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動きだす刻
第19話 乱調 ~マドル 1~
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――まったく、なんということだ。
翌日には出航すると言うのに。
あろうことか、庸儀の物資が不足したままの状態だ。
船も一隻、足りなくなっているうえに、王が今になって残ることをごねていると言う。
「……一体どうなっているのですか? 物資はヘイトから不足分が調達されているはずですが?」
「はい、確かに受け取りを済ませたのですが……」
「それなのに足りていない、と?」
国境へ配備した部隊のほうへ、幾分か流れた可能性があるかもしれない、と言う。
マドルが着く少し前に、ヘイトへ更に物資を回すよう連絡を取ったと言うけれど……。
「それを待っていては、とても明日の出航は無理でしょうね」
不足分を補う準備をするために、ヘイトの出航も遅れることになる。
三国の内、二国が遅れるとは失態どころの騒ぎではない。
どうにも抑え切れない苛立ちをそのままに、取り急ぎロマジェリカに残してある側近に、出航は通常通り、ただし泉翔近郊の島で一日待機をするようにとの連絡を入れた。
式神を使えば出航してしまったあとでも、どうにでも連絡はつく。
それにしても――。
こんなにもギリギリのときになって、庸儀がこんなことになろうとは思ってもみなかった。
(予定のすべてが狂ってしまう……)
せっかくロマジェリカで、麻乃をこちら側に惹きつけるべく普段なら言いもしないような言葉まで繰り出して、機嫌を損ねないようにしていたのに。
泉翔への上陸が遅れてしまっては、不興を買ってしまうかもしれない。
あれだけ麻乃のそばに張り付いていた時間が、すべて無駄になってしまうことが許せない。
それに、まるで危機感を感じずに悪びれる様子もない庸儀の軍も気に入らない。
「あのかたはどうしていますか?」
「ジェさまでしたら、今、国王のところへ……」
「わかりました。もう結構です。とにかく急ぎ準備を。一分でも一秒でも、早く出航できるようにお願いします」
溜息をついて軍部を出ると、船の用意されている海岸へ出かけた。
庸儀に控えていた側近が船の準備を指示しているのが見え、声をかけた。
「一隻、不足しているそうですね」
「マドルさま……ええ。昨日までは確かに数が揃っていたのですが、今朝になってみたら一隻だけ行方が不明で……錨を下ろし忘れて沖へ流されたのかと……」
突然、後ろから声をかけられたことに驚いたのか、それとも任されていながら失態を犯したことを悔んでいるのか、側近はあわてた様子で答えた。
「周辺を探ってみたのですか?」
「はい、ですが船体は確認できませんでした。海岸沿いを探し、今も予備の船の修繕を総出でやっていただいているのですが、上の方々はのんびり構えていらっしゃいます」
「まったく……ここの方々はまるで危機感がないのか平然としていて困ったものですね」
「明日の夕方には船の準備は整うようなのですが、物資が届くのが明日の深夜以降になってしまうようです」
「となると、出航はあさって……丸一日も遅れてしまう」
数日前に泉翔の様子を探ったときには、どうやら防衛の準備を始めているようだった。
こちらでその動きを邪魔したために、うまく進んでいなかったけれど、兵士の数は泉翔にしては相当集まっているようだ。
そうなると、こちらが兵数や物資を減らして出てしまうのは危険極まりない。
マドルの力をもってすれば、難なく中央までたどり着くことは簡単だけれど、なるべく消耗はしたくない。
結局、すべてが揃うのを待つしかないということか。
「仕方ありません、まずは急ぎ準備を進めていくしかないでしょう。私のほうからロマジェリカには連絡をしてあります。こちらのことは任せますので、またなにかあったら知らせに来てください」
「わかりました」
戻って早々、こんなに苛立つとは思わなかった。
ロマジェリカに戻ったことは失敗だったのだろうか。
ほんの数日だけならば無理をする必要などなかったはずなのに、あのときはどうしても戻りたいと思ってしまった。
マドルに用意された部屋にこもり、泉翔へ着いてからの進軍をもう一度練り直した。
庸儀の兵はどうやら力量の有無は上将も雑兵も、そう大して変わらないように思える。
ジェの率いていたものたちが降格されたことを考慮すると、こちらの動かしかたによっては思う以上の働きをしてくれるかもしれない。
盾代わりと考えて先行させるつもりでいたけれど、プライドだけは高くて中々動こうとしない兵を先行させて盾とし、雑兵をマドルとともに中間に置いたほうがいいだろう。
先行したがらない上将たちは後方に置き、遅れを取ったときには置いていってしまって構わない。
翌日には出航すると言うのに。
あろうことか、庸儀の物資が不足したままの状態だ。
船も一隻、足りなくなっているうえに、王が今になって残ることをごねていると言う。
「……一体どうなっているのですか? 物資はヘイトから不足分が調達されているはずですが?」
「はい、確かに受け取りを済ませたのですが……」
「それなのに足りていない、と?」
国境へ配備した部隊のほうへ、幾分か流れた可能性があるかもしれない、と言う。
マドルが着く少し前に、ヘイトへ更に物資を回すよう連絡を取ったと言うけれど……。
「それを待っていては、とても明日の出航は無理でしょうね」
不足分を補う準備をするために、ヘイトの出航も遅れることになる。
三国の内、二国が遅れるとは失態どころの騒ぎではない。
どうにも抑え切れない苛立ちをそのままに、取り急ぎロマジェリカに残してある側近に、出航は通常通り、ただし泉翔近郊の島で一日待機をするようにとの連絡を入れた。
式神を使えば出航してしまったあとでも、どうにでも連絡はつく。
それにしても――。
こんなにもギリギリのときになって、庸儀がこんなことになろうとは思ってもみなかった。
(予定のすべてが狂ってしまう……)
せっかくロマジェリカで、麻乃をこちら側に惹きつけるべく普段なら言いもしないような言葉まで繰り出して、機嫌を損ねないようにしていたのに。
泉翔への上陸が遅れてしまっては、不興を買ってしまうかもしれない。
あれだけ麻乃のそばに張り付いていた時間が、すべて無駄になってしまうことが許せない。
それに、まるで危機感を感じずに悪びれる様子もない庸儀の軍も気に入らない。
「あのかたはどうしていますか?」
「ジェさまでしたら、今、国王のところへ……」
「わかりました。もう結構です。とにかく急ぎ準備を。一分でも一秒でも、早く出航できるようにお願いします」
溜息をついて軍部を出ると、船の用意されている海岸へ出かけた。
庸儀に控えていた側近が船の準備を指示しているのが見え、声をかけた。
「一隻、不足しているそうですね」
「マドルさま……ええ。昨日までは確かに数が揃っていたのですが、今朝になってみたら一隻だけ行方が不明で……錨を下ろし忘れて沖へ流されたのかと……」
突然、後ろから声をかけられたことに驚いたのか、それとも任されていながら失態を犯したことを悔んでいるのか、側近はあわてた様子で答えた。
「周辺を探ってみたのですか?」
「はい、ですが船体は確認できませんでした。海岸沿いを探し、今も予備の船の修繕を総出でやっていただいているのですが、上の方々はのんびり構えていらっしゃいます」
「まったく……ここの方々はまるで危機感がないのか平然としていて困ったものですね」
「明日の夕方には船の準備は整うようなのですが、物資が届くのが明日の深夜以降になってしまうようです」
「となると、出航はあさって……丸一日も遅れてしまう」
数日前に泉翔の様子を探ったときには、どうやら防衛の準備を始めているようだった。
こちらでその動きを邪魔したために、うまく進んでいなかったけれど、兵士の数は泉翔にしては相当集まっているようだ。
そうなると、こちらが兵数や物資を減らして出てしまうのは危険極まりない。
マドルの力をもってすれば、難なく中央までたどり着くことは簡単だけれど、なるべく消耗はしたくない。
結局、すべてが揃うのを待つしかないということか。
「仕方ありません、まずは急ぎ準備を進めていくしかないでしょう。私のほうからロマジェリカには連絡をしてあります。こちらのことは任せますので、またなにかあったら知らせに来てください」
「わかりました」
戻って早々、こんなに苛立つとは思わなかった。
ロマジェリカに戻ったことは失敗だったのだろうか。
ほんの数日だけならば無理をする必要などなかったはずなのに、あのときはどうしても戻りたいと思ってしまった。
マドルに用意された部屋にこもり、泉翔へ着いてからの進軍をもう一度練り直した。
庸儀の兵はどうやら力量の有無は上将も雑兵も、そう大して変わらないように思える。
ジェの率いていたものたちが降格されたことを考慮すると、こちらの動かしかたによっては思う以上の働きをしてくれるかもしれない。
盾代わりと考えて先行させるつもりでいたけれど、プライドだけは高くて中々動こうとしない兵を先行させて盾とし、雑兵をマドルとともに中間に置いたほうがいいだろう。
先行したがらない上将たちは後方に置き、遅れを取ったときには置いていってしまって構わない。
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