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動きだす刻
第45話 麻乃 ~麻乃 2~
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気配を殺したまま自宅の前まで来た。
もうあたりは真っ暗だけれど、玄関先に人影が見える。
こんなに近くにいるのに、麻乃にはまったく気づいていないようだ。
暗がりの中をそっと近づき、男が四人いるのを確認した。
腰を下ろした二人の男の下に、どうやら女性がいるらしい。
嫌悪感が湧き立つ。
柳堀のあの馬鹿息子が逃げ遅れた女を相手に良くないことでも企んでいるのだろうか?
(他のものたちは避難しているらしいのに、こんなときにまで、どこまでも最低なやつらだ)
ヘラヘラとした男たちの笑い声が耳に届き、更に嫌な思いが満ちた。
「――そんなところでなにをしている?」
近づきながらそう問いかけ、振り返った男を見て驚いた。
身にまとった緑の軍服は、庸儀の兵だ。
「なんだってあんたたちがここにいるんだ?」
麻乃の問いに男は嘲笑を浮かべながら邪魔だと言う。
邪魔なのはやつらのほうだし、そもそもなぜ、庸儀の兵がこんな場所にいるのか……。
そう言えば枇杷島から来る途中、あとをつけてくる気配を感じていたじゃないか。それがこいつらだったのかもしれない。
そうだとすれば、なんの手も打たずに放っておいた麻乃のミスだ。
逃げ遅れた女性を助けてやらなければならない。
「下衆が……その人から手を放せ」
「おまえには関係ないだろう! さっさと消えろ!」
また数歩、歩み寄ったところで組み敷かれた女性の顔が目に入った。
(多香子姉さん! なんでこんなところに!)
ドクンと心臓が大きく鳴り、憤りに目眩を覚える。
「――その人になにをした」
それだけをいうのが精一杯だった。
怒りで意識が霞む。
朦朧とした中、麻乃の意思に関わらず体が動いた。
左腕がジリジリと痛むのも、まるで他人事のように感じる。
血の臭いが鼻をつき、麻乃の周りに三人の男が倒れたのを見下ろした。
まだ、あと一人いる。
多香子に馬乗りになった男へ視線を移し、キッと睨み据え、喉の奥に詰まった言葉を振り絞る。
「事によっては見過ごそうと思った……けど……あんたたち……一番してはならないことをしたな!」
男が立ち上がり、剣に手をかけた瞬間、その喉もとを突いた。
グラリと男の体が傾き、多香子のほうへ倒れそうになるのを、体当たりをして横に逸らした。
そのまましゃがみ込むと、多香子の手を取った。
(温かい……)
伝わってくる温もりに、ホッと溜息がもれる。
背中についた土埃を払ってやり、不安そうな多香子の顔を覗き込んだ。
「ひどいことをされていないみたいで良かった……でも頬が赤い……まさか殴られたの? 他にどこか痛む? お腹は……?」
「私は大丈夫だけど……」
「そう……なら良かった」
赤くなった頬にそっと触れてみる。
心配でたまらないのに、多香子に触れることが良くないことのような気がしてあわてて手を引っ込めた。
お腹の子どもも多香子自身も、なにもなかったとわかっただけで十分に満足だ。
「このあたりはもう人の気配もないのに、こんなところでなにをしてたの? しかも、こんなに暗くなってから出歩くなんて危ないじゃないか」
「そんなことより良く無事に戻ってくれたわね。本当に良かった……みんな心配していたのよ!」
多香子はそう言うと、両手で包み込むように抱きついてきた。
「心配していた? みんなが? ふうん……そう……」
嘘だ――。
この島で今、麻乃を心配しているものなど、きっといやしない。
背中に回された多香子の手をそっと解き、玄関に向かった。
追って来る多香子の足音が聞こえる。
「今までどうしていたの? 今、みんな詰所にいるはずよ。早く顔を見せて安心させてあげて」
「多香子姉さんはそこで待っていて」
玄関先でそう言って多香子を止めた。
中にまでついて来られては困る。
これからなにをしようとしているのかを知れば、きっと多香子は邪魔をするだろう。
有無を言わせない物言いに多香子は黙って足を止めた。
麻乃は振り返らずに中へと入り、玄関を閉めた。
自分の家なのに、まるで他所の家のようだ。
中は最後に出たときと違い、奇麗に片づけられている。
まずは寝室へ向かって炎魔刀と紅華炎を手にした。
この二刀を手に入れたいがために、ここまで足を運んだのだから。
それからゆっくり部屋の中を見回した。
八年前に直してからずっと、宿舎に入るまではここに暮らして年に何度かは必ず戻ってきた。ここは、自分の城だ。
それでも、もうこの先、ここさえも麻乃には必要のないものになる。
調理場に入り油を出すと、部屋のあちこちに流し、玄関先は特に念入りにかけ回し、灯油缶を置いた。
もうあたりは真っ暗だけれど、玄関先に人影が見える。
こんなに近くにいるのに、麻乃にはまったく気づいていないようだ。
暗がりの中をそっと近づき、男が四人いるのを確認した。
腰を下ろした二人の男の下に、どうやら女性がいるらしい。
嫌悪感が湧き立つ。
柳堀のあの馬鹿息子が逃げ遅れた女を相手に良くないことでも企んでいるのだろうか?
(他のものたちは避難しているらしいのに、こんなときにまで、どこまでも最低なやつらだ)
ヘラヘラとした男たちの笑い声が耳に届き、更に嫌な思いが満ちた。
「――そんなところでなにをしている?」
近づきながらそう問いかけ、振り返った男を見て驚いた。
身にまとった緑の軍服は、庸儀の兵だ。
「なんだってあんたたちがここにいるんだ?」
麻乃の問いに男は嘲笑を浮かべながら邪魔だと言う。
邪魔なのはやつらのほうだし、そもそもなぜ、庸儀の兵がこんな場所にいるのか……。
そう言えば枇杷島から来る途中、あとをつけてくる気配を感じていたじゃないか。それがこいつらだったのかもしれない。
そうだとすれば、なんの手も打たずに放っておいた麻乃のミスだ。
逃げ遅れた女性を助けてやらなければならない。
「下衆が……その人から手を放せ」
「おまえには関係ないだろう! さっさと消えろ!」
また数歩、歩み寄ったところで組み敷かれた女性の顔が目に入った。
(多香子姉さん! なんでこんなところに!)
ドクンと心臓が大きく鳴り、憤りに目眩を覚える。
「――その人になにをした」
それだけをいうのが精一杯だった。
怒りで意識が霞む。
朦朧とした中、麻乃の意思に関わらず体が動いた。
左腕がジリジリと痛むのも、まるで他人事のように感じる。
血の臭いが鼻をつき、麻乃の周りに三人の男が倒れたのを見下ろした。
まだ、あと一人いる。
多香子に馬乗りになった男へ視線を移し、キッと睨み据え、喉の奥に詰まった言葉を振り絞る。
「事によっては見過ごそうと思った……けど……あんたたち……一番してはならないことをしたな!」
男が立ち上がり、剣に手をかけた瞬間、その喉もとを突いた。
グラリと男の体が傾き、多香子のほうへ倒れそうになるのを、体当たりをして横に逸らした。
そのまましゃがみ込むと、多香子の手を取った。
(温かい……)
伝わってくる温もりに、ホッと溜息がもれる。
背中についた土埃を払ってやり、不安そうな多香子の顔を覗き込んだ。
「ひどいことをされていないみたいで良かった……でも頬が赤い……まさか殴られたの? 他にどこか痛む? お腹は……?」
「私は大丈夫だけど……」
「そう……なら良かった」
赤くなった頬にそっと触れてみる。
心配でたまらないのに、多香子に触れることが良くないことのような気がしてあわてて手を引っ込めた。
お腹の子どもも多香子自身も、なにもなかったとわかっただけで十分に満足だ。
「このあたりはもう人の気配もないのに、こんなところでなにをしてたの? しかも、こんなに暗くなってから出歩くなんて危ないじゃないか」
「そんなことより良く無事に戻ってくれたわね。本当に良かった……みんな心配していたのよ!」
多香子はそう言うと、両手で包み込むように抱きついてきた。
「心配していた? みんなが? ふうん……そう……」
嘘だ――。
この島で今、麻乃を心配しているものなど、きっといやしない。
背中に回された多香子の手をそっと解き、玄関に向かった。
追って来る多香子の足音が聞こえる。
「今までどうしていたの? 今、みんな詰所にいるはずよ。早く顔を見せて安心させてあげて」
「多香子姉さんはそこで待っていて」
玄関先でそう言って多香子を止めた。
中にまでついて来られては困る。
これからなにをしようとしているのかを知れば、きっと多香子は邪魔をするだろう。
有無を言わせない物言いに多香子は黙って足を止めた。
麻乃は振り返らずに中へと入り、玄関を閉めた。
自分の家なのに、まるで他所の家のようだ。
中は最後に出たときと違い、奇麗に片づけられている。
まずは寝室へ向かって炎魔刀と紅華炎を手にした。
この二刀を手に入れたいがために、ここまで足を運んだのだから。
それからゆっくり部屋の中を見回した。
八年前に直してからずっと、宿舎に入るまではここに暮らして年に何度かは必ず戻ってきた。ここは、自分の城だ。
それでも、もうこの先、ここさえも麻乃には必要のないものになる。
調理場に入り油を出すと、部屋のあちこちに流し、玄関先は特に念入りにかけ回し、灯油缶を置いた。
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