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待ち受けるもの
第168話 評定 ~鴇汰 2~
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「少し早目だけど、そろそろ行くか……」
「そうッスね。それ、届けものでしょう?」
岱胡が水筒を指差した。
「あぁ。ホラ、あの道場の娘さん、多香子さんだっけ? 具合、まだ良くないかもしれないと思ってさ」
「渡すなら早く行かないと。あの人今、修治さんの実家で寝泊まりしてるみたいですから」
「そっか。じゃ、急がないと入れ違いに帰られちまうな」
岱胡を促して、麻乃の隊員たちと出かける準備をするよう頼んだ。
そのあいだに今夜連れていく古株の大野、古市、橋本を呼び出して車の準備をさせた。
これから向かう先で、鴇汰に注がれるだろう視線を想像すると、吐き気がするほどの緊張を覚える。
それでも、ここを避けて通るわけにはいかない。
なにがあろうと、ここに立っていなければならない。
またうつむいていることに気づき、フッと息を大きく吐いて背筋を伸ばした。
玄関を出たところで目の前に小坂が立ちはだかった。
出かける前になにを言われるのかと身構える。
「長田隊長、向こうではうちの隊長が行き届かずに、申し訳ありませんでした」
思いも寄らない言葉に、深く頭を下げた小坂を唖然として見つめた。
「そのせいで、大きな怪我を負われたと聞きました。本当に――」
「いや、そんなことは大したことじゃない、俺の怪我なんかどうでもいいんだよ。頼むから頭なんか下げないでくれ」
鴇汰は慌てて小坂の言葉をさえぎった。
小坂の頭を上げさせて、その視線から逃げるように顔を背けた。
「第一、謝んなきゃなんないのは俺のほうだ。一人でノコノコ帰ってきて……修治がどう言ったか知らねーけど、向こうでも、行き届かなかったのは俺だ。おまえらが頭を下げる必要なんてないし、俺が責められるのは当然だと思ってる」
「最初は……そう思いました。なんだって一人で、と……」
「だろうな、それが当たり前だよ。俺がおまえらの立場なら、当然そう思う」
苦笑いでそう答えると、小坂は急に黙り、沈黙が流れた。
まだなにか言いたげに見える。
いよいよ恨み言を聞かされるのかと思って覚悟を決めたとき、後ろから両肩をガッシリと掴まれた。
緊張気味だったぶん、突然のことに飛び上がりそうなくらい驚いた。
振り返ると相原が隊員たちを引き連れて出てきたところだった。
「相原……まだ出かけてなかったのかよ?」
鴇汰の問いかけに掴んだ肩をポンポンとたたいて答えた相原は、隊員たちに車へ向かうように指示を出し、小坂に向き直った。
「小坂、あまりうちの隊長を苛めてくれるな」
「わかってる。こうまでされちゃあ、もう、しょうがないよな」
どうも良くわからないけれど、二人のあいだで、鴇汰の話しをされているような印象を受けた。
二人は同じ南区出身だと言っていたから、相原が気を利かせて小坂になにかを言ったのかもしれない。
十歳以上も歳の離れた自分を、二人はどう見ているのか。
急に子ども扱いをされているような気がして、肩を掴んだ相原の手を払い除けた。
「相原、余計な口を出すな。悪いのは俺だって言っただろ? 小坂に言いたいことがあるってんなら、俺は全部受け止めなきゃなんねーんだよ」
つい、責めるような口調になってしまい、ますます自分が子どもじみているように感じて前髪を掻き上げると、そのまま頭を掻きむしった。
小坂はフッと小さく笑うと、相原と顔を見合わせた。
「確かに最初はいろいろと言ってやろうと思いましたよ。ですが今は、長田隊長……あなたが一人で戻ってきた、その意味をわかっているつもりです。杉山たちも同じです」
次々と車のエンジンがかけられていき、周囲の空気を揺らすように低い音が広がった。
杉山の呼ぶ声が聞こえ、一度、視線を反らしてから、小坂は真剣な眼差しを鴇汰に向けて来た。
「俺たちがもし……立ちゆかなかったときには、安部隊長と一緒に、あの人のこと……頼みます」
それだけを言い残し、杉山の車に向かって駆け出してしまった。
「まぁ、まずは私らは北浜の防衛に力を注ぎましょう。そのあとのことは、隊長の判断次第ですよ」
力強く肩をたたき、相原も隊員たちのトラックに向かって歩き出した。
二人の背中を見送りながら、自分の中に迷いが生じて、足もとに視線を落とした。
麻乃は北浜に来るだろうか……?
もしかすると修治のいうように西浜かもしれないし、どっちもハズレで南浜かもしれない……。
(迷ったとき……そのときは己が思うままになさい)
不意に夢でシタラが言った言葉が思い浮かんだ。
顔を上げると、岱胡が車の前で心配そうな顔をしてこちらを見ている。
(北浜だ、そう決めたんだ)
鴇汰は玄関の階段を勢い良く飛び降りた。
「そうッスね。それ、届けものでしょう?」
岱胡が水筒を指差した。
「あぁ。ホラ、あの道場の娘さん、多香子さんだっけ? 具合、まだ良くないかもしれないと思ってさ」
「渡すなら早く行かないと。あの人今、修治さんの実家で寝泊まりしてるみたいですから」
「そっか。じゃ、急がないと入れ違いに帰られちまうな」
岱胡を促して、麻乃の隊員たちと出かける準備をするよう頼んだ。
そのあいだに今夜連れていく古株の大野、古市、橋本を呼び出して車の準備をさせた。
これから向かう先で、鴇汰に注がれるだろう視線を想像すると、吐き気がするほどの緊張を覚える。
それでも、ここを避けて通るわけにはいかない。
なにがあろうと、ここに立っていなければならない。
またうつむいていることに気づき、フッと息を大きく吐いて背筋を伸ばした。
玄関を出たところで目の前に小坂が立ちはだかった。
出かける前になにを言われるのかと身構える。
「長田隊長、向こうではうちの隊長が行き届かずに、申し訳ありませんでした」
思いも寄らない言葉に、深く頭を下げた小坂を唖然として見つめた。
「そのせいで、大きな怪我を負われたと聞きました。本当に――」
「いや、そんなことは大したことじゃない、俺の怪我なんかどうでもいいんだよ。頼むから頭なんか下げないでくれ」
鴇汰は慌てて小坂の言葉をさえぎった。
小坂の頭を上げさせて、その視線から逃げるように顔を背けた。
「第一、謝んなきゃなんないのは俺のほうだ。一人でノコノコ帰ってきて……修治がどう言ったか知らねーけど、向こうでも、行き届かなかったのは俺だ。おまえらが頭を下げる必要なんてないし、俺が責められるのは当然だと思ってる」
「最初は……そう思いました。なんだって一人で、と……」
「だろうな、それが当たり前だよ。俺がおまえらの立場なら、当然そう思う」
苦笑いでそう答えると、小坂は急に黙り、沈黙が流れた。
まだなにか言いたげに見える。
いよいよ恨み言を聞かされるのかと思って覚悟を決めたとき、後ろから両肩をガッシリと掴まれた。
緊張気味だったぶん、突然のことに飛び上がりそうなくらい驚いた。
振り返ると相原が隊員たちを引き連れて出てきたところだった。
「相原……まだ出かけてなかったのかよ?」
鴇汰の問いかけに掴んだ肩をポンポンとたたいて答えた相原は、隊員たちに車へ向かうように指示を出し、小坂に向き直った。
「小坂、あまりうちの隊長を苛めてくれるな」
「わかってる。こうまでされちゃあ、もう、しょうがないよな」
どうも良くわからないけれど、二人のあいだで、鴇汰の話しをされているような印象を受けた。
二人は同じ南区出身だと言っていたから、相原が気を利かせて小坂になにかを言ったのかもしれない。
十歳以上も歳の離れた自分を、二人はどう見ているのか。
急に子ども扱いをされているような気がして、肩を掴んだ相原の手を払い除けた。
「相原、余計な口を出すな。悪いのは俺だって言っただろ? 小坂に言いたいことがあるってんなら、俺は全部受け止めなきゃなんねーんだよ」
つい、責めるような口調になってしまい、ますます自分が子どもじみているように感じて前髪を掻き上げると、そのまま頭を掻きむしった。
小坂はフッと小さく笑うと、相原と顔を見合わせた。
「確かに最初はいろいろと言ってやろうと思いましたよ。ですが今は、長田隊長……あなたが一人で戻ってきた、その意味をわかっているつもりです。杉山たちも同じです」
次々と車のエンジンがかけられていき、周囲の空気を揺らすように低い音が広がった。
杉山の呼ぶ声が聞こえ、一度、視線を反らしてから、小坂は真剣な眼差しを鴇汰に向けて来た。
「俺たちがもし……立ちゆかなかったときには、安部隊長と一緒に、あの人のこと……頼みます」
それだけを言い残し、杉山の車に向かって駆け出してしまった。
「まぁ、まずは私らは北浜の防衛に力を注ぎましょう。そのあとのことは、隊長の判断次第ですよ」
力強く肩をたたき、相原も隊員たちのトラックに向かって歩き出した。
二人の背中を見送りながら、自分の中に迷いが生じて、足もとに視線を落とした。
麻乃は北浜に来るだろうか……?
もしかすると修治のいうように西浜かもしれないし、どっちもハズレで南浜かもしれない……。
(迷ったとき……そのときは己が思うままになさい)
不意に夢でシタラが言った言葉が思い浮かんだ。
顔を上げると、岱胡が車の前で心配そうな顔をしてこちらを見ている。
(北浜だ、そう決めたんだ)
鴇汰は玄関の階段を勢い良く飛び降りた。
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