蓮華

釜瑪 秋摩

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待ち受けるもの

第188話 迫り来る時 ~修治 2~

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 ほかの浜にも修繕が出ていると聞いた。
 やっぱり今回になって初めて、あちこちに綻びがあることに気づいたようだ。

「こんな事態になって気づくことが、これほどあるとは思いませんでしたね」

「まぁな。絶対に通さない自信があったとは言え、これだけ穴があるのを目の当たりにすると慢心してたと思うよ」

 忙しなく動いている修繕のものたちを見ながら修治が言うと、川崎も苦笑いを返してきた。きっと修治と同じ思いでいるんだろう。

「ところでどうしました? 今は夜に向けて詰所で休んでるはずじゃないですか?」

「ん……あぁ。実は夕方にでもちょっと詰所を離れたいんだ。二……いや、一時間ほどでいいんだが……」

「その程度ならなんの問題もないですね、居所さえわかっていれば構いませんよ」

「そうか。助かるよ。離れると言っても道場へ顔を出してくるだけで、すぐに戻る」

「わかりました。なにかあったら誰かを行かせます」

 あとを川崎に任せ、今度は柳堀へ足を向けた。
 柳堀ではおクマを始め、松恵たちが居住区への侵入を阻むための準備をしている。
 塚本や市原もここの手伝いに来ていた。
 入り口の近くに市原の姿を見つけ、声をかける。

「市原先生」

「なんだおまえ、こんなところへ来てどうした?」

「いや……こっちはもうずいぶんと準備が進んでるみたいですね」

「まぁ、ここには人手が十分過ぎるほどあるからな。あとはもう迎え撃つだけの状態だ。おまえのほうはどうなんだ?」

「こっちも同じです。拠点も全部、設置済みですし」

「そうか。あとは敵さんがいつ上陸してくるか、だな。こっちの心配は要らないぞ、なにしろ凄腕がわんさかいるからな」

 市原は柳堀の大通りを振り返ってそう言った。
 確かに柳堀には各道場でかつては名を上げていたものが多い。

 とは言え、所詮は素人だ。
 それに市原にしろ塚本にしろ、現役を退いて長い。
 申し出は有り難いと思っても、やっぱりできるかぎり敵兵をルートから反らせたくはなかった。

「市原先生、高田先生は今日、道場にいらっしゃいますか?」

「ん? あぁ、先生は中央へ向かう準備をされているはずだ。なんだ? なにか急ぎの用か?」

「ええ、ちょっと……出かけていないならいいんです、今から顔を出してみることにします」

 ここまで来て黙って帰ったことがおクマにバレると後が面倒だ。
 一応、顔だけ出して挨拶を交わした。
 気づけばもう昼で、しきりに昼食を勧めてくるのをなんとか断り、逃げ帰ってきた。

 居住区へも足を運び、まだ避難の済んでいない人たちの手伝いをしている麻乃の隊の豊浦を見つけ、避難状況を聞いた。
 残っているのは数十人ほどで、身体の利かないものや病人を先に中央へ送っていったもので、今、やっと荷造りを終え、夕方には全員が避難できるということだった。

「とりあえず今、残っている人数などは把握しているので、全員がここを離れたのを確認してから詰所に戻ります」

「わかった。小坂にもそう伝えておく」

 なにもかもが順調に進んでいるのに、どこか釈然としないのは、やっぱり多香子が残っているからだろうか?
 一度、詰所に戻って小坂に豊浦の話しを伝え、今度は車で自宅へと向かった。

 父親も弟たちも柳堀のほうへ出向いている。
 母の房枝は避難の準備を終えて道場にいるだろう。
 家の中が妙にガランとしていて、変な感傷が湧いてくる。
 自分の部屋に入り、刀かけにある炎魔刀を手にした。

(あの日からずっと抜けた試しがなかった……)

 麻乃の持つ炎魔刀の炎と、今、手にしている炎魔刀の獄は対の刀だ。
 かつては炎を麻乃の母親が、獄を父親が使っていた。

 二人は普通の刀と同じように扱うことができていたのに、修治と麻乃が手にしてからは、なぜか抜けないままだ。
 右手でしっかりと柄を握り締めて引いた。

 鋼の擦れる音が響き、白銀の刀身が姿を見せた。
 窓から差し込む傾きかけた日差しを浴びて、それはどこまでも白く輝いて見える。

「――抜けた、か」

 絶望的な思いで目を閉じて鞘に納めた。
 獄が抜けたということは、これを使うことになるからに違いない。
 ということは炎のほうも当然抜けるはずで、それは麻乃の覚醒を意味している。

 切り結んだときに、あの日と同じようなことが起こるのだろうか?
 麻乃はまた意識を失い、覚醒以前の状態に戻るのだろうか?

 それとも――。

 考えるほどに、思考は嫌な想像ばかりを掻き立てる。
 麻乃を取り戻したい、その思いに嘘も偽りもないと言うのに、どこかで戦うことを望んでいる自分がいるのにも気づいてしまった。
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