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動きだす刻
第41話 襲来 ~修治 3~
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昼過ぎに上陸をしてきたのは庸儀ではなくロマジェリカだった。
砦からの砲撃で何隻かの戦艦は沈めたものの、それでもまだ相当な数が上陸をしてくる。
ザッと先陣の敵兵を見回しても、そこに麻乃の姿は確認できない。
まさか炎魔刀を持ち出したから、西浜に用はなくなり、他の浜に移動したのだろうか?
砦より少し低い岩場で岱胡の隊員たちが銃撃を始めたのと同時にいったん、堤防から退いた。
最初の拠点を設けてある砦と柳堀への分かれ道まで戻り、ルートに入った先陣をまずは通した。
木陰に潜み、その集団を集中して探ってみても麻乃はいない。
やがて日が暮れて夜になると、後方の敵部隊は夜間の進軍をせずに海岸に止まった。
岱胡の部隊が半数、岩場を引きあげてきた。
宿舎では同じ階で、一つ年下の千葉が残った敵兵のおよその数を知らせてくれた。
麻乃が現れないことで、茂木は岩場に残っているそうだ。
「手間をかけるな。お前たちは少し休んでくれ、あとは俺たちが見る」
「わかりました。お言葉に甘えます。頃合いを見て交代しますので、安部隊長も休んでください」
「ああ。あとで休ませてもらう。そうだ。岱胡からなにか連絡は来なかったか?」
「いえ。特になにも……」
「そうか。わかった」
鴇汰はともかく岱胡なら、もしも麻乃を見たらすぐに修治に連絡を入れてくるだろう。
それがなにもないのは、南浜には上陸していないということだろうか。
北浜だとまずい。
あの鴇汰が麻乃を前に冷静でいられるとは思えない。
周辺を探りに出ていた近江と杉山が戻ってきた。
「次の拠点まで足を延ばしてきました。向こうでは夜間の進軍がなさそうだからと、後方をたたいたようですが、やっぱりうちの隊長はいなかったそうです」
杉山はうなだれて、すっかり気落ちした様子だ。
「あいつは先陣で来るとばかり思っていたが、馴染みのない兵を連れて無理はできず、後方から来るつもりかもしれない」
「そう……ですね」
「どちらにしろ、動きだすのは明け方からだろう。いざというときに動けないようじゃ困るからな、おまえと小坂は特に、早目に休んでくれ」
「……はい」
恐らく二人が仮眠を取ることは不可能だろう。
そうだとしても横になるだけで、体力の回復は違う。
小坂と杉山には、修治が麻乃と対峙しているあいだ、川崎や近江とともに先頭に立ち、予備隊や訓練生を従えて敵兵を引きつけておいてもらわなければならない。
だからこそ、どんなに納得が行かなかろうが休ませて万全の状態でいてほしかった。
気づけばいつの間にか、日付が変わってる。
あたりはいつもと変わらぬ静けさで、とても敵兵が上陸し、進軍しているとは思えない。
それでもやはり拠点や居住区に詰めているものたちの張りつめた空気が満ち、普段とは違うことを思い知らされる。
修治自身も無意識に手が炎魔刀、獄の柄を握っていることが多い。
そしてそれに気づいたときは、否応なく幼かった日の砦での出来事を思い出してしまう。
(最後に麻乃と太刀を交えたのはいつのことだっただろう……)
持ち回りも訓練も演習も、そのほとんどをともに行動していた。
だからこの数年は、ほんのお遊び程度にしか太刀合わせをしていない。
これまでは麻乃が本気を出したとしても負けるとは思えなかったけれど……。
覚醒した今、どう変わっているのか。
どれほど力、能力に差が出るのか予測もつかない。
落ち着かない思いを鎮めようと、拠点を離れようとしたとき、岱胡の隊の千葉が仮眠の交代を知らせに来た。
休ませるときに、修治も休息を取ると言ってしまった手前、そのポーズだけでも見せておかないと示しがつかず、仕方なしに建てられたテントの一つに入って横になった。
当然のことながら眠れるはずもなく、目を閉じても古い記憶が甦ってきて、溜息がこぼれるばかりだ。
軍部の前で久しぶりに話しをしたときの麻乃の顔を思い出した。
やけに不安そうな表情で修治を見上げていたのは、子どものころに良く見せた目だ。
今さらながら麻乃がなにを隠し、その内側に、どんな思いを抱えていたのかを聞き出さないままにしていたことを後悔する。
無理やりにでも吐き出させれば良かった。
それを知っておけば対峙したときに引き戻すための打開策になったかもしれないのに……。
深く長い溜息がかすかに耳に届いた。
修治のものではない。
寝ているものを起こさないよう、少しだけ上半身を起こしてテントに横になっているやつらを見た。
二人挟んだ向こう側に小坂が横になっている。
「……眠れないか?」
返事がわかりきっていても、あえて問いかけてみた。
「ええ、まぁ……本当は無理にでも眠ったほうがいいんでしょうが……わかってはいても、なかなか難しいものですね」
「他人にいうのは気楽なんだがな。いざ、自分がその場に置かれると気ばかり焦って目が冴えてしまうな」
砦からの砲撃で何隻かの戦艦は沈めたものの、それでもまだ相当な数が上陸をしてくる。
ザッと先陣の敵兵を見回しても、そこに麻乃の姿は確認できない。
まさか炎魔刀を持ち出したから、西浜に用はなくなり、他の浜に移動したのだろうか?
砦より少し低い岩場で岱胡の隊員たちが銃撃を始めたのと同時にいったん、堤防から退いた。
最初の拠点を設けてある砦と柳堀への分かれ道まで戻り、ルートに入った先陣をまずは通した。
木陰に潜み、その集団を集中して探ってみても麻乃はいない。
やがて日が暮れて夜になると、後方の敵部隊は夜間の進軍をせずに海岸に止まった。
岱胡の部隊が半数、岩場を引きあげてきた。
宿舎では同じ階で、一つ年下の千葉が残った敵兵のおよその数を知らせてくれた。
麻乃が現れないことで、茂木は岩場に残っているそうだ。
「手間をかけるな。お前たちは少し休んでくれ、あとは俺たちが見る」
「わかりました。お言葉に甘えます。頃合いを見て交代しますので、安部隊長も休んでください」
「ああ。あとで休ませてもらう。そうだ。岱胡からなにか連絡は来なかったか?」
「いえ。特になにも……」
「そうか。わかった」
鴇汰はともかく岱胡なら、もしも麻乃を見たらすぐに修治に連絡を入れてくるだろう。
それがなにもないのは、南浜には上陸していないということだろうか。
北浜だとまずい。
あの鴇汰が麻乃を前に冷静でいられるとは思えない。
周辺を探りに出ていた近江と杉山が戻ってきた。
「次の拠点まで足を延ばしてきました。向こうでは夜間の進軍がなさそうだからと、後方をたたいたようですが、やっぱりうちの隊長はいなかったそうです」
杉山はうなだれて、すっかり気落ちした様子だ。
「あいつは先陣で来るとばかり思っていたが、馴染みのない兵を連れて無理はできず、後方から来るつもりかもしれない」
「そう……ですね」
「どちらにしろ、動きだすのは明け方からだろう。いざというときに動けないようじゃ困るからな、おまえと小坂は特に、早目に休んでくれ」
「……はい」
恐らく二人が仮眠を取ることは不可能だろう。
そうだとしても横になるだけで、体力の回復は違う。
小坂と杉山には、修治が麻乃と対峙しているあいだ、川崎や近江とともに先頭に立ち、予備隊や訓練生を従えて敵兵を引きつけておいてもらわなければならない。
だからこそ、どんなに納得が行かなかろうが休ませて万全の状態でいてほしかった。
気づけばいつの間にか、日付が変わってる。
あたりはいつもと変わらぬ静けさで、とても敵兵が上陸し、進軍しているとは思えない。
それでもやはり拠点や居住区に詰めているものたちの張りつめた空気が満ち、普段とは違うことを思い知らされる。
修治自身も無意識に手が炎魔刀、獄の柄を握っていることが多い。
そしてそれに気づいたときは、否応なく幼かった日の砦での出来事を思い出してしまう。
(最後に麻乃と太刀を交えたのはいつのことだっただろう……)
持ち回りも訓練も演習も、そのほとんどをともに行動していた。
だからこの数年は、ほんのお遊び程度にしか太刀合わせをしていない。
これまでは麻乃が本気を出したとしても負けるとは思えなかったけれど……。
覚醒した今、どう変わっているのか。
どれほど力、能力に差が出るのか予測もつかない。
落ち着かない思いを鎮めようと、拠点を離れようとしたとき、岱胡の隊の千葉が仮眠の交代を知らせに来た。
休ませるときに、修治も休息を取ると言ってしまった手前、そのポーズだけでも見せておかないと示しがつかず、仕方なしに建てられたテントの一つに入って横になった。
当然のことながら眠れるはずもなく、目を閉じても古い記憶が甦ってきて、溜息がこぼれるばかりだ。
軍部の前で久しぶりに話しをしたときの麻乃の顔を思い出した。
やけに不安そうな表情で修治を見上げていたのは、子どものころに良く見せた目だ。
今さらながら麻乃がなにを隠し、その内側に、どんな思いを抱えていたのかを聞き出さないままにしていたことを後悔する。
無理やりにでも吐き出させれば良かった。
それを知っておけば対峙したときに引き戻すための打開策になったかもしれないのに……。
深く長い溜息がかすかに耳に届いた。
修治のものではない。
寝ているものを起こさないよう、少しだけ上半身を起こしてテントに横になっているやつらを見た。
二人挟んだ向こう側に小坂が横になっている。
「……眠れないか?」
返事がわかりきっていても、あえて問いかけてみた。
「ええ、まぁ……本当は無理にでも眠ったほうがいいんでしょうが……わかってはいても、なかなか難しいものですね」
「他人にいうのは気楽なんだがな。いざ、自分がその場に置かれると気ばかり焦って目が冴えてしまうな」
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