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動きだす刻
第28話 乱調 ~マドル 10~
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沖へ出るとすぐにジェの部屋へ向かった。
思ったより早く資材が届いたうえに出航までの時間もかからずに済んだために、泉翔に着いてから進軍の変更をしたことを話しそびれていた。
出航が早まったせいで機嫌を損ねているかと思ったけれど、ジェもついに泉翔が手に入るという思いに高揚しているようだった。
「泉翔上陸ですが、確実に進軍するために、昨夜の会議で少々配置換えをしました」
「変えた? ずいぶんと急な話しじゃないの」
「ええ……貴女のいないあいだの話しでしたし、どうしたものかとは思ったのですが」
「まぁいいわ。それで私はどうしたらいいって言うのよ」
機嫌がいいときは話しが早くて助かる。
「貴女の部隊に先陣をお任せします。上陸を果たしたところで先へ進むことができなければ話しになりません。貴女の部隊ならば、確実に道を切り開くだろうと……」
狭い船室の小さな丸い机に肘をつき、眉をひそめてマドルを睨んでいる。
さすがに先陣ともなれば危険が伴うからか躊躇しているのが手に取るようにわかった。
手を伸ばし、ジェの赤い髪に指を絡めると唇を寄せた。
「正直なところ、今回は兵数が多いとは言え、他の浜が中央へたどり着くのは難しいと思われます。なにしろ相手はあの泉翔ですから……ですが、ここには私だけでなく貴女もいる。本物の鬼神と言われる貴女が……」
そっと耳もとで囁いてから、身を離してジェの目を見つめた。
打算的な女だ。
先陣として出たときに、自分の部隊がどれほどの盾になるかを計算しているのだろう。
床に落としたまま動かなかった瞳がマドルに向いた。
「おかしな女を引っ張り出してきた癖に。どっちが頼れる存在か、やっとわかったってこと?」
いつも見せる自信満々の顔だ。
大した腕前でもないのに、どこから湧いてくるのかと思うと笑ってしまいそうになる。新たにジェの部隊に加わった兵たちも可哀相なことだ。
「泉翔の豊かな土地を荒らしてしまうわけには行きません。山で火など広がってしまったら、そのぶん、資源も食料も失ってしまう……貴女なら大きな被害を出さずに泉翔を落とせる、そう思ってのことですが、難しいとお考えですか?」
「大したことないわ。いいわよ、先陣で出てやろうじゃない。誰よりも先に泉翔を落としてやるわよ」
「さすがですね、本物の鬼神ともなると言葉さえ実に力強い」
本物、と発するたびにジェの口もとが引きつる。
麻乃のことを意識しているのは間違いない。
どうあっても麻乃を出し抜きたいと考えているだろう。
「その代わり……泉翔を落としたときには……」
言葉をさえぎって口づけると、立ち上がってドアの前に立った。
見返り無しでジェが動くとは端から思っていない。
「貴女と初めてお会いした日に約束しましたね。貴女に贅沢な暮らしを、と。泉翔を手に入ることさえできれば、それが叶う。生き残った泉翔人の処遇など、あとのことは貴女のお好きなように……上陸前にもう一度、こちらへ伺います。今はゆっくり休んでください」
首を縦に振った以上、この部屋にはもう用はない。
残りの時間はすべて状況把握に使いたい。
コウのもとに式神を送り、こちらの準備も首尾よく整った旨を伝えた。
泉翔まではまだ丸一日かかる。
一度、仮眠を取った。
目が覚めたときにはもう夕刻で、デッキに出ると船員が忙しなく動いていた。
快晴だった空は、いつの間にか雲が広がり、今にも雨を落としそうだ。
人けのない場所を探し、そろそろロマジェリカの船にいる側近に連絡を取ろうとしたとき、タイミング良く向こうから式神が届いた。
「マドルさま、ヘイトの船が到着しました。それと……あのかたの姿が先程から見当たりません」
「見当たらない……?」
「はい。日中は停泊している島へ降り立ったりしていたのですが、その姿が見えなくなることはなく……」
そう言えば麻乃は、大きな島のほうに停泊するのを都合が良いと言っていた。
手に入れたいものがある、と。
「島の奥に足を延ばしているのでは?」
「そう思って探りを入れましたが、島内には姿が見えませんでした。急ぎ船内も調べたところ、避難用のボートが一隻失くなっていました」
「ボートが? まさか海上に出たと……」
用があったのは島ではなく、泉翔本島のほうだったのだろうか?
先に上陸されたとなるとまずい。
思ったより早く資材が届いたうえに出航までの時間もかからずに済んだために、泉翔に着いてから進軍の変更をしたことを話しそびれていた。
出航が早まったせいで機嫌を損ねているかと思ったけれど、ジェもついに泉翔が手に入るという思いに高揚しているようだった。
「泉翔上陸ですが、確実に進軍するために、昨夜の会議で少々配置換えをしました」
「変えた? ずいぶんと急な話しじゃないの」
「ええ……貴女のいないあいだの話しでしたし、どうしたものかとは思ったのですが」
「まぁいいわ。それで私はどうしたらいいって言うのよ」
機嫌がいいときは話しが早くて助かる。
「貴女の部隊に先陣をお任せします。上陸を果たしたところで先へ進むことができなければ話しになりません。貴女の部隊ならば、確実に道を切り開くだろうと……」
狭い船室の小さな丸い机に肘をつき、眉をひそめてマドルを睨んでいる。
さすがに先陣ともなれば危険が伴うからか躊躇しているのが手に取るようにわかった。
手を伸ばし、ジェの赤い髪に指を絡めると唇を寄せた。
「正直なところ、今回は兵数が多いとは言え、他の浜が中央へたどり着くのは難しいと思われます。なにしろ相手はあの泉翔ですから……ですが、ここには私だけでなく貴女もいる。本物の鬼神と言われる貴女が……」
そっと耳もとで囁いてから、身を離してジェの目を見つめた。
打算的な女だ。
先陣として出たときに、自分の部隊がどれほどの盾になるかを計算しているのだろう。
床に落としたまま動かなかった瞳がマドルに向いた。
「おかしな女を引っ張り出してきた癖に。どっちが頼れる存在か、やっとわかったってこと?」
いつも見せる自信満々の顔だ。
大した腕前でもないのに、どこから湧いてくるのかと思うと笑ってしまいそうになる。新たにジェの部隊に加わった兵たちも可哀相なことだ。
「泉翔の豊かな土地を荒らしてしまうわけには行きません。山で火など広がってしまったら、そのぶん、資源も食料も失ってしまう……貴女なら大きな被害を出さずに泉翔を落とせる、そう思ってのことですが、難しいとお考えですか?」
「大したことないわ。いいわよ、先陣で出てやろうじゃない。誰よりも先に泉翔を落としてやるわよ」
「さすがですね、本物の鬼神ともなると言葉さえ実に力強い」
本物、と発するたびにジェの口もとが引きつる。
麻乃のことを意識しているのは間違いない。
どうあっても麻乃を出し抜きたいと考えているだろう。
「その代わり……泉翔を落としたときには……」
言葉をさえぎって口づけると、立ち上がってドアの前に立った。
見返り無しでジェが動くとは端から思っていない。
「貴女と初めてお会いした日に約束しましたね。貴女に贅沢な暮らしを、と。泉翔を手に入ることさえできれば、それが叶う。生き残った泉翔人の処遇など、あとのことは貴女のお好きなように……上陸前にもう一度、こちらへ伺います。今はゆっくり休んでください」
首を縦に振った以上、この部屋にはもう用はない。
残りの時間はすべて状況把握に使いたい。
コウのもとに式神を送り、こちらの準備も首尾よく整った旨を伝えた。
泉翔まではまだ丸一日かかる。
一度、仮眠を取った。
目が覚めたときにはもう夕刻で、デッキに出ると船員が忙しなく動いていた。
快晴だった空は、いつの間にか雲が広がり、今にも雨を落としそうだ。
人けのない場所を探し、そろそろロマジェリカの船にいる側近に連絡を取ろうとしたとき、タイミング良く向こうから式神が届いた。
「マドルさま、ヘイトの船が到着しました。それと……あのかたの姿が先程から見当たりません」
「見当たらない……?」
「はい。日中は停泊している島へ降り立ったりしていたのですが、その姿が見えなくなることはなく……」
そう言えば麻乃は、大きな島のほうに停泊するのを都合が良いと言っていた。
手に入れたいものがある、と。
「島の奥に足を延ばしているのでは?」
「そう思って探りを入れましたが、島内には姿が見えませんでした。急ぎ船内も調べたところ、避難用のボートが一隻失くなっていました」
「ボートが? まさか海上に出たと……」
用があったのは島ではなく、泉翔本島のほうだったのだろうか?
先に上陸されたとなるとまずい。
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