蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
407 / 780
待ち受けるもの

第184話 迫り来る時 ~鴇汰 3~

しおりを挟む
 思うとおりに動けるかどうかもわからない。
 そう言おうとした瞬間、車に乗っているはずなのに地震かと思うような揺れを感じ、全身の毛が逆立つような感覚とパリッとした空気に身を包まれたような気がした。

 ほかの三人も同じだったのか、大野が急ブレーキを踏んで車を停めると全員が外に飛び出した。
 橋本は両手で太股をしきりに擦り、大野と古市はうなじを両手で包むように押さえている。
 鴇汰も鳥肌が立っている気がして袖をまくり、両腕を確認してみた。

「……地震ではないみたいですね?」

「だけど今のは窪みにハマったとかなにかを踏んだとか、そんな揺れとは違ったよな?」

「ああ。それにこの感覚……いきなり空気が変わったみたいだ」

 三人の会話に、今朝サツキが早急に結界を張り直すと言っていたことを思い出した。
 恐らくたった今、それが成されたところなんだろう。
 思う以上に早かった。

 術をかけられて動けなくなる瞬間の感覚と、少しだけ似ている気がする。
 大野を促して車に戻り、また周辺の様子を目に焼き付けながら北詰所に向かった。

 詰所でも鴇汰と同様の感覚を受けた隊員が多くいて、地震が来るのかもしれないと言って気遣いながら作業を進めていた。
 忙しない中での出来事だったため、全員を集めてまずは揺れや体に受けた感覚にはなんの問題もないと説明した。
 明確な理由がわかると、全員が納得した様子で持ち場に戻っていった。

「そうだ、相原は?」

 中の一人を呼び止めて聞いてみると、四、五人を引き連れて演習場のチェックに出ていると言う。

「そっか。まだ帰ってないならいいんだ。戻ったのを見かけたら、談話室で待ってるように伝えといてくれ」

 そう頼んで、荷物を宿舎に運び込んだ。
 荷ほどきをしてから地図を手に、橋本を連れて海岸に出てみた。
 振り返って島に向き直ると、一番目につくのはやっぱり中央へ続く道だ。

「思ったとおり最初に目に入るのは、あの道でしたね」

「そうだな。やつらは島の内部を知らないから、ここから進軍しようと考えるのは間違いない」

「隊列から反れたやつらが浜の端から入り込んだりしないように、岩場の辺りと堤防の脇も固めておいたほうがいいでしょうね」

「ああ。取りこぼしがないように入り江の崖の上と岩場の陰には、銃や弓のやつらを配置したいな」

 橋本は堤防沿いをチェックしながら端まで歩き、高さや隙間の様子を見ている。
 不意にこちらを向いてなにかを叫んだ。

「なに? 聞こえねーよ!」

 波の音が大きくて聞き取れず、橋本のところまで走った。

「どうしたのよ?」

「ここんところですけど、岩かなにかで補強したほうがいいですよね」

 見れば堤防が崩れかけていて、よじ登れば簡単に森の奥へと入り込めそうだ。
 どっちに進むかによっては居住区が危ない。

「うん、これはかなりヤベーな……戻ったらすぐに修繕を頼もう。ほかにもヤバそうなトコあるか?」

「いや、ここ以外は大きな問題になりそうなところはないようですね。でも……やっぱりこの森の奥にも何人か詰めたほうがいいと思います」

「参ったな……思った以上に人手がかかりそうだ」

「この堤防沿いでルートを外れた敵兵をつぶしたら、すぐに移動して一番離れたポイントに加われば、なんとか回りますよ」

「最初にルートで襲撃したやつらも、根こそぎ倒したら怪我人以外は速やかに移動させるようか……」

 堤防のチェックを済ませ、今度は宿舎までの道のりを歩きながら調べることにした。
 どう見ても危なそうな脇道やけもの道を地図に書き込んでいった。

「こうやってみると、意外と侵入しやすいところがありますね」

「まぁ、長い間ずっと侵入されることなんてなかったもんな。敵襲があるって視点から見なけりゃあわかんねーコトばっかだよ」

「中央までにどれだけたたけるか、それも重要ですしね。北が一番敵兵を通してる、なんて言われたくないですから」

 橋本と同じことを考えていた。
 修治の西浜は恐らく全滅させてくるだろう。

 岱胡の南浜も元蓮華が多めに詰めるうえに徳丸と巧の隊員たちがいる。
 岱胡自身もその腕前でかなりの敵兵を倒すだろう。
 鴇汰だけが失態を晒すようなことがあってはならない。

「全部とは言わねーけど、これまでの割り当て以上の数を各自が倒さねーとな。相原が戻り次第、細かいことを決めちまって全員で一度、ルートをたどろう」

 地図を丸めて橋本に渡すと走って宿舎まで戻り、元蓮華を通して加賀野に修繕の依頼を出した。
 残り時間は少ないけれど、今、できることは一つでも多くクリアしていこう、そう思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...