蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
433 / 780
動きだす刻

第22話 乱調 ~マドル 4~

しおりを挟む
 外はすっかり明るくなっていた。
 城から離れた森の木々よりも高く、陽が昇っている。
 それでもまだ起き出してくるものは少ないのか、城も軍部の周辺もひっそりとしていた。

(本当にどこまでも呑気な人たちだ)

 馬を用意して、マドルは海岸へと向かった。
 こちらは既に大勢が動き回り、船の修繕を始めている。
 古びた船の見た目は見違えるほど奇麗になっていた。
 ジェがロマジェリカに兵を送りつけたことを知らせに来た男の姿を見つけ、声をかけてみた。

「先日は情報をいただき、ありがとうございました。おかげで大事に至らず助かりました」

「なんだ。あんたか……俺たちは別に、あんたのためにしたわけじゃない」

「それはわかっています」

 男は近くにいた数人の者と目配せをすると、一歩、近づいてきて声を潜めた。

「それで? あの人はどうした?」

「どうにも。私がなにをする間もなく、あのかたがお一人で退けてしまいましたよ」

「まぁ、そうだろうな」

 他のものたちを振り返って手で合図をしながら言った。
 男の合図を見て、一様にホッとした表情をしている。

「……とは言え、なにしろジェさまは執念深い。おとといあたりから、また引き上げられた連中が幾分か減った。上将は国境の隊に援軍を出したんじゃないかと言っているが、それもどうだかわかりやしない」

「その件なら昨夜うかがってます。ですが問い詰めている時間すら惜しい……ロマジェリカはもう出航したでしょう。遅れを取ったがためにすべてが無駄になってしまっては、私はあのかたに顔向けができません。今は急ぎ出航の準備をお願いします」

 できるかぎり丁寧に頼んだつもりだった。
 けれど彼らには、元々良くは思われていない。
 ジロリとこちらを睨み、鼻を鳴らして背を向けた男は、大股で歩き出した。
 その姿をジッと見つめ、ふと思い立って呼び止めた。

「貴方も今回、泉翔へ?」

「――当然だ」

「勝算は?」

 そう問うと、男は眉をひそめてこちらを振り返った。

「そんなもの、あの国を相手に誰があると言えるんだ?」

 鼻で笑っている男の後ろで、他のものたちも含み笑いを漏らして作業を続けている。
 それほど攻略が難しいと、皆が思っているからだろう。

「そうですね。仰るとおりで私でも勝算となるとあるとは言い難い……ですがどうあっても中央まではたどり着かないとならないのです。それがあのかたとの約束でもあります」

 最後の言葉に男たちの動きが止まり、一斉にマドルに視線を向けてきた。
 やはり麻乃のことは気になっているようだ。

「先日、詳細を決めた際に、その場にいた雑兵の方々にはお話ししてありますが、泉翔で中央へたどり着いたあと、ロマジェリカの兵とともに城を攻め落としたいと考えています」

 ハッとしたように視線を逸らし、また作業を続けてはいても、マドルの話しを意識しているのがわかった。
 庸儀軍の上将たちでは、麻乃やロマジェリカの足手まといになっても役には立たないだろう。
 その点、雑兵の半分はこれまでの経験が十分にあり、遥かに役に立ってくれるはずだ。

 そこにジェの元側近が加われば、戦力が上がるのは確かだ。
 なんとしてもマドルの下に置きたいと思う。
 進軍の際に、先に決めた配列を大幅に変更したのはそのためだ。

 けれど先ず、マドルに反発している彼らの首を縦に振らせなければならない。
 庸儀の上層では大した戦力にはならないと感じていること、どうあっても中央までたどり着けるだけの力を持ったものが必要であることを訴えてみた。

「あんたの言いたいことは大体わかったが……俺たちに一体どうしろと言う?」

 男は腕を組み、神妙な面持ちでそう問いかけてきた。

「別にどうと言うほどのことではありません。ただ、私とともに中央まで来ていただきたい。それだけの話しです」

「ジェさまはどうなる?」

「あのかたにはご自分の部隊を率いたうえで、先陣を任せるつもりです」

「盾にする気か? なんてやつだ……俺たちにジェさまを見殺しにしろというのか!」

「貴方たちのほうこそ、一時はジェの部隊に身を置いてそれなりの立場にいたはずなのに、今ではこんなところで船の修繕……」

「――俺たちがどうあろうが、おまえには関係ない!」

「それにジェはそう簡単に命を落とすような女ではない。他の兵を盾にしても自分だけは助かろうとする。違いますか?」

 男の憤りが伝わってくる。
 本気で今のセリフを言ったのであれば、マドルの見込み違いで使いものにはならない。
 ただ、未だジェに執心しているとは思えなかった。
 彼らの力があれば、ジェとともに行動しなくても、マドルが余計な力を使わずとも、ロマジェリカよりも早く中央へたどり着ける。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】妃が毒を盛っている。

井上 佳
ファンタジー
2年前から病床に臥しているハイディルベルクの王には、息子が2人いる。 王妃フリーデの息子で第一王子のジークムント。 側妃ガブリエレの息子で第二王子のハルトヴィヒ。 いま王が崩御するようなことがあれば、第一王子が玉座につくことになるのは間違いないだろう。 貴族が集まって出る一番の話題は、王の後継者を推測することだった―― 見舞いに来たエルメンヒルデ・シュティルナー侯爵令嬢。 「エルメンヒルデか……。」 「はい。お側に寄っても?」 「ああ、おいで。」 彼女の行動が、出会いが、全てを解決に導く――。 この優しい王の、原因不明の病気とはいったい……? ※オリジナルファンタジー第1作目カムバックイェイ!! ※妖精王チートですので細かいことは気にしない。 ※隣国の王子はテンプレですよね。 ※イチオシは護衛たちとの気安いやり取り ※最後のほうにざまぁがあるようなないような ※敬語尊敬語滅茶苦茶御免!(なさい) ※他サイトでは佳(ケイ)+苗字で掲載中 ※完結保証……保障と保証がわからない! 2022.11.26 18:30 完結しました。 お付き合いいただきありがとうございました!

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...