397 / 780
待ち受けるもの
第174話 評定 ~修治 6~
しおりを挟む
頑として譲ろうとしない姿に違和感を覚える。なにか確固たる勝算でもあるんだろうか?
それに、どう考えても遥斗には似つかわしくない提案だ。
修治は視線を高田に移した。
高田は遥斗を見つめたままでいる。
「けど……」
鴇汰がポツリと呟いた。
「資料を見ているならわかると思う……大陸で俺たちはそれぞれ襲撃されて、未だ五人も戻らないままだ。俺自身だって、本当なら戻れなかった」
「鴇汰、黙れ――」
「――これから配られる資料を見ればわかることだろう!」
触れようとした手を払い退けた鴇汰は、立ち上がってかばんの中の資料の束を加賀野と尾形に渡した。
そこから道場中に行き渡るまでものの数分もかからなかった。
「俺は向こうでしくじった。襲撃から逃れられなかったうえに、麻乃をロマジェリカに奪われた。どうやら暗示に掛けられてるらしいけど……あいつは今、覚醒しちまってる」
もっと騒ぎになると思っていた。
それが誰しも動きを止めたまま、一言も発しない。
鴇汰一人が青ざめた顔で、その鼓動まで聞こえて来そうなほど浅い呼吸を繰り返している。
「麻乃が上陸した浜に詰めているものは、十中八九、身動きが取れなくなる。下手をすれば敵兵のほとんどを通しちまうかもしれない。ほかの浜にしたって、こっちの手を逃れて中央までたどり着くのは、突破できるだけの力を持ったやつらだ。それがどういうことだかわかりますか?」
震える声で、それでも冷静さを保ったまま、鴇汰は遥斗に問いかけた。
「俺たち現役の手が圧倒的に足りないんですよ。皇子が言いたいこと、俺もホントに凄くわかるんスけど……城にたどり着くのは上級の敵兵なんスよ。いくら印が出たからって、誰もが十六まで鍛練しているからって……太刀打ちできる相手じゃないんス」
岱胡まで言い難そうにしながら、遥斗の提案に緩い抵抗を見せた。
最初に反対を仄めかしたときに、こちらに向けた厳しい視線とは違い、遥斗はいつものような優しい暖かさを感じさせる目で、鴇汰を見ている。
印のあらわれた腕を出し、ポンポンとたたいて笑った。
「そもそも……この三日月や蓮華の印はなんだと思う? 女神さまに戦士として選ばれた、守る想いにのみ発揮される守護の力だ。ずっと鍛練を続けてきたわけじゃないから、おまえたちのいうように、士官や上級の兵には敵わない。けれど雑兵ならどうだ? 多対一なら?」
「……あるいは敵うやもしれぬ、そう仰りたいのですか?」
答えた尾形に、遥斗は大きくうなずいた。
「だからっ! 俺はそれが嫌なんだ! 俺の失敗のせいで誰かが傷ついたり亡くなったりするのが! 身勝手だと言われようが、わがままだと言われようが、絶対に嫌なんだよ!」
「長田、なにもかも一人で抱えようとするな。こうなった今、私たちは同じ立場だ。守りたい思いも、ともに防衛に尽くしたいと考えるのは、泉翔の血だ。自分は混血だから、なんて言って逃げるなよ? おまえがそうやって皆を思い、苦しむのも泉翔人ゆえだからだ」
悲痛な声を上げた鴇汰をなだめるように、遥斗はどこまでも優しい口調で語りかけた。
ああ言えばこう言う。
どうあっても退く気のない意思が伝わってくる。
岱胡も小さな溜息をつきながら、堂々とした遥斗を眺めている。
パンパンと手を打つ大きな音が響いた。
「修治、おまえたちの負けだな。おまえたちのいうように、物資は演習場に移して浜は捨てる。そして新たに印の出たものを交えて後方から分断させてたたく。残りは皇子のいうように軍部で責任を持って城へ追い込む、それで決めるしかないだろう」
「このまま話し合っていたところで、どちらも譲らないのなら、そうするしかないのか……」
「これでは上層との二の舞だ。互いに歩み寄り、うまく連携を取るしかあるまい」
高田の言葉に元蓮華たちまで賛同している。
よもや自分たちの出した案が、こんな形で通るとは思いもしなかった。
それぞれの部隊から参加している隊員たちも麻乃と修治の隊員、岱胡も修治自身も、呆気に取られて言葉が継げずにいた。
今にも泣き出しそうだった鴇汰も、口を開いたままで動きを止めている。
「そうと決まれば、物資を置くための拠点を早々に準備しなければならないな」
「各浜に割り当てられたものは、現地で印を持つ一般の方々とともに、速やかに襲撃の際の隊列編成を組むように」
「それからくれぐれも深追いはせず、手に負い切れないときにはまず生き残ることを優先し、逃げるよう指示を出す。待避ルートの確保もすること」
かつて経験があるだけに、元蓮華たちは物事の判断が早い。
それに、どう考えても遥斗には似つかわしくない提案だ。
修治は視線を高田に移した。
高田は遥斗を見つめたままでいる。
「けど……」
鴇汰がポツリと呟いた。
「資料を見ているならわかると思う……大陸で俺たちはそれぞれ襲撃されて、未だ五人も戻らないままだ。俺自身だって、本当なら戻れなかった」
「鴇汰、黙れ――」
「――これから配られる資料を見ればわかることだろう!」
触れようとした手を払い退けた鴇汰は、立ち上がってかばんの中の資料の束を加賀野と尾形に渡した。
そこから道場中に行き渡るまでものの数分もかからなかった。
「俺は向こうでしくじった。襲撃から逃れられなかったうえに、麻乃をロマジェリカに奪われた。どうやら暗示に掛けられてるらしいけど……あいつは今、覚醒しちまってる」
もっと騒ぎになると思っていた。
それが誰しも動きを止めたまま、一言も発しない。
鴇汰一人が青ざめた顔で、その鼓動まで聞こえて来そうなほど浅い呼吸を繰り返している。
「麻乃が上陸した浜に詰めているものは、十中八九、身動きが取れなくなる。下手をすれば敵兵のほとんどを通しちまうかもしれない。ほかの浜にしたって、こっちの手を逃れて中央までたどり着くのは、突破できるだけの力を持ったやつらだ。それがどういうことだかわかりますか?」
震える声で、それでも冷静さを保ったまま、鴇汰は遥斗に問いかけた。
「俺たち現役の手が圧倒的に足りないんですよ。皇子が言いたいこと、俺もホントに凄くわかるんスけど……城にたどり着くのは上級の敵兵なんスよ。いくら印が出たからって、誰もが十六まで鍛練しているからって……太刀打ちできる相手じゃないんス」
岱胡まで言い難そうにしながら、遥斗の提案に緩い抵抗を見せた。
最初に反対を仄めかしたときに、こちらに向けた厳しい視線とは違い、遥斗はいつものような優しい暖かさを感じさせる目で、鴇汰を見ている。
印のあらわれた腕を出し、ポンポンとたたいて笑った。
「そもそも……この三日月や蓮華の印はなんだと思う? 女神さまに戦士として選ばれた、守る想いにのみ発揮される守護の力だ。ずっと鍛練を続けてきたわけじゃないから、おまえたちのいうように、士官や上級の兵には敵わない。けれど雑兵ならどうだ? 多対一なら?」
「……あるいは敵うやもしれぬ、そう仰りたいのですか?」
答えた尾形に、遥斗は大きくうなずいた。
「だからっ! 俺はそれが嫌なんだ! 俺の失敗のせいで誰かが傷ついたり亡くなったりするのが! 身勝手だと言われようが、わがままだと言われようが、絶対に嫌なんだよ!」
「長田、なにもかも一人で抱えようとするな。こうなった今、私たちは同じ立場だ。守りたい思いも、ともに防衛に尽くしたいと考えるのは、泉翔の血だ。自分は混血だから、なんて言って逃げるなよ? おまえがそうやって皆を思い、苦しむのも泉翔人ゆえだからだ」
悲痛な声を上げた鴇汰をなだめるように、遥斗はどこまでも優しい口調で語りかけた。
ああ言えばこう言う。
どうあっても退く気のない意思が伝わってくる。
岱胡も小さな溜息をつきながら、堂々とした遥斗を眺めている。
パンパンと手を打つ大きな音が響いた。
「修治、おまえたちの負けだな。おまえたちのいうように、物資は演習場に移して浜は捨てる。そして新たに印の出たものを交えて後方から分断させてたたく。残りは皇子のいうように軍部で責任を持って城へ追い込む、それで決めるしかないだろう」
「このまま話し合っていたところで、どちらも譲らないのなら、そうするしかないのか……」
「これでは上層との二の舞だ。互いに歩み寄り、うまく連携を取るしかあるまい」
高田の言葉に元蓮華たちまで賛同している。
よもや自分たちの出した案が、こんな形で通るとは思いもしなかった。
それぞれの部隊から参加している隊員たちも麻乃と修治の隊員、岱胡も修治自身も、呆気に取られて言葉が継げずにいた。
今にも泣き出しそうだった鴇汰も、口を開いたままで動きを止めている。
「そうと決まれば、物資を置くための拠点を早々に準備しなければならないな」
「各浜に割り当てられたものは、現地で印を持つ一般の方々とともに、速やかに襲撃の際の隊列編成を組むように」
「それからくれぐれも深追いはせず、手に負い切れないときにはまず生き残ることを優先し、逃げるよう指示を出す。待避ルートの確保もすること」
かつて経験があるだけに、元蓮華たちは物事の判断が早い。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる