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動きだす刻
第17話 再会 ~鴇汰 2~
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マルガリータの手が伸びて、そっと頭を撫でてきた。
さっきまでと違って温かな瞳をしている。
「そうまで言われたら聞かないわけにはいかないな」
「……わかってくれりゃあ、それでいいんだけどよ」
「それより……本当に体調や気分になんの変わりもないのか? 例えば微熱があるとか、急に気分が悪くなるとか……」
「さっきからなんだってのよ? なにもねーよ。熱だってないし、気分も……まぁ、良くはないけど今の状況じゃ、それも当然だろ?」
頭を撫でていた手が額に触れ、ガッカリしたように小さく首を振った。
「まあいいだろう。鴇汰くん、なにかを迷ったとき……そのときは自分の思うようにしなさい」
「ん? あぁ、そりゃあもちろん、そうするつもりだけど……」
「じゃあ、私はもう戻るよ」
マルガリータはそう言うと、いつものように鳥に姿を変えて飛び去ってしまった。
クロムの言葉は、いつかシタラに夢で言われたことと同じだった。
それに体調云々と、やけに気にしていたけれどなんだっていうのか……。
次から次へと、鴇汰の思考の許容範囲内に収まらないことばかりで目眩がしそうだ。
深く深呼吸をしてから両頬を張り、気合を入れ直して詰所へと走った。
北詰所は人があわただしく出入りをしている。
混雑した入り口を人を掻き分けて中に入ると、大会議室へ入った。
「遅いじゃないですか!」
「悪い。今、どんな状況?」
いつもは冷静な相原も、今度ばかりは顔色が悪い。
予定より一日早いということよりも、既に西浜に上陸されていることが、全員を大きく動揺させているようだ。
廊下の外で、元蓮華たちが指示を出している声が響いている。
「たった今、一番近い拠点に詰める隊員たちにそれぞれの持ち場へ着くように、指示を出しました」
「それから離れている拠点のほうへも、連絡が行き届くように何人か人をやりました」
「そうか……」
この数日のあいだに、どこの拠点でどれだけの兵を減らし、首尾良く敵兵をつぶした後にはどの道を通って次の拠点へ移動するか、味方が怪我を負って動けなくなった際にはどうするか、すべてしっかり決めておいた。
実際にことが起これば考えたとおりには動かないかもしれないけれど、しっかりとした方向性を持っていれば、不測の事態が起こってもすぐに次の手が打てると思ったからだ。
それにきっと、修治も岱胡も同じように準備しているに違いない。
「海岸で迎え撃つ班はどうしてる?」
「今、ここにいるメンツがそれですよ。予備隊と訓練生はとりあえず仮眠を取るように言い聞かせて、宿舎に戻しました」
大会議室をざっと見渡した。
鴇汰の隊員が二十名、穂高や岱胡、梁瀬の隊員が三十名残っている。
他は宿舎に戻った予備隊と訓練生を合わせて五十名、これで通常の防衛戦のときと同じ人数だ。
大陸のやつらはきっと、ほぼ全軍で攻め入ることを、こちらが知らないと思っているだろう。
それなのに、自分たちがまるで姿を見せなければおかしいと感じるはずだ。
だから敵艦を確認した時点で、いつもと同じだけの人数を堤防に揃えることにした。
敵兵が上陸してきたのを確認してから堤防と岩場の裏へ逃げてみせる。
向こうはこちらが臆したと思うだろう。
そこに油断が生まれる。隙を作るのが目的だ。
そのままルートに入ってくれればそれでいい。
もしもルートを外れた敵兵がいたら、待ち構えて排除する。
敵兵の最後の一人までルートに入ったのを確認してから、次の拠点へと移動することになっている。
時計は今、午後十一時を回ったところだ。
今は陽が昇る時間が遅いとは言え、それでも六時を過ぎれば明るくなる。
上陸してくるのは明るくなってからだろうけれど、実際はどうなるかわからない。
これまで、それぞれに交代で睡眠と食事だけはしっかりさせてあった。
いざというときに疲労していては、使いものにならない。
「おまえら全員、体調はどうよ?」
「俺たちはちょうど、ついさっきまで仮眠を取ってた組みです。体調は全員が万全です」
「そうか。敵兵の襲撃は夜が明けてからだとは思うけど、夜明け前って可能性も捨てきれない……ここからはもう眠れないと思ってくれ」
「わかってます」
「それから麻乃……あいつには絶対に手を出すな。もしも見つけたらすぐに俺に知らせるんだ。いいな?」
「まさか中央まで通さずに、ここで喰い止めるつもりですか?」
「全員すぐに準備を済ませて待機。監視隊からの連絡を待ってなにもなければ四時には仮眠しているやつらを起こして、持ち場に着くこと。俺は集中したいから自分の部屋に行く。なにかあったらすぐに知らせてくれ」
さっきまでと違って温かな瞳をしている。
「そうまで言われたら聞かないわけにはいかないな」
「……わかってくれりゃあ、それでいいんだけどよ」
「それより……本当に体調や気分になんの変わりもないのか? 例えば微熱があるとか、急に気分が悪くなるとか……」
「さっきからなんだってのよ? なにもねーよ。熱だってないし、気分も……まぁ、良くはないけど今の状況じゃ、それも当然だろ?」
頭を撫でていた手が額に触れ、ガッカリしたように小さく首を振った。
「まあいいだろう。鴇汰くん、なにかを迷ったとき……そのときは自分の思うようにしなさい」
「ん? あぁ、そりゃあもちろん、そうするつもりだけど……」
「じゃあ、私はもう戻るよ」
マルガリータはそう言うと、いつものように鳥に姿を変えて飛び去ってしまった。
クロムの言葉は、いつかシタラに夢で言われたことと同じだった。
それに体調云々と、やけに気にしていたけれどなんだっていうのか……。
次から次へと、鴇汰の思考の許容範囲内に収まらないことばかりで目眩がしそうだ。
深く深呼吸をしてから両頬を張り、気合を入れ直して詰所へと走った。
北詰所は人があわただしく出入りをしている。
混雑した入り口を人を掻き分けて中に入ると、大会議室へ入った。
「遅いじゃないですか!」
「悪い。今、どんな状況?」
いつもは冷静な相原も、今度ばかりは顔色が悪い。
予定より一日早いということよりも、既に西浜に上陸されていることが、全員を大きく動揺させているようだ。
廊下の外で、元蓮華たちが指示を出している声が響いている。
「たった今、一番近い拠点に詰める隊員たちにそれぞれの持ち場へ着くように、指示を出しました」
「それから離れている拠点のほうへも、連絡が行き届くように何人か人をやりました」
「そうか……」
この数日のあいだに、どこの拠点でどれだけの兵を減らし、首尾良く敵兵をつぶした後にはどの道を通って次の拠点へ移動するか、味方が怪我を負って動けなくなった際にはどうするか、すべてしっかり決めておいた。
実際にことが起これば考えたとおりには動かないかもしれないけれど、しっかりとした方向性を持っていれば、不測の事態が起こってもすぐに次の手が打てると思ったからだ。
それにきっと、修治も岱胡も同じように準備しているに違いない。
「海岸で迎え撃つ班はどうしてる?」
「今、ここにいるメンツがそれですよ。予備隊と訓練生はとりあえず仮眠を取るように言い聞かせて、宿舎に戻しました」
大会議室をざっと見渡した。
鴇汰の隊員が二十名、穂高や岱胡、梁瀬の隊員が三十名残っている。
他は宿舎に戻った予備隊と訓練生を合わせて五十名、これで通常の防衛戦のときと同じ人数だ。
大陸のやつらはきっと、ほぼ全軍で攻め入ることを、こちらが知らないと思っているだろう。
それなのに、自分たちがまるで姿を見せなければおかしいと感じるはずだ。
だから敵艦を確認した時点で、いつもと同じだけの人数を堤防に揃えることにした。
敵兵が上陸してきたのを確認してから堤防と岩場の裏へ逃げてみせる。
向こうはこちらが臆したと思うだろう。
そこに油断が生まれる。隙を作るのが目的だ。
そのままルートに入ってくれればそれでいい。
もしもルートを外れた敵兵がいたら、待ち構えて排除する。
敵兵の最後の一人までルートに入ったのを確認してから、次の拠点へと移動することになっている。
時計は今、午後十一時を回ったところだ。
今は陽が昇る時間が遅いとは言え、それでも六時を過ぎれば明るくなる。
上陸してくるのは明るくなってからだろうけれど、実際はどうなるかわからない。
これまで、それぞれに交代で睡眠と食事だけはしっかりさせてあった。
いざというときに疲労していては、使いものにならない。
「おまえら全員、体調はどうよ?」
「俺たちはちょうど、ついさっきまで仮眠を取ってた組みです。体調は全員が万全です」
「そうか。敵兵の襲撃は夜が明けてからだとは思うけど、夜明け前って可能性も捨てきれない……ここからはもう眠れないと思ってくれ」
「わかってます」
「それから麻乃……あいつには絶対に手を出すな。もしも見つけたらすぐに俺に知らせるんだ。いいな?」
「まさか中央まで通さずに、ここで喰い止めるつもりですか?」
「全員すぐに準備を済ませて待機。監視隊からの連絡を待ってなにもなければ四時には仮眠しているやつらを起こして、持ち場に着くこと。俺は集中したいから自分の部屋に行く。なにかあったらすぐに知らせてくれ」
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