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待ち受けるもの
第177話 記憶 ~鴇汰 2~
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「いや……明日はサツキさまと、この森の中で落ち合うんじゃないだろうかと思ってな」
「そっか、神殿の外で会うって約束を取り付けていても、そう遠くへは出られないか」
「あぁ、それに確か神殿を挟んで、この森の反対側が泉の森だった気がする」
「てことは、こっち側には神殿のやつらの出入りもないだろうな」
「邪魔が入っちゃ困る、長時間、姿が見えなければ騒ぎになるかもしれない、となればこの森の中が都合いいだろう?」
「ははぁ……だからッスかね? うちの先生がいつも使う宿と違うから、おかしいと思ったんスよ」
岱胡が煮物を摘んだ指先を、台拭きで拭いながらそう言った。
「そうなのか?」
「ええ。うちの先生、花丘で宿を取るときはいつも、あの入口に近い一番大きい店にしますから」
「じゃ、明日はこの森で決まりだな。朝の人通りを避けてすぐに森に入れるのは、この宿だけのようだもんな」
急に不安が過ぎって、かばんにしまった黒玉を確認した。
これをサツキに渡したとして、一体なにがわかるというのか……。
「明日は皇子が七時前に来るって言うし、南区に移動したらもうゆっくり休めるのなんて今夜くらいだから、俺、ひとっ風呂浴びてから寝ますけど、お二人はどうします?」
修治と二人、呆気に取られて互いに顔を見合わせた。
「おまえなぁ、呑気にもほどがあるぞ? ……って言いたいトコだけど、まぁ、確かにおまえのいうとおりではあるよな」
「各区で元蓮華の方々や一般の方々が手を尽くしてくれているからと言って、この先、俺たちが動かないわけには行かない。今夜だけはのんびり体を休めるか」
苦笑した修治が机の横にあった収納棚からタオルを出して、鴇汰と岱胡に投げて寄越した。
部屋を出て目の前の廊下を突き当り、裏口から外へ出ると、露天風呂があると女将が言っていた。
三人で連れ立ってきたものの、こんなことも初めてで違和感を覚える。
それでも久しぶりにゆっくりと湯に体を沈めると、疲れが和らいで気分も落ち着くようだ。
大きめの岩にもたれた岱胡が、今にも寝てしまいそうにぼんやりとしているのを見て、修治が頭を小突いた。
「おい、こんなところで寝るな。風邪でも引いたらどうするつもりだ? もう上がるぞ」
岱胡の手を引いて立ち上がった修治の左脇腹が目に入った。
古そうなのにクッキリと大きな傷痕が残っている。
鴇汰が蓮華になってからのことしかわからないけれど、修治はいつもムカつくくらい怪我とは縁がない。
すり傷は受けていた気はするけれど、唾でも付けておけば治る程度のものばかりだったと思う。
「あんた、それ斬られた痕だよな? これまでそんな傷が残るような怪我なんてしたことがあったっけ?」
自分の傷痕に目を向けた修治は、岱胡を先に上がらせてから、少し困ったような顔をした。
「こいつはガキのころの……悪戯が過ぎた戒めだ」
振り返ってそう言い、さっさと上がってしまったのをあわてて追った。
話したくなさそうなのは雰囲気でわかったけれど、好奇心からじゃなく、どうしてそんな怪我を負ったのか知っておかなければいけないような気がした。
「ガキのころってさ、やっぱ演習とかでか? 東じゃそんな怪我を負うような演習はしなかったけど、西は違ったのか?」
「どこでも同じだろう? 演習で大怪我を負って使いものにならなくなったんじゃあ話しにならないじゃないか」
「だったら、あんたのそれは……」
「おまえが気にするようなものじゃないよ」
シャツを被って整えながら、修治はフッと溜息をもらして言い、タオルで濡れた髪を乱暴に拭いた。
普段ならこんなことは気にもならないし、なったとしてもなにも言わない修治に対して苛立ちが募るだけだった。
それが今日はなんとなく、理由を聞けそうな気がして黙って待った。
先に着替えを終えた岱胡を追い立てた修治がたまりかねたように軽く舌打ちをして、鴇汰を睨んだ。
「おまえはベラベラと人に触れ回るやつじゃないから言うが……これは昔、麻乃が覚醒しかけて錯乱したときに避け損なって負った傷だ」
なにかがあるとは思っていた。
けれどまさかその原因が、麻乃だとは思いもしなかった。
「まぁ、昔の話しだ。それに麻乃のやつは、そのときのことを覚えちゃいない。思い出させたくもないしな……くれぐれも、あいつにだけは喋るなよ」
言葉が継げすに黙ったままでいると、修治はそう言って、また少しだけ困った顔を見せた。
「そんなこと……言わねーよ……言えるわけがねーじゃんか……」
首に掛けたタオルで鴇汰は顔を覆った。
「そっか、神殿の外で会うって約束を取り付けていても、そう遠くへは出られないか」
「あぁ、それに確か神殿を挟んで、この森の反対側が泉の森だった気がする」
「てことは、こっち側には神殿のやつらの出入りもないだろうな」
「邪魔が入っちゃ困る、長時間、姿が見えなければ騒ぎになるかもしれない、となればこの森の中が都合いいだろう?」
「ははぁ……だからッスかね? うちの先生がいつも使う宿と違うから、おかしいと思ったんスよ」
岱胡が煮物を摘んだ指先を、台拭きで拭いながらそう言った。
「そうなのか?」
「ええ。うちの先生、花丘で宿を取るときはいつも、あの入口に近い一番大きい店にしますから」
「じゃ、明日はこの森で決まりだな。朝の人通りを避けてすぐに森に入れるのは、この宿だけのようだもんな」
急に不安が過ぎって、かばんにしまった黒玉を確認した。
これをサツキに渡したとして、一体なにがわかるというのか……。
「明日は皇子が七時前に来るって言うし、南区に移動したらもうゆっくり休めるのなんて今夜くらいだから、俺、ひとっ風呂浴びてから寝ますけど、お二人はどうします?」
修治と二人、呆気に取られて互いに顔を見合わせた。
「おまえなぁ、呑気にもほどがあるぞ? ……って言いたいトコだけど、まぁ、確かにおまえのいうとおりではあるよな」
「各区で元蓮華の方々や一般の方々が手を尽くしてくれているからと言って、この先、俺たちが動かないわけには行かない。今夜だけはのんびり体を休めるか」
苦笑した修治が机の横にあった収納棚からタオルを出して、鴇汰と岱胡に投げて寄越した。
部屋を出て目の前の廊下を突き当り、裏口から外へ出ると、露天風呂があると女将が言っていた。
三人で連れ立ってきたものの、こんなことも初めてで違和感を覚える。
それでも久しぶりにゆっくりと湯に体を沈めると、疲れが和らいで気分も落ち着くようだ。
大きめの岩にもたれた岱胡が、今にも寝てしまいそうにぼんやりとしているのを見て、修治が頭を小突いた。
「おい、こんなところで寝るな。風邪でも引いたらどうするつもりだ? もう上がるぞ」
岱胡の手を引いて立ち上がった修治の左脇腹が目に入った。
古そうなのにクッキリと大きな傷痕が残っている。
鴇汰が蓮華になってからのことしかわからないけれど、修治はいつもムカつくくらい怪我とは縁がない。
すり傷は受けていた気はするけれど、唾でも付けておけば治る程度のものばかりだったと思う。
「あんた、それ斬られた痕だよな? これまでそんな傷が残るような怪我なんてしたことがあったっけ?」
自分の傷痕に目を向けた修治は、岱胡を先に上がらせてから、少し困ったような顔をした。
「こいつはガキのころの……悪戯が過ぎた戒めだ」
振り返ってそう言い、さっさと上がってしまったのをあわてて追った。
話したくなさそうなのは雰囲気でわかったけれど、好奇心からじゃなく、どうしてそんな怪我を負ったのか知っておかなければいけないような気がした。
「ガキのころってさ、やっぱ演習とかでか? 東じゃそんな怪我を負うような演習はしなかったけど、西は違ったのか?」
「どこでも同じだろう? 演習で大怪我を負って使いものにならなくなったんじゃあ話しにならないじゃないか」
「だったら、あんたのそれは……」
「おまえが気にするようなものじゃないよ」
シャツを被って整えながら、修治はフッと溜息をもらして言い、タオルで濡れた髪を乱暴に拭いた。
普段ならこんなことは気にもならないし、なったとしてもなにも言わない修治に対して苛立ちが募るだけだった。
それが今日はなんとなく、理由を聞けそうな気がして黙って待った。
先に着替えを終えた岱胡を追い立てた修治がたまりかねたように軽く舌打ちをして、鴇汰を睨んだ。
「おまえはベラベラと人に触れ回るやつじゃないから言うが……これは昔、麻乃が覚醒しかけて錯乱したときに避け損なって負った傷だ」
なにかがあるとは思っていた。
けれどまさかその原因が、麻乃だとは思いもしなかった。
「まぁ、昔の話しだ。それに麻乃のやつは、そのときのことを覚えちゃいない。思い出させたくもないしな……くれぐれも、あいつにだけは喋るなよ」
言葉が継げすに黙ったままでいると、修治はそう言って、また少しだけ困った顔を見せた。
「そんなこと……言わねーよ……言えるわけがねーじゃんか……」
首に掛けたタオルで鴇汰は顔を覆った。
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