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待ち受けるもの
第173話 評定 ~修治 5~
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入口近くがざわついている。
今、声を上げたのが誰だかを確かめようと首を伸ばしてみる。
「とんでもないことを言いやがるのは誰だ?」
苛立った加賀野が立ち上がって後ろを振り返り、ハッと驚きの表情を見せた。
「皇子! なんだってここに?」
集まったものたちの一番後ろに座っているのは、確かに皇子の遥斗だ。
腕を組み、立ち上がった加賀野を睨んでいる。
「城なんか落とされようが焼かれようが、大したことじゃないだろう?」
「皇子、ですが、そうは言っても……」
「大事なのは国全体が制圧されないことだ。負傷するなとは言えないが、誰も死なずに済ませることだろう?」
「それは確かにそうですが、中央を明け渡してしまうことに……」
遥斗は不機嫌な顔のままで立ち上がり、道場の中をゆっくりと見渡した。
「誰も中央を渡せとは言ってはいない。やるのは城だけだ。追い立てて三カ所から進軍してきた敵兵を、城に集めてたたけばいい」
「一国の皇子たるあなたが、なんということを仰るのですか」
「そんなことをしては、この国はどうなるか……」
元蓮華たちが遥斗をたしなめた。
昔から温和な性格と考えかたで、例え、演習や稽古であっても他人を傷つけるのをためらっていた遥斗が、こんな乱暴なことを言い出すとは思わなかった。
唖然としてその姿を見つめていると、横で高田がフッと笑ったのが聞こえた。
「まだわからないかな? あんなものはただの建造物だ。この国を担っているのは城じゃなく、私たち、泉翔人の一人一人だろう? 城など失くなったところで国が揺らぐはずがない。島のあちこちを変に突かれるより余程マシじゃないか。私の父、国王も同じ考えでいらっしゃるよ」
「しかし、それでは今、城にいるものたちはどうなります?」
言いたいことはわかった。
だからと言って安易に首を縦には振れない。
城には多くの働き手がある。
各区のものを避難させるだけでも手一杯だと言うのに、そこまで手を割けるかどうかも問題だ。
「それはもちろん城の中で話し合い、速やかに泉の森へ避難する手筈をつけたさ。私たちにもそのくらいは難なくできるよ」
できるだけ不穏な状況は減らしたい。
麻乃を相手にするからには、修治は思うように動くことができなくなるだろう。
西からは一人たりとも中央へは侵入させないつもりでいる。
そのためには、麻乃が引き連れてくる敵兵を、修治と麻乃の部隊に殲滅させる必要がある。
西区に割り当てたものたちは、誰一人、身動きが取れなくなると思っていい。
北浜と南浜からも、そう多くの敵兵を通すとは思えないけれど、こちら側の損害や被害が大きかった場合、泉の森にほど近い城を占拠されるのは危険だ。
「敵兵を一カ所に集めれば、確かに攻撃はしやすくなるでしょう。ですが必ずしも全員が、すんなり城に集まってくれるとは限りません」
浜を捨てて進軍させると言い、中央まで敵兵を通す可能性を示唆しておきながら、城を明け渡すことには難色を示したせいか、遥斗の目がきつく修治を向いた。
「そこをうまく、それと悟られずに誘い込むのが、おまえたち戦士の仕事じゃないのか?」
「そうしろと仰るのなら、俺たちには可能です。ですが、あの場所は泉の森にほど近い。避難しているものに危険が及ぶ可能性もあります」
「あそこは神殿の管轄です。今、俺たちと隔たりがあるそうじゃないですか。もしも結界に穴があったら、中に逃げたものは捕えられてしまうかもしれません」
鴇汰までもが、皇子の意見に疑問を持ったようだ。
「確かに……私から見ても神殿の様子がおかしいのはわかる。けれど私や国王が、それをそのまま放っておくとおまえたちは思うのかい?」
鴇汰と岱胡の三人で顔を見合わせた。
高田がサツキの件で、今夜中に手を打つと言っていた。
(――まさか、皇子を使った?)
そう言えば、宿舎に軟禁された修治と岱胡を助けに来たのも遥斗だった。
「これまでにない規模での襲撃が成されるのはわかっているのだろう? 戦士だけでは立ち行かない可能性も……ならば少しでも被害の少ない方法を。それがあるというのだから、そこから手を尽くしていくべきだと私は考えている」
遥斗は立ち上がり道場全体を見渡して、両手を広げた。
新たに印のあらわれた各区の師範から更に士気が上がったのを感じる。
一国の皇子がこうまでいうのだから、それも当然かもしれない。
「ここにいる全員が、そのために今、準備を進め、それぞれに考え尽くしているんじゃないのか? 何度でも言う。浜を捨てて敵兵を通すなら、抑え切れなかったやつらは城に集めてたたくべきだ」
今、声を上げたのが誰だかを確かめようと首を伸ばしてみる。
「とんでもないことを言いやがるのは誰だ?」
苛立った加賀野が立ち上がって後ろを振り返り、ハッと驚きの表情を見せた。
「皇子! なんだってここに?」
集まったものたちの一番後ろに座っているのは、確かに皇子の遥斗だ。
腕を組み、立ち上がった加賀野を睨んでいる。
「城なんか落とされようが焼かれようが、大したことじゃないだろう?」
「皇子、ですが、そうは言っても……」
「大事なのは国全体が制圧されないことだ。負傷するなとは言えないが、誰も死なずに済ませることだろう?」
「それは確かにそうですが、中央を明け渡してしまうことに……」
遥斗は不機嫌な顔のままで立ち上がり、道場の中をゆっくりと見渡した。
「誰も中央を渡せとは言ってはいない。やるのは城だけだ。追い立てて三カ所から進軍してきた敵兵を、城に集めてたたけばいい」
「一国の皇子たるあなたが、なんということを仰るのですか」
「そんなことをしては、この国はどうなるか……」
元蓮華たちが遥斗をたしなめた。
昔から温和な性格と考えかたで、例え、演習や稽古であっても他人を傷つけるのをためらっていた遥斗が、こんな乱暴なことを言い出すとは思わなかった。
唖然としてその姿を見つめていると、横で高田がフッと笑ったのが聞こえた。
「まだわからないかな? あんなものはただの建造物だ。この国を担っているのは城じゃなく、私たち、泉翔人の一人一人だろう? 城など失くなったところで国が揺らぐはずがない。島のあちこちを変に突かれるより余程マシじゃないか。私の父、国王も同じ考えでいらっしゃるよ」
「しかし、それでは今、城にいるものたちはどうなります?」
言いたいことはわかった。
だからと言って安易に首を縦には振れない。
城には多くの働き手がある。
各区のものを避難させるだけでも手一杯だと言うのに、そこまで手を割けるかどうかも問題だ。
「それはもちろん城の中で話し合い、速やかに泉の森へ避難する手筈をつけたさ。私たちにもそのくらいは難なくできるよ」
できるだけ不穏な状況は減らしたい。
麻乃を相手にするからには、修治は思うように動くことができなくなるだろう。
西からは一人たりとも中央へは侵入させないつもりでいる。
そのためには、麻乃が引き連れてくる敵兵を、修治と麻乃の部隊に殲滅させる必要がある。
西区に割り当てたものたちは、誰一人、身動きが取れなくなると思っていい。
北浜と南浜からも、そう多くの敵兵を通すとは思えないけれど、こちら側の損害や被害が大きかった場合、泉の森にほど近い城を占拠されるのは危険だ。
「敵兵を一カ所に集めれば、確かに攻撃はしやすくなるでしょう。ですが必ずしも全員が、すんなり城に集まってくれるとは限りません」
浜を捨てて進軍させると言い、中央まで敵兵を通す可能性を示唆しておきながら、城を明け渡すことには難色を示したせいか、遥斗の目がきつく修治を向いた。
「そこをうまく、それと悟られずに誘い込むのが、おまえたち戦士の仕事じゃないのか?」
「そうしろと仰るのなら、俺たちには可能です。ですが、あの場所は泉の森にほど近い。避難しているものに危険が及ぶ可能性もあります」
「あそこは神殿の管轄です。今、俺たちと隔たりがあるそうじゃないですか。もしも結界に穴があったら、中に逃げたものは捕えられてしまうかもしれません」
鴇汰までもが、皇子の意見に疑問を持ったようだ。
「確かに……私から見ても神殿の様子がおかしいのはわかる。けれど私や国王が、それをそのまま放っておくとおまえたちは思うのかい?」
鴇汰と岱胡の三人で顔を見合わせた。
高田がサツキの件で、今夜中に手を打つと言っていた。
(――まさか、皇子を使った?)
そう言えば、宿舎に軟禁された修治と岱胡を助けに来たのも遥斗だった。
「これまでにない規模での襲撃が成されるのはわかっているのだろう? 戦士だけでは立ち行かない可能性も……ならば少しでも被害の少ない方法を。それがあるというのだから、そこから手を尽くしていくべきだと私は考えている」
遥斗は立ち上がり道場全体を見渡して、両手を広げた。
新たに印のあらわれた各区の師範から更に士気が上がったのを感じる。
一国の皇子がこうまでいうのだから、それも当然かもしれない。
「ここにいる全員が、そのために今、準備を進め、それぞれに考え尽くしているんじゃないのか? 何度でも言う。浜を捨てて敵兵を通すなら、抑え切れなかったやつらは城に集めてたたくべきだ」
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