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動きだす刻
第23話 乱調 ~マドル 5~
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「貴方たちは直に見て知っているはずです。麻乃ならば貴方たちをこんなふうに扱ったりはしない。このような仕打ちを受けて、泉翔で命を落とすことになるかもしれないと言うのに、まだジェに義理立てする必要があるのですか?」
最後にもうひと押しした。
これで動かないようであれば、他の手を考えるか、あるいはいっそ暗示にかけてしまうか……。
修繕のための資材が、新たに荷車で運ばれてきた。
男はそれを受け取り、また黙々と作業を続けている。
「あんたのことは最初に見たときから気に入らなかったんだ……」
資材の紐解きをしながら、男はそう言う。
なんのことだかわからず、ジッと男の顔を見つめて初めて気づいた。
ジェと初めて会った日に、一緒にいた一人だ。
あの日、この男に頬を切られた。
「俺たちだって命は惜しい。あんたに言われるまでもなく、あの国を落とすまで生き抜くつもりだ」
「では一緒に来てはいただけない、ということですか?」
「泉翔の防衛力が高いことは十分に承知している。生き抜くと言ってもそれさえ難しいだろうこともだ。あんたについて行動することで、必ず生きて中央部までたどり着けるという保証はあるのか?」
推し量るような視線でこちらを見つめ、男はそう言った。
泉翔を落としたあとのこともある。
それまではマドルのできるかぎりを尽くしても構わない。
使える駒はなるべく多くいい状態で手もとに置いておきたい。
真っすぐ目を見つめ返し、黙ってうなずいた。
マドルの術の強さを知っているからか、心なしか男の口もとが緩んだように見えた。
「……義理立てするつもりなら、ジェさまの命なしに、こんなに急いで船の修繕なんてしない。俺たちにだってプライドや人としての感情はある」
「それじゃあ――」
「今、この修繕に取りかかっている連中はみな同じ思いだ。この様子なら日暮れ前にはすべて終わる。出航が明日の朝だと言うなら、それからでも時間は十分にあるはずだ」
「ええ」
「あんたにいい案があると言うならば、そのあと聞かせてもらおうじゃないか。納得の行く内容ならば、ともに行動しても構わない。けれど俺たちを納得させるのは、ジェさまや上将を相手にするより難しいと思え」
「――上等です。そのくらい手応えがなければこちらも困ります」
そう答えると、男は一瞬だけニヤリと笑いを浮かべ、邪魔だと言わんばかりに手を振り、マドルを追い払うような仕草を見せた。
これ以上ここで話しを進めるのは、それだけ作業を遅らせることになる、そう言いたいのだろう。
ちょうど様子を見に来た側近にあとを任せ、この場を離れることにした。
腕時計を見ると、昼までは、まだかなり時間がある。
ロマジェリカよりも先に、泉翔の中央へ着く算段が付いたおかげで苛立ちはおさまったけれど、今はまだジェと顔を合わせたくはない。
人目を避けて城へ戻り、部屋の様子をうかがった。
人の気配がないところを見ると、ジェはどこかへ出ていったようだ。
資料を持ち出し、適当な空き部屋へ移動すると、中から鍵をかけてまた仮眠を取った。
今度は妙な夢を見ることもなく、昼過ぎに目が覚めた。
十分過ぎるほど休んだからか、体は軽く調子も良いようだ。
部屋を出て軍部へ向かう。
人の姿は増えているけれど、なにをするでもなくぼんやりと座っている兵が多い。
近くの雑兵にジェの所在を聞いてみると、また王の許へ行っているようだ。
取り急ぎ一番大きな会議室に上将たちを集めさせ、明朝の段取りと、泉翔へ上陸してからの隊列変更を知らせた。
ジェを先方に雑兵を中盤、上将を後方にと伝えると、二つ返事で了解をしてきた。
前へ出るほど危険であることは承知しているからだろう。
前方で兵力を削ぎ、その後ろを多少なりとも安全に進軍できるとあれば、当然の反応だ。
置いて行かれるかもしれないだなどと、微塵も思っていないのが滑稽だ。
安穏としているこの兵たちが、泉翔で立ち行かずに慌てふためく様を見てやりたいとも思う。
他にも詳細を決めておいたけれど、それを話すことはしなかった。
「では……ジェには私のほうから変更のあった旨を伝えます。明朝は陽が昇る前に出発します。今日は早目に休み、くれぐれも遅れがないようにお願いします」
雑談を交わしながら、バラバラと部屋を出ていく上将の姿を黙って見送り、最後の一人が出てから今度はジェの元側近と雑兵を迎える準備を始めた。
最後にもうひと押しした。
これで動かないようであれば、他の手を考えるか、あるいはいっそ暗示にかけてしまうか……。
修繕のための資材が、新たに荷車で運ばれてきた。
男はそれを受け取り、また黙々と作業を続けている。
「あんたのことは最初に見たときから気に入らなかったんだ……」
資材の紐解きをしながら、男はそう言う。
なんのことだかわからず、ジッと男の顔を見つめて初めて気づいた。
ジェと初めて会った日に、一緒にいた一人だ。
あの日、この男に頬を切られた。
「俺たちだって命は惜しい。あんたに言われるまでもなく、あの国を落とすまで生き抜くつもりだ」
「では一緒に来てはいただけない、ということですか?」
「泉翔の防衛力が高いことは十分に承知している。生き抜くと言ってもそれさえ難しいだろうこともだ。あんたについて行動することで、必ず生きて中央部までたどり着けるという保証はあるのか?」
推し量るような視線でこちらを見つめ、男はそう言った。
泉翔を落としたあとのこともある。
それまではマドルのできるかぎりを尽くしても構わない。
使える駒はなるべく多くいい状態で手もとに置いておきたい。
真っすぐ目を見つめ返し、黙ってうなずいた。
マドルの術の強さを知っているからか、心なしか男の口もとが緩んだように見えた。
「……義理立てするつもりなら、ジェさまの命なしに、こんなに急いで船の修繕なんてしない。俺たちにだってプライドや人としての感情はある」
「それじゃあ――」
「今、この修繕に取りかかっている連中はみな同じ思いだ。この様子なら日暮れ前にはすべて終わる。出航が明日の朝だと言うなら、それからでも時間は十分にあるはずだ」
「ええ」
「あんたにいい案があると言うならば、そのあと聞かせてもらおうじゃないか。納得の行く内容ならば、ともに行動しても構わない。けれど俺たちを納得させるのは、ジェさまや上将を相手にするより難しいと思え」
「――上等です。そのくらい手応えがなければこちらも困ります」
そう答えると、男は一瞬だけニヤリと笑いを浮かべ、邪魔だと言わんばかりに手を振り、マドルを追い払うような仕草を見せた。
これ以上ここで話しを進めるのは、それだけ作業を遅らせることになる、そう言いたいのだろう。
ちょうど様子を見に来た側近にあとを任せ、この場を離れることにした。
腕時計を見ると、昼までは、まだかなり時間がある。
ロマジェリカよりも先に、泉翔の中央へ着く算段が付いたおかげで苛立ちはおさまったけれど、今はまだジェと顔を合わせたくはない。
人目を避けて城へ戻り、部屋の様子をうかがった。
人の気配がないところを見ると、ジェはどこかへ出ていったようだ。
資料を持ち出し、適当な空き部屋へ移動すると、中から鍵をかけてまた仮眠を取った。
今度は妙な夢を見ることもなく、昼過ぎに目が覚めた。
十分過ぎるほど休んだからか、体は軽く調子も良いようだ。
部屋を出て軍部へ向かう。
人の姿は増えているけれど、なにをするでもなくぼんやりと座っている兵が多い。
近くの雑兵にジェの所在を聞いてみると、また王の許へ行っているようだ。
取り急ぎ一番大きな会議室に上将たちを集めさせ、明朝の段取りと、泉翔へ上陸してからの隊列変更を知らせた。
ジェを先方に雑兵を中盤、上将を後方にと伝えると、二つ返事で了解をしてきた。
前へ出るほど危険であることは承知しているからだろう。
前方で兵力を削ぎ、その後ろを多少なりとも安全に進軍できるとあれば、当然の反応だ。
置いて行かれるかもしれないだなどと、微塵も思っていないのが滑稽だ。
安穏としているこの兵たちが、泉翔で立ち行かずに慌てふためく様を見てやりたいとも思う。
他にも詳細を決めておいたけれど、それを話すことはしなかった。
「では……ジェには私のほうから変更のあった旨を伝えます。明朝は陽が昇る前に出発します。今日は早目に休み、くれぐれも遅れがないようにお願いします」
雑談を交わしながら、バラバラと部屋を出ていく上将の姿を黙って見送り、最後の一人が出てから今度はジェの元側近と雑兵を迎える準備を始めた。
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