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動きだす刻
第22話 乱調 ~マドル 4~
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外はすっかり明るくなっていた。
城から離れた森の木々よりも高く、陽が昇っている。
それでもまだ起き出してくるものは少ないのか、城も軍部の周辺もひっそりとしていた。
(本当にどこまでも呑気な人たちだ)
馬を用意して、マドルは海岸へと向かった。
こちらは既に大勢が動き回り、船の修繕を始めている。
古びた船の見た目は見違えるほど奇麗になっていた。
ジェがロマジェリカに兵を送りつけたことを知らせに来た男の姿を見つけ、声をかけてみた。
「先日は情報をいただき、ありがとうございました。おかげで大事に至らず助かりました」
「なんだ。あんたか……俺たちは別に、あんたのためにしたわけじゃない」
「それはわかっています」
男は近くにいた数人の者と目配せをすると、一歩、近づいてきて声を潜めた。
「それで? あの人はどうした?」
「どうにも。私がなにをする間もなく、あのかたがお一人で退けてしまいましたよ」
「まぁ、そうだろうな」
他のものたちを振り返って手で合図をしながら言った。
男の合図を見て、一様にホッとした表情をしている。
「……とは言え、なにしろジェさまは執念深い。おとといあたりから、また引き上げられた連中が幾分か減った。上将は国境の隊に援軍を出したんじゃないかと言っているが、それもどうだかわかりやしない」
「その件なら昨夜うかがってます。ですが問い詰めている時間すら惜しい……ロマジェリカはもう出航したでしょう。遅れを取ったがためにすべてが無駄になってしまっては、私はあのかたに顔向けができません。今は急ぎ出航の準備をお願いします」
できるかぎり丁寧に頼んだつもりだった。
けれど彼らには、元々良くは思われていない。
ジロリとこちらを睨み、鼻を鳴らして背を向けた男は、大股で歩き出した。
その姿をジッと見つめ、ふと思い立って呼び止めた。
「貴方も今回、泉翔へ?」
「――当然だ」
「勝算は?」
そう問うと、男は眉をひそめてこちらを振り返った。
「そんなもの、あの国を相手に誰があると言えるんだ?」
鼻で笑っている男の後ろで、他のものたちも含み笑いを漏らして作業を続けている。
それほど攻略が難しいと、皆が思っているからだろう。
「そうですね。仰るとおりで私でも勝算となるとあるとは言い難い……ですがどうあっても中央まではたどり着かないとならないのです。それがあのかたとの約束でもあります」
最後の言葉に男たちの動きが止まり、一斉にマドルに視線を向けてきた。
やはり麻乃のことは気になっているようだ。
「先日、詳細を決めた際に、その場にいた雑兵の方々にはお話ししてありますが、泉翔で中央へたどり着いたあと、ロマジェリカの兵とともに城を攻め落としたいと考えています」
ハッとしたように視線を逸らし、また作業を続けてはいても、マドルの話しを意識しているのがわかった。
庸儀軍の上将たちでは、麻乃やロマジェリカの足手まといになっても役には立たないだろう。
その点、雑兵の半分はこれまでの経験が十分にあり、遥かに役に立ってくれるはずだ。
そこにジェの元側近が加われば、戦力が上がるのは確かだ。
なんとしてもマドルの下に置きたいと思う。
進軍の際に、先に決めた配列を大幅に変更したのはそのためだ。
けれど先ず、マドルに反発している彼らの首を縦に振らせなければならない。
庸儀の上層では大した戦力にはならないと感じていること、どうあっても中央までたどり着けるだけの力を持ったものが必要であることを訴えてみた。
「あんたの言いたいことは大体わかったが……俺たちに一体どうしろと言う?」
男は腕を組み、神妙な面持ちでそう問いかけてきた。
「別にどうと言うほどのことではありません。ただ、私とともに中央まで来ていただきたい。それだけの話しです」
「ジェさまはどうなる?」
「あのかたにはご自分の部隊を率いたうえで、先陣を任せるつもりです」
「盾にする気か? なんてやつだ……俺たちにジェさまを見殺しにしろというのか!」
「貴方たちのほうこそ、一時はジェの部隊に身を置いてそれなりの立場にいたはずなのに、今ではこんなところで船の修繕……」
「――俺たちがどうあろうが、おまえには関係ない!」
「それにジェはそう簡単に命を落とすような女ではない。他の兵を盾にしても自分だけは助かろうとする。違いますか?」
男の憤りが伝わってくる。
本気で今のセリフを言ったのであれば、マドルの見込み違いで使いものにはならない。
ただ、未だジェに執心しているとは思えなかった。
彼らの力があれば、ジェとともに行動しなくても、マドルが余計な力を使わずとも、ロマジェリカよりも早く中央へたどり着ける。
城から離れた森の木々よりも高く、陽が昇っている。
それでもまだ起き出してくるものは少ないのか、城も軍部の周辺もひっそりとしていた。
(本当にどこまでも呑気な人たちだ)
馬を用意して、マドルは海岸へと向かった。
こちらは既に大勢が動き回り、船の修繕を始めている。
古びた船の見た目は見違えるほど奇麗になっていた。
ジェがロマジェリカに兵を送りつけたことを知らせに来た男の姿を見つけ、声をかけてみた。
「先日は情報をいただき、ありがとうございました。おかげで大事に至らず助かりました」
「なんだ。あんたか……俺たちは別に、あんたのためにしたわけじゃない」
「それはわかっています」
男は近くにいた数人の者と目配せをすると、一歩、近づいてきて声を潜めた。
「それで? あの人はどうした?」
「どうにも。私がなにをする間もなく、あのかたがお一人で退けてしまいましたよ」
「まぁ、そうだろうな」
他のものたちを振り返って手で合図をしながら言った。
男の合図を見て、一様にホッとした表情をしている。
「……とは言え、なにしろジェさまは執念深い。おとといあたりから、また引き上げられた連中が幾分か減った。上将は国境の隊に援軍を出したんじゃないかと言っているが、それもどうだかわかりやしない」
「その件なら昨夜うかがってます。ですが問い詰めている時間すら惜しい……ロマジェリカはもう出航したでしょう。遅れを取ったがためにすべてが無駄になってしまっては、私はあのかたに顔向けができません。今は急ぎ出航の準備をお願いします」
できるかぎり丁寧に頼んだつもりだった。
けれど彼らには、元々良くは思われていない。
ジロリとこちらを睨み、鼻を鳴らして背を向けた男は、大股で歩き出した。
その姿をジッと見つめ、ふと思い立って呼び止めた。
「貴方も今回、泉翔へ?」
「――当然だ」
「勝算は?」
そう問うと、男は眉をひそめてこちらを振り返った。
「そんなもの、あの国を相手に誰があると言えるんだ?」
鼻で笑っている男の後ろで、他のものたちも含み笑いを漏らして作業を続けている。
それほど攻略が難しいと、皆が思っているからだろう。
「そうですね。仰るとおりで私でも勝算となるとあるとは言い難い……ですがどうあっても中央まではたどり着かないとならないのです。それがあのかたとの約束でもあります」
最後の言葉に男たちの動きが止まり、一斉にマドルに視線を向けてきた。
やはり麻乃のことは気になっているようだ。
「先日、詳細を決めた際に、その場にいた雑兵の方々にはお話ししてありますが、泉翔で中央へたどり着いたあと、ロマジェリカの兵とともに城を攻め落としたいと考えています」
ハッとしたように視線を逸らし、また作業を続けてはいても、マドルの話しを意識しているのがわかった。
庸儀軍の上将たちでは、麻乃やロマジェリカの足手まといになっても役には立たないだろう。
その点、雑兵の半分はこれまでの経験が十分にあり、遥かに役に立ってくれるはずだ。
そこにジェの元側近が加われば、戦力が上がるのは確かだ。
なんとしてもマドルの下に置きたいと思う。
進軍の際に、先に決めた配列を大幅に変更したのはそのためだ。
けれど先ず、マドルに反発している彼らの首を縦に振らせなければならない。
庸儀の上層では大した戦力にはならないと感じていること、どうあっても中央までたどり着けるだけの力を持ったものが必要であることを訴えてみた。
「あんたの言いたいことは大体わかったが……俺たちに一体どうしろと言う?」
男は腕を組み、神妙な面持ちでそう問いかけてきた。
「別にどうと言うほどのことではありません。ただ、私とともに中央まで来ていただきたい。それだけの話しです」
「ジェさまはどうなる?」
「あのかたにはご自分の部隊を率いたうえで、先陣を任せるつもりです」
「盾にする気か? なんてやつだ……俺たちにジェさまを見殺しにしろというのか!」
「貴方たちのほうこそ、一時はジェの部隊に身を置いてそれなりの立場にいたはずなのに、今ではこんなところで船の修繕……」
「――俺たちがどうあろうが、おまえには関係ない!」
「それにジェはそう簡単に命を落とすような女ではない。他の兵を盾にしても自分だけは助かろうとする。違いますか?」
男の憤りが伝わってくる。
本気で今のセリフを言ったのであれば、マドルの見込み違いで使いものにはならない。
ただ、未だジェに執心しているとは思えなかった。
彼らの力があれば、ジェとともに行動しなくても、マドルが余計な力を使わずとも、ロマジェリカよりも早く中央へたどり着ける。
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