蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第18話 再会 ~鴇汰 3~

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 最後の相原の問いかけには答えずに指示を出し、大会議室を出た。
 詰所の廊下から玄関は、さっきよりも人が増えている。

 元蓮華に声をかけ、今の状況を聞いてみた。
 北区の居住区付近を守る一般の人たちへの連絡も済み、そちらを取りまとめる方々も待機していると言う。

 中央同様、そちらも任せて問題はなさそうだ。
 なにより経験者が取り仕切ってくれていることが心強い。
 とはいえ、くれぐれも気をつけて、身を守ることを優先にしてくれるよう頼んだ。

 詰所の自分の部屋に入り、乱暴に椅子に腰を下ろすと机に突っ伏した。
 机にうつ伏せたままで伸びをした指先に、鬼灯の柄が触れた。
 袋越しでもわかるほど熱を感じる。

「なぁ……来てるのか? 麻乃……」

 問いかけてみたところで、刀が答えるはずなどないとわかっていても黙っているのは苦痛でしかない。

「おまえは連れていく。けど敵兵を相手におまえを使いこなす自信ねーんだよな。だから手にするのは、麻乃が目の前に現れたら……それでいいよな?」

 仕方ないな……そんな諦めたような感覚が伝わってくる。
 苦笑して明日のことを考えた。
 思うように立ち回れるだろうか?

 大きな戦いを前に都合の良い話しかもしれないけれど、誰も亡くしたくはないし、なにも失いたくもない。
 それがこれまでは、嫌なやつだと感じていた相手でも嫌いだと思っていた相手でもだ。

 さっきまでは今にも雨が降りそうなほど曇っていたのに、雲の切れ間から月がほんのりと柔らかな光を広げている。
 不安を感じてならないのに、なぜかどこかで妙な自信を持っている自分がいる。

 例え、どれだけ多くの敵兵が来ようとも、鴇汰たちは大丈夫。
 なんの心配も必要ない。そんな気さえする。
 膨らむ感情を持て余して、体を起こすと今度は椅子の背に寄りかかり、窓から空を仰いだ。

 なにかに急かされるようで落ち着かない。
 青白く冷たい光を放つ月が、マドルの青い瞳を思い出させ、苛立つ思いも湧いてくる。

(麻乃のやつ、今もあの野郎と一緒にいるんだろうか?)

 一体、なにがどうなって麻乃はロマジェリカにいるんだろうか。
 マドルが妙な術を使うと、ヘイトのサムが言っていた。
 そのせいで戻ってこないんだとしたら、麻乃をどうこうするよりも、マドルを倒してしまえば済むんじゃないだろうか?

 腕前じゃ麻乃には到底敵わない。
 痣をなくせばいいと言っていたけれど、左腕にどんな状態で痣があるのかさえわからない。

 事によっては腕を……。

 そんなことになったら、麻乃は正気に戻っても生きていられないかもしれない。

(だって腕を落とされるなんて……そんなことになったら、あたしもう生きていけない)

 大陸に渡る前に、左腕を落とされる夢を見たと言ったとき、麻乃はそう呟いた。
 戦士であること以外に、麻乃自身の存在を見いだせないかのような物言いだった。

 太刀合わせや演習ではどこか手を抜いている節があった。
 五指に入る腕前だ、なんて言われていたけれど、実戦だったら実質、国の二番手だろうと思う。
 それだけの腕前を持って泉翔を守ってきた癖に、今、どうして三国同盟と行動を共にして、泉翔へ攻め入ってこようとしているのか。

 まともに向き合って敵うのは修治くらいだろう。
 とは言え、修治に任せてしまっては、最悪の事態が起こり得る可能性が高い。
 それを避けるために戻ってきたと言うのに、鴇汰は未だ、どう麻乃に対応したらいいのかさえわからないままだ。

 鬼灯がなにか示してくれるのかもしれないけれど、それだって立ち合ってみなければわからないことだ。

「……くそっ、あのマドルって野郎……麻乃になにをしてくれやがったんだ」

 どうやって覚醒させたのか、なにをして麻乃を押し止めているのか、それがわかれば、こんなにも悩むこともなく引き戻す方法が見えるかもしれないのに。

 一人で考えてもいい案はまったく思い浮かばないと言うのに、心の奥には変な余裕があって、それが更に苛立ちを募らせる。

 落ち着かなくて部屋の中を行ったり来たりしてみたり、ストレッチをして体を解してみたりした。
 ただ悪戯に時間が過ぎていくだけでざわついた気持ちを鎮めることもできず、集中さえできない。

 ふと外に目を向け、窓に寄るとカーテンを勢い良く引いた。
 真っ暗な空にぽっかり浮かぶ月が、鴇汰を見ているように感じて背筋がゾッとした。
 虎吼刀を背負い、鬼灯をしっかりとベルトに括り付けると、部屋を出て大会議室のみんなのもとへと向かった。
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