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動きだす刻
第15話 再会 ~修治 2~
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早くしておくれよ、という房枝の言葉を背中に聞きながら、中へ入り、高田の部屋の前まで来た。
「先生、修治です」
「入れ」
「多香子が見つかりました。すぐに出発させたいと思います。先生も急いでお願いします」
「そうか、手間をかけさせてすまなかったな」
「いえ……それより先生、多香子が麻乃に会ったそうです。それに、どういうわけが庸儀の兵まで上陸していました」
高田の顔色がスッと変わったように見えた。
麻乃の覚醒を聞いたときには顔色一つ変えなかったのに……。
「予定より早いな……しかも既に上陸しているとは……まさか夜襲ということもないだろうが、監視隊からはなんの連絡もないのか?」
「はい、敵艦が現れたという知らせはなにも。それより先生、俺は多香子を迎えに出かけたとき、気配を手繰るために集中していました。なのに麻乃の気配にまったく気づけませんでした……」
腕を組み、目を閉じたまま、高田は黙っている。
そうしているときは、いつもなにかを考えているのは承知している。
返事を待たずに先を続けた。
「麻乃のことは一番良くわかっているつもりです。余程遠くにいないかぎりは、あいつの気配に気づかないはずがないのに、ほんの二分程度の距離にいた麻乃に気づくことができませんでした。あいつは俺に気づいていたのに……」
「麻乃がおまえに気づいていたと、なぜそんなことがわかる?」
「あいつが多香子に、もう来たから……そう言ったそうです」
車の中で多香子から聞き出したことを話した。
庸儀の兵に襲われかけたところを麻乃が救ってくれたこと。
忘れものを取りに、そしてやり残したことがあると言ったこと。
紅華炎と炎魔刀を持ち出したこと。
それに泉の森から出ないよう言い含められたこと。
最後は自らの手で家を燃やしたこと。
「今の話しを聞いていると、麻乃は錯乱しているわけではないようだな。多香子のことがわかるくらいだ。どうやら意識はしっかり保っているか」
「はい。ですが、多香子を助けるために庸儀の兵を四人も倒しています」
「うむ、多香子を助けるためだけにしては、少々行きすぎにも思える行動だな」
「庸儀は同盟三国の一国です。ロマジェリカに加担しているのなら仲間のはずなのに、ためらいもなく倒しています。同盟三国から離れたのだとすれば戻ってこないのはおかしいですし、刀を持ち出す必要もないはずです」
「おまえはどう見る?」
「俺は……麻乃はやっぱり向こう側だと思います」
「そうか……」
高田はゆっくりと深く溜息をついた。
きっと修治と同じ考えなんだろうと漠然と思った。
チラリと腕時計に視線を落とすと、もう十分が過ぎている。
外では多香子と房枝が高田を待っている。
これ以上、時間はかけられない。
チェーンでベルトに繋いだケースから、指輪を取り出して高田の前に置いた。
「先生。俺は俺のできるかぎりをするつもりです。それがあの日に犯した過ちの償いだと思っています。俺は負ける気はしません。ですが、勝てる気もしません。万が一のときには、それを多香子に渡してほしいんです。すまない、と……そう伝えてください」
両手をついて頭をさげた。
机の向こうで高田の動く気配を感じる。
布の擦れる音がして高田が立ち上がったのがわかった。
修治のすぐ横に屈み込んで肩をグッと力強く掴んだ。
「修治、もういい、頭を上げろ。こうなったのは私にも責任がある……おまえ一人が負うものではない。これは確かにあずかった。おまえの思うようにしよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「表でみんなが待っているのだろう? 私が出なければおまえの母親も多香子も困ることになる。もう行くとしよう」
「――はい」
高田が先に部屋を出るのを待って、立ち上がるとその後ろを歩いた。
不覚にも泣きそうになるのを廊下を歩きながら必死にこらえた。
修治が沈んでいては、多香子も房枝も心配するだろう。
なにかを感じ取られても困るだけだ。
先のことを考えると胸が痛む。
知らなければ心を残すことなく進んで行けたのに。
知ってしまった以上はなにも感じずにはいられない。
なにかを残していくことが、こんなにも辛いとは思わなかった。
その気持ちがわかった今、あの日、麻乃の両親がどんな思いで逝ったのかも想像がつく。
だからこそ、身を裂かれるような感情が湧いてきても逃げることは許されない。
麻乃とともに無事に戻れることが一番だけれど、炎魔刀を持ち出したうえで修治を避けた以上は、そううまくはいかないかもしれない。
朝を迎えることが、これからのことが、とてつもなく怖かった。
「先生、修治です」
「入れ」
「多香子が見つかりました。すぐに出発させたいと思います。先生も急いでお願いします」
「そうか、手間をかけさせてすまなかったな」
「いえ……それより先生、多香子が麻乃に会ったそうです。それに、どういうわけが庸儀の兵まで上陸していました」
高田の顔色がスッと変わったように見えた。
麻乃の覚醒を聞いたときには顔色一つ変えなかったのに……。
「予定より早いな……しかも既に上陸しているとは……まさか夜襲ということもないだろうが、監視隊からはなんの連絡もないのか?」
「はい、敵艦が現れたという知らせはなにも。それより先生、俺は多香子を迎えに出かけたとき、気配を手繰るために集中していました。なのに麻乃の気配にまったく気づけませんでした……」
腕を組み、目を閉じたまま、高田は黙っている。
そうしているときは、いつもなにかを考えているのは承知している。
返事を待たずに先を続けた。
「麻乃のことは一番良くわかっているつもりです。余程遠くにいないかぎりは、あいつの気配に気づかないはずがないのに、ほんの二分程度の距離にいた麻乃に気づくことができませんでした。あいつは俺に気づいていたのに……」
「麻乃がおまえに気づいていたと、なぜそんなことがわかる?」
「あいつが多香子に、もう来たから……そう言ったそうです」
車の中で多香子から聞き出したことを話した。
庸儀の兵に襲われかけたところを麻乃が救ってくれたこと。
忘れものを取りに、そしてやり残したことがあると言ったこと。
紅華炎と炎魔刀を持ち出したこと。
それに泉の森から出ないよう言い含められたこと。
最後は自らの手で家を燃やしたこと。
「今の話しを聞いていると、麻乃は錯乱しているわけではないようだな。多香子のことがわかるくらいだ。どうやら意識はしっかり保っているか」
「はい。ですが、多香子を助けるために庸儀の兵を四人も倒しています」
「うむ、多香子を助けるためだけにしては、少々行きすぎにも思える行動だな」
「庸儀は同盟三国の一国です。ロマジェリカに加担しているのなら仲間のはずなのに、ためらいもなく倒しています。同盟三国から離れたのだとすれば戻ってこないのはおかしいですし、刀を持ち出す必要もないはずです」
「おまえはどう見る?」
「俺は……麻乃はやっぱり向こう側だと思います」
「そうか……」
高田はゆっくりと深く溜息をついた。
きっと修治と同じ考えなんだろうと漠然と思った。
チラリと腕時計に視線を落とすと、もう十分が過ぎている。
外では多香子と房枝が高田を待っている。
これ以上、時間はかけられない。
チェーンでベルトに繋いだケースから、指輪を取り出して高田の前に置いた。
「先生。俺は俺のできるかぎりをするつもりです。それがあの日に犯した過ちの償いだと思っています。俺は負ける気はしません。ですが、勝てる気もしません。万が一のときには、それを多香子に渡してほしいんです。すまない、と……そう伝えてください」
両手をついて頭をさげた。
机の向こうで高田の動く気配を感じる。
布の擦れる音がして高田が立ち上がったのがわかった。
修治のすぐ横に屈み込んで肩をグッと力強く掴んだ。
「修治、もういい、頭を上げろ。こうなったのは私にも責任がある……おまえ一人が負うものではない。これは確かにあずかった。おまえの思うようにしよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「表でみんなが待っているのだろう? 私が出なければおまえの母親も多香子も困ることになる。もう行くとしよう」
「――はい」
高田が先に部屋を出るのを待って、立ち上がるとその後ろを歩いた。
不覚にも泣きそうになるのを廊下を歩きながら必死にこらえた。
修治が沈んでいては、多香子も房枝も心配するだろう。
なにかを感じ取られても困るだけだ。
先のことを考えると胸が痛む。
知らなければ心を残すことなく進んで行けたのに。
知ってしまった以上はなにも感じずにはいられない。
なにかを残していくことが、こんなにも辛いとは思わなかった。
その気持ちがわかった今、あの日、麻乃の両親がどんな思いで逝ったのかも想像がつく。
だからこそ、身を裂かれるような感情が湧いてきても逃げることは許されない。
麻乃とともに無事に戻れることが一番だけれど、炎魔刀を持ち出したうえで修治を避けた以上は、そううまくはいかないかもしれない。
朝を迎えることが、これからのことが、とてつもなく怖かった。
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