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動きだす刻
第38話 襲来 ~マドル 2~
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兵数がだいぶ減らされてしまったことに加え、三カ所のうちで一番早く上陸をしたことで、もう荷下ろしも済み、ほとんどの兵がルートに入ったそうだ。
拠点ももう制圧を済ませたけれど、物資がまったくなかったと言う。
「まさかまったく手に入らないとは思いませんでした。沈んだ船にも物資が積まれていましたので、多少当てにしていたのですが……」
「それは仕方ないでしょう。泉翔も拠点を抑えられると考えて、物資を移したのかもしれませんから。それより……」
言いかけたところで、庸儀の雑兵で拠点を制圧しに向かったものたちが戻ってきたのが見えた。
問いかけると西側の浜と同じように、拠点には物資は一切、残っていなかったと言う。
とりあえず今夜はここで休息を取り、夜明け前に進軍することを伝えて荷降ろしを手伝うよう、指示を出した。
「聞いていたとおり、こちらも物資は保管されていなかったようです。となると北側でも同じ状況でしょうね」
「現時点ではなんの問題もありませんが、途中、進軍に障りが出たときには、物資が不足する恐れがあるかと思います」
「恐らくは中央に集中しているのでしょう、二、三日であれば遅れが出て困窮してもそう大きな問題にはならないでしょう」
「では、このまま進軍するということで……?」
「そのようにお願いします。それから麻乃ですが、今はどの辺りへ?」
もう辺りは薄暗い。
本来であれば、麻乃の足ならばかなり先まで進んでいるころだろう。
もしも麻乃の姿を見た泉翔の戦士が必死の抵抗を見せたとすると、手を抜くつもりでいる様子だったことを考えれば、多少の足止めをされている可能性もある。
そうなれば、明朝にルートを入ってからでも、マドルのほうが先に中央へ着くことが可能だ。
「マドルさま、それが……あのかたはまだ船に……」
「船に? 進軍していないというのですか?」
『こんな中途半端な時間から進軍したところで、山中で夜になって足止めを喰らうだけだ。土地勘もない兵を引き連れて夜襲でもあったら兵たちの面倒など見きれない。夜明け前に出ても先陣に十分追いつける。だから出るのは夜明け前でいい』
麻乃はそう言い、今は自分につけられた部隊の兵たちと休息を取っているそうだ。
誰よりも早く中央へ向かおうとするとばかり思っていた。
マドルがつけた兵など置いてでも、先へ進もうとすると……。
なにか思うところがありそうなのは薄々感じていた。
そのせいもあってのことだろうか?
「麻乃がそういうのであれば、それに従っていただいて構いません。動き始めたら離れずに、万が一にも怪我を負った場合にはその対応を一番にお願いします」
「わかりました」
こちらに動きがないからか、少し前から銃撃が止んでいる。
けれど退いてはいないだろう。
様子を探り、動き方次第ではまた撃ち込んでくるに違いない。
そうなると明朝、邪魔になる。
ルートに入ったあとを追って来られるのも面倒だ。
いくつかの部隊を差向けて潰しておくのが得策だろうか。
いつの間にか荷降ろしも済んだようだ。
灯りのまったくない暗闇の海岸を、ぐるりと見渡す。
波音が大きく響く以外は、雑兵の声がわずかに聞こえるだけだ。
風もない。
砂埃もない。
空は星が瞬くのがハッキリと見える。
ただ立っているだけでも大陸となにもかもが違うのが、良くわかる。
もう十分、この恵まれた環境を満喫しただろう。
長い間ずっと、なに不自由なく暮らして来られたのだ。
これから少しくらい不自由したからと言っても、誰かを亡くして悲しんだり、例え、命を落としたりしても、その程度などマドルが命を繋ぐために経験してきたことに比べれば、何分の一にも満たない痛みだ。
(――なにが守神だ)
こんな偏った守りしかできないような神など要らない。
この国を屠ってしまえばそんなものなど必要なくなる。
ジワジワと胸に広がる苛立ちを、深い呼吸で奥底へと閉じ込め、夜明けを待つために船へと戻った。
拠点ももう制圧を済ませたけれど、物資がまったくなかったと言う。
「まさかまったく手に入らないとは思いませんでした。沈んだ船にも物資が積まれていましたので、多少当てにしていたのですが……」
「それは仕方ないでしょう。泉翔も拠点を抑えられると考えて、物資を移したのかもしれませんから。それより……」
言いかけたところで、庸儀の雑兵で拠点を制圧しに向かったものたちが戻ってきたのが見えた。
問いかけると西側の浜と同じように、拠点には物資は一切、残っていなかったと言う。
とりあえず今夜はここで休息を取り、夜明け前に進軍することを伝えて荷降ろしを手伝うよう、指示を出した。
「聞いていたとおり、こちらも物資は保管されていなかったようです。となると北側でも同じ状況でしょうね」
「現時点ではなんの問題もありませんが、途中、進軍に障りが出たときには、物資が不足する恐れがあるかと思います」
「恐らくは中央に集中しているのでしょう、二、三日であれば遅れが出て困窮してもそう大きな問題にはならないでしょう」
「では、このまま進軍するということで……?」
「そのようにお願いします。それから麻乃ですが、今はどの辺りへ?」
もう辺りは薄暗い。
本来であれば、麻乃の足ならばかなり先まで進んでいるころだろう。
もしも麻乃の姿を見た泉翔の戦士が必死の抵抗を見せたとすると、手を抜くつもりでいる様子だったことを考えれば、多少の足止めをされている可能性もある。
そうなれば、明朝にルートを入ってからでも、マドルのほうが先に中央へ着くことが可能だ。
「マドルさま、それが……あのかたはまだ船に……」
「船に? 進軍していないというのですか?」
『こんな中途半端な時間から進軍したところで、山中で夜になって足止めを喰らうだけだ。土地勘もない兵を引き連れて夜襲でもあったら兵たちの面倒など見きれない。夜明け前に出ても先陣に十分追いつける。だから出るのは夜明け前でいい』
麻乃はそう言い、今は自分につけられた部隊の兵たちと休息を取っているそうだ。
誰よりも早く中央へ向かおうとするとばかり思っていた。
マドルがつけた兵など置いてでも、先へ進もうとすると……。
なにか思うところがありそうなのは薄々感じていた。
そのせいもあってのことだろうか?
「麻乃がそういうのであれば、それに従っていただいて構いません。動き始めたら離れずに、万が一にも怪我を負った場合にはその対応を一番にお願いします」
「わかりました」
こちらに動きがないからか、少し前から銃撃が止んでいる。
けれど退いてはいないだろう。
様子を探り、動き方次第ではまた撃ち込んでくるに違いない。
そうなると明朝、邪魔になる。
ルートに入ったあとを追って来られるのも面倒だ。
いくつかの部隊を差向けて潰しておくのが得策だろうか。
いつの間にか荷降ろしも済んだようだ。
灯りのまったくない暗闇の海岸を、ぐるりと見渡す。
波音が大きく響く以外は、雑兵の声がわずかに聞こえるだけだ。
風もない。
砂埃もない。
空は星が瞬くのがハッキリと見える。
ただ立っているだけでも大陸となにもかもが違うのが、良くわかる。
もう十分、この恵まれた環境を満喫しただろう。
長い間ずっと、なに不自由なく暮らして来られたのだ。
これから少しくらい不自由したからと言っても、誰かを亡くして悲しんだり、例え、命を落としたりしても、その程度などマドルが命を繋ぐために経験してきたことに比べれば、何分の一にも満たない痛みだ。
(――なにが守神だ)
こんな偏った守りしかできないような神など要らない。
この国を屠ってしまえばそんなものなど必要なくなる。
ジワジワと胸に広がる苛立ちを、深い呼吸で奥底へと閉じ込め、夜明けを待つために船へと戻った。
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