蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第40話 襲来 ~岱胡 4~

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「なんの根拠もないし笑うかもしれないけど……俺たち絶対、大丈夫な気がするんだよな。例え、敵がどんな変なやつらでも絶対大丈夫って、そんな気がするの」

 ライフルを構えて海岸に視線を落とした。
 今、岱胡が思い、感じていることを誰かに伝えたかった。
 言葉にハッキリ出すことでそれが更に現実に近づく気がしたからだ。

「笑うわけがないでしょう? 詰所でも似たようなことを言ってましたよね? 岱胡隊長がそう思うなら、本当に大丈夫なんですよ」

 隣で弾を込めて同じように構え、海岸に銃口を向けた森本は、本当に笑わずにそう言った。

 一番近い拠点に移動した鶴居たちはどうしているだろう?
 徳丸と巧の隊員や元蓮華たちも、居住区のほうは大丈夫だろうか?

 ここで数を減らせば先に行くほど楽にはなるけれど、手持ちの弾もずいぶんと減った。そう長くは止まっていられない。
 麻酔弾を詰めたライフルを背負い直し、今度は停泊している船を見回した。
 聞こえるのは波音だけで、朝焼けでオレンジ色に変わり始めた空の色が、周りの景色をくっきりと浮き立たせている。
 
「動いた!」

 誰かが声を潜めてそう呟いたと同時に、また船から敵兵が溢れ出てきた。
 今まで聞いていた波の音とは明らかに違う地鳴りのような音が響く。

「落ち着いて。今までと同じに堤防に近づくやつらから狙うんだ! 弾が切れたやつから順に二つ先の拠点に移動を始めて!」

 返事とともに銃撃が一斉に響く。
 岱胡も撃とうと構えたとき、飯川の焦りを含んだ声が聞こえた。

「岱胡隊長……! 船が増えてます! 庸儀の戦艦の後ろから相当な数が……」

「まさか援軍が……!」

 飯川の隣で海老原が立ち上がった気配がした。
 岱胡は、と言うと、構えて覗き込んだスコープがマドルを捉えていた。
 見えるはずなどないのに、淡く青い瞳が不敵な笑みを浮かべて岱胡をしっかりと見つめている。

 視線を外すことなく、隣に立った赤髪のババアの耳もとになにかを呟き、赤髪のババアはこちらを見上げ、ニヤリと笑った。

(まずい……こっちに来る……!)

 増えた船を確認しなければ。
 それからみんなの避難を、そう思うのにマドルから視線が外せない。
 二人の周辺にいた庸儀の兵が多数、慌ただしく動き始めた。

「全員退避だ! やつらここに狙いをつけて向かってくる! すぐに移動するぞ!」

 森本に向かって叫んだ。
 ――誰の返事もない。
 銃声さえも聞こえない。

「なにしてんの! 早く退避の準備と援護を……」

 数発を向かってくる敵兵に撃ち込んでから、隊員たちを振り返った。
 腰を下ろしたままのもの、立ち上がりかけた格好のもの、隣にいる森本さえも、ピクリとも動かない。

 訓練生が一人だけ青ざめた表情でこちらに駆け寄ってきて、敵兵に向かって撃ち始めた。
 なにがなんだかわからず、再度マドルを探した。
 まだこちらを見つめたままでフッと口もとを緩めると、手にしたロッドを挑発的に揺らした。
 その唇がゆっくりと動く。

「あの野郎……!」

 思わず舌打ちをして引き金を何度も引いた。
 マドルは空いた手に手綱を掴み、どこからか現れた馬にまたがると敵兵のあいだをぬって走り、堤防の向こう側へと姿を消してしまった。
 赤髪のババアも姿が見えなくなっている。

 かすかな呻き声にハッと我に返った。
 動かなくなった隊員たちの呼吸が明らかにおかしい。
 飯川が言ったとおり庸儀の戦艦の後ろには新たな敵艦が並んでいた。
 岱胡たちのいる丘に数百の敵兵が向かってくる。

 隊員たちを置いていくわけにはいかない。
 かと言って目の前に広がる軍勢が相手では弾も足りなければ手も足りない。
 なにしろ動いているのは岱胡と訓練生の二人だけだ。
 どうにもならないジレンマに押し潰されて気が遠くなりそうだ。

 弾が底を尽きかけている。
 とうとう敵兵の先頭が丘の上へと駆け登ってきた。
 訓練生の首根っこを掴んで引き寄せて後ろに庇い、隊員たちの前に立って確実に敵兵の足を撃ち抜いて倒した。

 それでも次々に上がってくるのを捌ききれずに振り上げられた剣を避けようと、咄嗟に目を閉じ、ライフルを盾代わりに掲げた。
 大きな金属音が耳の奥まで響いた。
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