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動きだす刻
第16話 再会 ~鴇汰 1~
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岩場に立って海岸を背に島を眺めた。
胸の奥が妙にざわつく。
ひどく懐かしくて愛おしいと思う気持ちと裏腹に、どうしようもなく憎くて哀しい思いが込み上げてくる。
(――やっと戻ってきた)
不意にそんな言葉が頭を過ぎった。
「なんだ? 今の……」
真っ暗な海を振り返っても、波のうねりがわかるだけでなにも見えない。
空には雲が広がり、今にも雨粒を落としそうだ。
ほんの数十分前に中央の加賀野から城の一般人たちが避難したことと、上層部の一人と、神殿の内部に痣を持った巫女が見つかったとの知らせが入った。
『どんな術を使っているのか知らないが、既にかかっているものを介して広がることがあるようだ』
広がるっていうのは、どういうことだろうか。
鴇汰は術に疎くてまったくイメージが湧かない。
考えてもわからないのなら、いっそ術の件は中央に任せて考えるのを止めてしまおう、そう思って海岸に出てきた。
なにも変わった様子がないことを確認して、宿舎に戻ろうとしたとき、詰所へ続く道から誰かが走ってくるのが見えた。
「隊長! また中央から連絡が入りました!」
「また? 今度はなによ?」
やって来たのは古市で、膝に手をついて前屈みになりながら大きく肩で息をしている。
そんなにあわててくるようななにかがあったのかと、不安がよぎる。
「それが……西浜に庸儀の兵が現れたそうです。周辺に船体の確認はされてません。どうやって入り込んだのかは今、調査中だそうです」
「なんだって? やつらすぐそこまで来てるってことじゃねーか!」
「そう考えて間違いないだろうって……明日には上陸の可能性があります。すぐに準備をするようにと……」
古市に誘われて詰所へ戻ろうとしたところで、森の木陰にマルガリータの姿を見た。
「古市。すぐに戻るから、おまえちょっと先に行ってろ」
「わかりました。ホントに急いでください。三番と八番のやつらも全員揃ってますから!」
「あぁ! 相原にもすぐ戻るって言っといてくれ!」
駆け戻っていく後ろ姿にそう頼んで、マルガリータに近づいた。
「叔父貴、マズイんだよ。大陸のやつら、もう近くまで来てやがるみたいだ。今から外海に出るのは危ない。叔父貴は東区に避難していろよ。向こうに行けば俺の道場の先生がいるから、なにかあれば手を貸してくれる」
「私のことなら心配は要らないよ。どうせ残るつもりでいたんだからね。それより……鴇汰くん、体調はどうだ? なにか変わりはないか?」
「……体調? 別になにも……あっ! まさかアレを作ったとかいうんじゃねーだろうな!」
無理やりに飲まされた、あの液体を思い出して鴇汰の胃がきしんだ。
マルガリータがクスリと笑うのを見てゾッとする。
「ゆっとくけど、あんなもん二度と飲まねーぞ!」
「ずいぶんなことを言うな。残念なことに、あれは大陸にしかない薬草が必要だからね。ここでは作れないんだよ」
声を上げて笑ったマルガリータはそう言った。
泉翔では作れないと聞いてホッとした。
そう言えば今、クロムはどこにいるんだろうか?
最後に連絡を取ったときには西区にいたはずだ。
だとすると、真逆の東区への避難は今からでは無理かもしれない。
「……叔父貴、今どこにいるのよ?」
「あぁ、今は中央にいるよ。このあと知人に会いに行く予定でね」
「人に会うって……いくら叔父貴が術に長けてたって、これから中央が一番危ないんだぞ? 大人しく避難しててくれって!」
「そうは言われてもねぇ……私だってここへ遊びに来たわけじゃないんだよ。それに中央へも避難先はあるだろう? いざとなればそこへ行くさ」
遊びに来たわけじゃない――?
そうだ。大体、泉翔へ来てからクロムはなにをしているっていうんだ?
ジッとマルガリータの顔を見つめた。
目が合うと、感情のない瞳が真っすぐに鴇汰を見ている。
こういうときにはなにを聞いても無駄だとわかっているけれど……。
「なぁ。本当になにやってんのかしらねーけど、絶対に避難だけはしてくれよ。なにかあってからじゃ遅いんだ」
「なんだ。心配してくれるのか?」
「当たり前だろ! 叔父貴がどう思ってるかは知らねーけど、俺にとっちゃあ、たった一人の家族なんだからな!」
いつも人をからかったり、騙したり……この野郎、そう思うことも多々ある。
今も鴇汰の気持ちもまるで考えず、なにをしているのかさえはっきり言わない。
本気で心配しているぶん、腹も立って当然だ。
「ほかに誰もいない……友達とか仲間とか、そういうのとはまた違うだろ? 頼むから俺を一人にすんなよ」
胸の奥が妙にざわつく。
ひどく懐かしくて愛おしいと思う気持ちと裏腹に、どうしようもなく憎くて哀しい思いが込み上げてくる。
(――やっと戻ってきた)
不意にそんな言葉が頭を過ぎった。
「なんだ? 今の……」
真っ暗な海を振り返っても、波のうねりがわかるだけでなにも見えない。
空には雲が広がり、今にも雨粒を落としそうだ。
ほんの数十分前に中央の加賀野から城の一般人たちが避難したことと、上層部の一人と、神殿の内部に痣を持った巫女が見つかったとの知らせが入った。
『どんな術を使っているのか知らないが、既にかかっているものを介して広がることがあるようだ』
広がるっていうのは、どういうことだろうか。
鴇汰は術に疎くてまったくイメージが湧かない。
考えてもわからないのなら、いっそ術の件は中央に任せて考えるのを止めてしまおう、そう思って海岸に出てきた。
なにも変わった様子がないことを確認して、宿舎に戻ろうとしたとき、詰所へ続く道から誰かが走ってくるのが見えた。
「隊長! また中央から連絡が入りました!」
「また? 今度はなによ?」
やって来たのは古市で、膝に手をついて前屈みになりながら大きく肩で息をしている。
そんなにあわててくるようななにかがあったのかと、不安がよぎる。
「それが……西浜に庸儀の兵が現れたそうです。周辺に船体の確認はされてません。どうやって入り込んだのかは今、調査中だそうです」
「なんだって? やつらすぐそこまで来てるってことじゃねーか!」
「そう考えて間違いないだろうって……明日には上陸の可能性があります。すぐに準備をするようにと……」
古市に誘われて詰所へ戻ろうとしたところで、森の木陰にマルガリータの姿を見た。
「古市。すぐに戻るから、おまえちょっと先に行ってろ」
「わかりました。ホントに急いでください。三番と八番のやつらも全員揃ってますから!」
「あぁ! 相原にもすぐ戻るって言っといてくれ!」
駆け戻っていく後ろ姿にそう頼んで、マルガリータに近づいた。
「叔父貴、マズイんだよ。大陸のやつら、もう近くまで来てやがるみたいだ。今から外海に出るのは危ない。叔父貴は東区に避難していろよ。向こうに行けば俺の道場の先生がいるから、なにかあれば手を貸してくれる」
「私のことなら心配は要らないよ。どうせ残るつもりでいたんだからね。それより……鴇汰くん、体調はどうだ? なにか変わりはないか?」
「……体調? 別になにも……あっ! まさかアレを作ったとかいうんじゃねーだろうな!」
無理やりに飲まされた、あの液体を思い出して鴇汰の胃がきしんだ。
マルガリータがクスリと笑うのを見てゾッとする。
「ゆっとくけど、あんなもん二度と飲まねーぞ!」
「ずいぶんなことを言うな。残念なことに、あれは大陸にしかない薬草が必要だからね。ここでは作れないんだよ」
声を上げて笑ったマルガリータはそう言った。
泉翔では作れないと聞いてホッとした。
そう言えば今、クロムはどこにいるんだろうか?
最後に連絡を取ったときには西区にいたはずだ。
だとすると、真逆の東区への避難は今からでは無理かもしれない。
「……叔父貴、今どこにいるのよ?」
「あぁ、今は中央にいるよ。このあと知人に会いに行く予定でね」
「人に会うって……いくら叔父貴が術に長けてたって、これから中央が一番危ないんだぞ? 大人しく避難しててくれって!」
「そうは言われてもねぇ……私だってここへ遊びに来たわけじゃないんだよ。それに中央へも避難先はあるだろう? いざとなればそこへ行くさ」
遊びに来たわけじゃない――?
そうだ。大体、泉翔へ来てからクロムはなにをしているっていうんだ?
ジッとマルガリータの顔を見つめた。
目が合うと、感情のない瞳が真っすぐに鴇汰を見ている。
こういうときにはなにを聞いても無駄だとわかっているけれど……。
「なぁ。本当になにやってんのかしらねーけど、絶対に避難だけはしてくれよ。なにかあってからじゃ遅いんだ」
「なんだ。心配してくれるのか?」
「当たり前だろ! 叔父貴がどう思ってるかは知らねーけど、俺にとっちゃあ、たった一人の家族なんだからな!」
いつも人をからかったり、騙したり……この野郎、そう思うことも多々ある。
今も鴇汰の気持ちもまるで考えず、なにをしているのかさえはっきり言わない。
本気で心配しているぶん、腹も立って当然だ。
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