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待ち受けるもの
第160話 陰陽 ~修治 3~
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「いや、笑い事じゃないッスけど、ホントにそうですね。きっとそのとおりになりますよ」
「先に行ってこの件に関してだけは、言わずにいてくれるように頼んでこないとな」
「そうッスね、絶対そのほうがいいッス」
「鴇汰の奴には適当に言い訳をしておく。だからおまえ、時間になったら隊員たちを連れて道場へ来てくれ」
「わかりました」
ポンポンと、軽く岱胡の頭をたたいて会議室を出た。
なにを忘れていたというのか、突然飛び出していった鴇汰は、一体どこへ行ったのだろう。
修治は資料の増刷をしている杉山たちに声をかけてから、玄関を出た。
車の脇に鴇汰の姿を見つけた。
空を見上げたり首を傾げたりしながら、なにかブツブツと独り言を呟いている。
下を向いてクシャクシャと頭を掻きむしってから顔を上げた鴇汰と視線が合った。
「おまえ、そんなところでなにをやっているんだ?」
「いや……ってか、なに? あんたどこか行くのか?」
「あぁ、まだ早いんだが、道場にな。おまえは知ってるから言うが、これからもっと忙しくなる。少し様子を見に行きたくてな……」
「あ、そっか。そうだな、そうしてあげたほうがいいと思う。まだ具合が良くないようなら、俺、なにか作ってくけど」
そう言えば鴇汰は良く料理をしている。
どうやら多香子もそれを口にしたことがあるようで、以前、しきりに褒めていた。
「それはありがたいが、おまえ、自分もちゃんと食っておけよ。それから資料も良く読んでおいてくれ。岱胡にも言ってあるが、あとのことを頼む」
「わかった」
車に荷物を積み、エンジンをかけると、鴇汰に手を上げて詰所をあとにした。
道場に着くと裏口に車を停めた。子どもたちの声が響いてくる。
外はこれまでとなにも変わらないままだ。
けれど、それも今日までのことかもしれない。
調理場には寄らずに、そのまま高田の部屋へ向かうつもりだった。
それが母親の房枝に見つかり、多香子まで出てきてしまって、逃げようがなくなってしまった。
「シュウちゃん、麻乃ちゃんがまだ戻らないって……」
「あぁ、けどな、無事でいるって知らせは入ったんだよ。あとはどう連れ戻すか、その算段をつけるだけなんだ、安心しろ」
大陸に渡る前から、多香子の具合が良くないというのは聞いていた。
そのせいで実家に寝泊りをしていることも……。
ずっと気にはなっていた。
心配していなかったわけじゃない。
ただ、考えなければならないことが多過ぎて、おざなりにしていた部分もあった。
心労をかけたくなくて細かいことは話さずに、無事でいることだけを伝えると、二人とも、ホッとした顔を見せた。
「先生も俺も、まだ当分は忙しいが……具合のほうはどうなんだ?」
「私は大丈夫。時々つらいときもあるけど……今だけだから」
「風邪にしちゃあ長い。疲れが溜まってるんじゃないのか? 無理をしないで少しはのんびりしてもいいと思うぞ?」
そう言った直後、房枝に突然、頭をたたかれた。
「まったくあんたは馬鹿な子だねぇ! こんなときはね、心労が一番良くないんだよ! 戻ってから一度も顔も出さないで!」
「そうは言っても……今は……」
確かに意識して会いに来なかった。
会って気が緩むのが怖かったからだ。そこを突かれると弱く、言い訳もできない。
「多香ちゃんに無理をするなってならね、まずはあんたが、しっかりしてやらなきゃ駄目じゃあないの。本当に、こんなことで一人前の父親になれるのか……」
「――お義母さん!」
多香子が慌てた様子でさえぎり、房枝があっ、と口を手で覆った。
「今……なんて……?」
聞き捨てならない言葉が耳に飛び込んできて、多香子と房枝の顔を交互に見た。
そう言えば昔、巧に子どもができたとわかったとき、具合が悪いだの、気分が良くないだのと言っていたのを思い出す。
「もう……本当はね、麻乃ちゃんも戻ってから、きちんと言おうと思っていたのよ。でも無事だってわかって、あとは戻ってくるのを待つだけならいいのかしら?」
頬を赤く染め、目を合わせようともせずにいる多香子を見て、胸が締め付けられた。
どうしようもなく嬉しくて愛おしさを感じる半面、こんなときにどうして、という絶望感に襲われて気が遠くなりそうだ。
「なんだろうね、この子は。押し黙ったままで」
言葉が継げずに立ち尽くしているところを、また房枝に頭を小突かれて、反射的に体が動いた。
多香子の腕を掴み取って引き寄せると、思いきり抱き締めていた。
きっとこの行動が、修治の中で一番表に出たがっている感情なんだと思う。
これからのことを考えると、なにも言ってやれない自分が情けなかった。
「先に行ってこの件に関してだけは、言わずにいてくれるように頼んでこないとな」
「そうッスね、絶対そのほうがいいッス」
「鴇汰の奴には適当に言い訳をしておく。だからおまえ、時間になったら隊員たちを連れて道場へ来てくれ」
「わかりました」
ポンポンと、軽く岱胡の頭をたたいて会議室を出た。
なにを忘れていたというのか、突然飛び出していった鴇汰は、一体どこへ行ったのだろう。
修治は資料の増刷をしている杉山たちに声をかけてから、玄関を出た。
車の脇に鴇汰の姿を見つけた。
空を見上げたり首を傾げたりしながら、なにかブツブツと独り言を呟いている。
下を向いてクシャクシャと頭を掻きむしってから顔を上げた鴇汰と視線が合った。
「おまえ、そんなところでなにをやっているんだ?」
「いや……ってか、なに? あんたどこか行くのか?」
「あぁ、まだ早いんだが、道場にな。おまえは知ってるから言うが、これからもっと忙しくなる。少し様子を見に行きたくてな……」
「あ、そっか。そうだな、そうしてあげたほうがいいと思う。まだ具合が良くないようなら、俺、なにか作ってくけど」
そう言えば鴇汰は良く料理をしている。
どうやら多香子もそれを口にしたことがあるようで、以前、しきりに褒めていた。
「それはありがたいが、おまえ、自分もちゃんと食っておけよ。それから資料も良く読んでおいてくれ。岱胡にも言ってあるが、あとのことを頼む」
「わかった」
車に荷物を積み、エンジンをかけると、鴇汰に手を上げて詰所をあとにした。
道場に着くと裏口に車を停めた。子どもたちの声が響いてくる。
外はこれまでとなにも変わらないままだ。
けれど、それも今日までのことかもしれない。
調理場には寄らずに、そのまま高田の部屋へ向かうつもりだった。
それが母親の房枝に見つかり、多香子まで出てきてしまって、逃げようがなくなってしまった。
「シュウちゃん、麻乃ちゃんがまだ戻らないって……」
「あぁ、けどな、無事でいるって知らせは入ったんだよ。あとはどう連れ戻すか、その算段をつけるだけなんだ、安心しろ」
大陸に渡る前から、多香子の具合が良くないというのは聞いていた。
そのせいで実家に寝泊りをしていることも……。
ずっと気にはなっていた。
心配していなかったわけじゃない。
ただ、考えなければならないことが多過ぎて、おざなりにしていた部分もあった。
心労をかけたくなくて細かいことは話さずに、無事でいることだけを伝えると、二人とも、ホッとした顔を見せた。
「先生も俺も、まだ当分は忙しいが……具合のほうはどうなんだ?」
「私は大丈夫。時々つらいときもあるけど……今だけだから」
「風邪にしちゃあ長い。疲れが溜まってるんじゃないのか? 無理をしないで少しはのんびりしてもいいと思うぞ?」
そう言った直後、房枝に突然、頭をたたかれた。
「まったくあんたは馬鹿な子だねぇ! こんなときはね、心労が一番良くないんだよ! 戻ってから一度も顔も出さないで!」
「そうは言っても……今は……」
確かに意識して会いに来なかった。
会って気が緩むのが怖かったからだ。そこを突かれると弱く、言い訳もできない。
「多香ちゃんに無理をするなってならね、まずはあんたが、しっかりしてやらなきゃ駄目じゃあないの。本当に、こんなことで一人前の父親になれるのか……」
「――お義母さん!」
多香子が慌てた様子でさえぎり、房枝があっ、と口を手で覆った。
「今……なんて……?」
聞き捨てならない言葉が耳に飛び込んできて、多香子と房枝の顔を交互に見た。
そう言えば昔、巧に子どもができたとわかったとき、具合が悪いだの、気分が良くないだのと言っていたのを思い出す。
「もう……本当はね、麻乃ちゃんも戻ってから、きちんと言おうと思っていたのよ。でも無事だってわかって、あとは戻ってくるのを待つだけならいいのかしら?」
頬を赤く染め、目を合わせようともせずにいる多香子を見て、胸が締め付けられた。
どうしようもなく嬉しくて愛おしさを感じる半面、こんなときにどうして、という絶望感に襲われて気が遠くなりそうだ。
「なんだろうね、この子は。押し黙ったままで」
言葉が継げずに立ち尽くしているところを、また房枝に頭を小突かれて、反射的に体が動いた。
多香子の腕を掴み取って引き寄せると、思いきり抱き締めていた。
きっとこの行動が、修治の中で一番表に出たがっている感情なんだと思う。
これからのことを考えると、なにも言ってやれない自分が情けなかった。
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