421 / 780
動きだす刻
第10話 安息 ~マドル 10~
しおりを挟む
「そう言えば昨夜の庸儀の方々ですが……」
「あ……はい。あれらの始末は済んでいます」
「そうですか、助かりました。では、今日はもう休んでください。それから明日ですが、私は出発まで少しばかり休ませていただきますので、なにか問題があったときのみ連絡を寄越してください」
「はい。わかりました」
一人になった軍部の部屋で椅子にもたれ、泉翔に上陸してからのことを考えた。
まずはぬかりなく中央部まで進む。
泉翔の兵がどれほどに防衛力が強くとも、三方向からこれまでにない数の兵を送り込むことで、立ち行かない状態にできる。
そのことは抜き出した情報からもうかがえる。
どんな想像をしているかはわからないけれど、さすがに今回ほどの兵力をもって攻め込まれようとは考えていないだろう。
そのうえ、士官クラスのものは半数以上を始末してある。
穴のないはずがない。
庸儀の兵と一緒では不安な部分も多々あるけれど、マドルは独自に進軍をすれば、難なく中央までたどり着けるだろう。
仮に泉翔の兵が思う以上に動いたとして、こちらの兵がどれだけ減らされようとも、マドルと麻乃さえ無事に中央までたどり着けばなんの問題もない。
(泉翔人はどこまでも温い……麻乃を相手に本気になれるとは思えない)
麻乃の腕前から考えても、どれほどの障害があっても中央へ進んでくるだろう。
気になることがあるとすれば、修治の存在くらいだ。
それも覚醒した今、障害になるとも思えない――。
以前はもう少しゆっくりと事を運ぶつもりでいた。
けれど今は、一刻も早くすべてを手にしたい。
空になった部屋をあとにして、今度は城内の自室へ戻ってきた。
ここでも同じように書類や本を処分してから眠りについた。
ロマジェリカに戻ってから、睡眠を十分に取ったせいか体に疲れはまったく残っていなかった。
約束通り麻乃の部屋を訪れ、昨日と同じように特になにも話さずとも、ただそこにその存在を感じていた。
昼前に一度、女官を伴って部屋を出た麻乃は、恐らくまたリュの墓へと出向いたのだろう。
それも今日かぎりのことだ。
他愛のない話しをし、笑う……。
それだけの行為がなぜこんなにもマドルの内側を揺さぶるのか、わからないまま夜を迎えた。
「そろそろ私は庸儀へ出発する時間です。お手数をおかけいたしますがご足労願えますか」
「あぁ……そう言えば引き合わせがどうとか言っていたね」
ドアを開けて促すと、麻乃は面倒臭そうに腰を上げた。
女官を伴い、軍部まで来ると、やはり誰もが気になるのか、ロマジェリカの兵は一人残らず軍部に集まっていた。
まずは建て前上、上将に紹介をする。
そのあと、全兵に麻乃の存在を知らせたうえで、いくつかにわけた班のうちの一つを麻乃の前に立てた。
「この兵たちを貴女と一緒に行動させます。足手まといになるような未熟な兵は選んでいないつもりです」
「ふうん……別にあたしは一緒に動く兵なんて、必要ないけれどついてくると言うならそれでも構わない……ついて来れないやつは容赦なく置いていくし、自分の命の面倒は自分で見ることだ」
キッパリと言いきった麻乃を、兵たちは真顔のままで見つめている。
この様子だと中央まで必死に喰らいついて行くだろう。
「それから、こちらのものですが……私の側近の一人で回復術に一番長けています。出航後の判断など、すべて任せてありますので、なにかあった際には彼に仰ってください」
麻乃は集まった兵たちに視線を巡らせたあと、興味なさそうにうつむいた。
「くれぐれも、無理だけはしないようにお願いします。次にお会いするのは泉翔の中央部になりますが、どうぞご無事で」
「あなたも……あまりうちの国を侮らないほうがいい。精々頑張って中央にたどり着くことだね」
本当にどこまでも言葉が厳しい。
それでもそばにいた時間があったぶん、口調から多少なりともその内側を覗き見ることができるようになった、と思う。
「二日間だけでしたが、私はこれまでにないほど穏やかな時間を過ごした気がします。不思議と悪い気分ではなかった……この先に起こるすべてのことをクリアすれば、またあの時間を過ごせるのかと思うと、どんなにか辛くても乗り越えられそうな気分になります」
「泉翔の大陸侵攻を止めれば、そんな時間などこの先いくらでも持てる。誰もが普通に感じる当たり前の時間を……」
「是非ともそうあってほしいものです」
そう言って用意された車に乗り込んだ。
(悪い気分ではなかった……そう。悪くない……本当に……)
そんな思いを抱えながら走り出した車の後部席で後ろを振り返り、小さくなっていく麻乃の姿を見つめた。
「あ……はい。あれらの始末は済んでいます」
「そうですか、助かりました。では、今日はもう休んでください。それから明日ですが、私は出発まで少しばかり休ませていただきますので、なにか問題があったときのみ連絡を寄越してください」
「はい。わかりました」
一人になった軍部の部屋で椅子にもたれ、泉翔に上陸してからのことを考えた。
まずはぬかりなく中央部まで進む。
泉翔の兵がどれほどに防衛力が強くとも、三方向からこれまでにない数の兵を送り込むことで、立ち行かない状態にできる。
そのことは抜き出した情報からもうかがえる。
どんな想像をしているかはわからないけれど、さすがに今回ほどの兵力をもって攻め込まれようとは考えていないだろう。
そのうえ、士官クラスのものは半数以上を始末してある。
穴のないはずがない。
庸儀の兵と一緒では不安な部分も多々あるけれど、マドルは独自に進軍をすれば、難なく中央までたどり着けるだろう。
仮に泉翔の兵が思う以上に動いたとして、こちらの兵がどれだけ減らされようとも、マドルと麻乃さえ無事に中央までたどり着けばなんの問題もない。
(泉翔人はどこまでも温い……麻乃を相手に本気になれるとは思えない)
麻乃の腕前から考えても、どれほどの障害があっても中央へ進んでくるだろう。
気になることがあるとすれば、修治の存在くらいだ。
それも覚醒した今、障害になるとも思えない――。
以前はもう少しゆっくりと事を運ぶつもりでいた。
けれど今は、一刻も早くすべてを手にしたい。
空になった部屋をあとにして、今度は城内の自室へ戻ってきた。
ここでも同じように書類や本を処分してから眠りについた。
ロマジェリカに戻ってから、睡眠を十分に取ったせいか体に疲れはまったく残っていなかった。
約束通り麻乃の部屋を訪れ、昨日と同じように特になにも話さずとも、ただそこにその存在を感じていた。
昼前に一度、女官を伴って部屋を出た麻乃は、恐らくまたリュの墓へと出向いたのだろう。
それも今日かぎりのことだ。
他愛のない話しをし、笑う……。
それだけの行為がなぜこんなにもマドルの内側を揺さぶるのか、わからないまま夜を迎えた。
「そろそろ私は庸儀へ出発する時間です。お手数をおかけいたしますがご足労願えますか」
「あぁ……そう言えば引き合わせがどうとか言っていたね」
ドアを開けて促すと、麻乃は面倒臭そうに腰を上げた。
女官を伴い、軍部まで来ると、やはり誰もが気になるのか、ロマジェリカの兵は一人残らず軍部に集まっていた。
まずは建て前上、上将に紹介をする。
そのあと、全兵に麻乃の存在を知らせたうえで、いくつかにわけた班のうちの一つを麻乃の前に立てた。
「この兵たちを貴女と一緒に行動させます。足手まといになるような未熟な兵は選んでいないつもりです」
「ふうん……別にあたしは一緒に動く兵なんて、必要ないけれどついてくると言うならそれでも構わない……ついて来れないやつは容赦なく置いていくし、自分の命の面倒は自分で見ることだ」
キッパリと言いきった麻乃を、兵たちは真顔のままで見つめている。
この様子だと中央まで必死に喰らいついて行くだろう。
「それから、こちらのものですが……私の側近の一人で回復術に一番長けています。出航後の判断など、すべて任せてありますので、なにかあった際には彼に仰ってください」
麻乃は集まった兵たちに視線を巡らせたあと、興味なさそうにうつむいた。
「くれぐれも、無理だけはしないようにお願いします。次にお会いするのは泉翔の中央部になりますが、どうぞご無事で」
「あなたも……あまりうちの国を侮らないほうがいい。精々頑張って中央にたどり着くことだね」
本当にどこまでも言葉が厳しい。
それでもそばにいた時間があったぶん、口調から多少なりともその内側を覗き見ることができるようになった、と思う。
「二日間だけでしたが、私はこれまでにないほど穏やかな時間を過ごした気がします。不思議と悪い気分ではなかった……この先に起こるすべてのことをクリアすれば、またあの時間を過ごせるのかと思うと、どんなにか辛くても乗り越えられそうな気分になります」
「泉翔の大陸侵攻を止めれば、そんな時間などこの先いくらでも持てる。誰もが普通に感じる当たり前の時間を……」
「是非ともそうあってほしいものです」
そう言って用意された車に乗り込んだ。
(悪い気分ではなかった……そう。悪くない……本当に……)
そんな思いを抱えながら走り出した車の後部席で後ろを振り返り、小さくなっていく麻乃の姿を見つめた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる