられないから」
このあと、やらなければならないことはもう決まっている。
大陸へ進出などと考えたものたちへ粛清を……。
麻乃を邪魔にして命まで奪おうとしてくれたことに、落とし前をつけなければ。
炎魔刀の炎を手に入れた今、恐れるものなどなにもない。
未練も迷いも、家を焼いたのと同時に捨て去った。
思い残すことも一つもない。
麻乃を呼ぶ多香子の声を振り払うように、全力で走った。
(あのテーブルでは……良く修治と食事をしたっけ)
フッと溜息をつくと頭を振って外へ出た。
その瞬間、修治が近づいてくる気配を感じた。
まだ遠い。
けれどスピードがある。
ということは、きっと多香子を探して車で移動しているのだろう。
急いで焼却炉へ行き、中に火をともした。
「どうしたの? 早くみんなのところへ……」
「姉さん、あたしは忘れものを取りに来ただけなんだよ。それと、やり残したことを片づけに来たんだ」
「忘れものって……やり残したことって……」
薪に火がつき、パチパチと木の弾ける音が聞こえる。
多香子の不安そうな視線を背中に感じながら、急速に近づく修治の気配に集中した。
早く事を済ませなければ、ここで鉢合わせてしまうことになる。
多香子の目の前で修治と対峙するのは、できるなら避けたい。
誰よりも優しくて温かくて、いつでも麻乃を気にかけてくれていた。
だからこそ、麻乃も本当の姉同様、慕っていたし憧れてもいた。
もしかすると、それさえも麻乃をなだめおくための手段だったのかもしれないけれど……。
自嘲気味に笑うと、多香子の目をジッと見つめた。
不安と怯えが手に取るようにわかる。
やっぱり思ったとおりだ。
多香子でさえ麻乃にあんな目を向けてくる。
ほかの誰かならもっとわかりやすい態度に出るだろう。
それでもまだそばにいようとしてくれるのは、本当に心が優しいからなのだろうか。
嬉しいと思う反面、ひどく切なくなる。
「多香子姉さんだけは、いつもあたしに優しくしてくれたから教えてあげる」
「えっ?」
「西浜は中央……泉の森に避難するんだよね。向こうに着いたら、くれぐれも泉の森から出ないようにしてね。あそこなら他国のやつらは結界があって入れない。あたしが手を出さないかぎり、あの中にさえいれば無事に過ごせるから」
「麻乃ちゃん、一体なにを言ってるの?」
薪に十分な火が周り、その中の一本を取り出すと、玄関前に戻ってそれを放り投げた。
灯油缶を置き、油を含んだ玄関先はあっという間に燃え上がり、黒い煙を吐き出している。
たった今、自分が帰るべき場所をこの手で消した。
もう、ここに帰る場所などない。
大切にしていた本も、人からのいただきものも、両親の残したものも、なにもかもが灰になって消える。
中央の宿舎を引き払っている今、自宅を失ったことでこれまでの自分さえ消えたような気分になった。
「なにを……! 早く消さないと!」
「いいんだよ。もう必要ないんだから。要るものはちゃんとここにある。それより、あたしが言ったこと、忘れずに守ってね」
多香子があわてて駆け出そうとするのを、手を掴んで止めると、グッと力を込めた。
これまでのことが例え、嘘であったとしても、子を生している多香子を放っておくことなどできない。
聞き入れてくれるかはわからなくても、注意だけは促しておきたい。
それに――。
修治がかなり近いところまで来ている。
火の手が上がっていることに気づけば、更にスピードを上げてくるだろう。
もう、行かなければ。
「それから……姉さんはきっと、あたしを恨むだろうけど……でもきっといつか、あたしが正しいってことがわかるはずだから。今さら恨まれるのなんてどうってことはないけど……でもいつか……わかってほしいんだ。もう来るから、あたし行くね。姉さんも早く避難しなきゃ駄目だよ。次にあんなやつらに捕まっても、あたし助けてあげられないから」
このあと、やらなければならないことはもう決まっている。
大陸へ進出などと考えたものたちへ粛清を……。
麻乃を邪魔にして命まで奪おうとしてくれたことに、落とし前をつけなければ。
炎魔刀の炎を手に入れた今、恐れるものなどなにもない。
未練も迷いも、家を焼いたのと同時に捨て去った。
思い残すことも一つもない。
麻乃を呼ぶ多香子の声を振り払うように、全力で走った。
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