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待ち受けるもの
第156話 不可思議 ~岱胡 4~
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小会議室で鴇汰を待っている間に、先に小坂が戻ってきた。
「先生はなんと言っていた?」
「それが……それは難しいことだろう、と」
「やっぱり駄目か……」
「ただ、事と次第によっては、可能かもしれないとも……まずはサツキさまだけを呼ばなければならない理由を聞かせるようにと、そう仰っていました」
「そうか……となると、夜だな」
小坂の視線が机に置かれた鬼灯に移った。
「安部隊長、それ、麻乃隊長のものですよね?」
「ああ、あいつの忘れ物だ。鴇汰のやつが持ち帰ってきたんだよ」
「そうですか……まったくあの人は……大事なもんでもなんでも、すぐに忘れてくる」
寂しそうに笑ってそう言った小坂の肩を、杉山が軽くたたいてやっている。
修治はこの場にいる古株全員を、そばに寄せて座らせた。
岱胡も腰かけていた椅子ごとにじり寄った。
「麻乃の鬼灯がここにあるということは、手もとにあるのは夜光だけだと思う。あっても脇差だ。違うか?」
「そう言えばそうですね。出航の日、あの人は鬼灯と夜光の二刀だけを帯びていきましたから」
杉山の答えにうなずいてから、修治は岱胡を見た。
「岱胡、今から話すことは、おまえは聞いていない。なにも聞かなかった。いいな?」
「……は? なにをです?」
「これから聞くことは全部忘れろ。なにも聞かなかったことにするんだ。誰にも……間違っても鴇汰にだけはいうんじゃあないぞ」
なにを言われたのか理解できず聞き返すと、修治は厳しい視線を向けてきた。
その表情は真剣そのものだ。
「わかりました」
なにか重要なことを話そうとしているのがわかり、そう返事をすると、修治は古株の連中に向き直った。
「おまえたちの部隊は、俺があずかる。予備隊ほか、岱胡と梁瀬の隊からも援護が来れば、それなりの戦力だろう」
「ほかの浜はどうなるんですか?」
「そいつは後回しだ。打ち合わせのときでいい。それより……いいか? 俺たちはこの西浜を守る」
小坂たちが返事をした。
修治は鬼灯の柄を握って引き寄せると
「今、麻乃の手もとにあるのは夜光のみ……だとすると、今ごろは一刀じゃあ、心許ないと感じているはずだ」
そう言った。
嫌な予感がする。聞いたことを忘れろと言った意味が、段々とわかってきた。
「あいつは必ず西浜から上陸してくる。なぜなら……」
「……炎魔刀、ですね?」
小坂が呟き、修治が小さくうなずいた。
「覚醒した今なら抜ける。そう考えているはずだ。そうでないとしても、自宅には紅華炎刀もある。あいつは必ずそれを取りに来る」
修治が妙に自信を持って、麻乃が来るのは西浜だ、と言ったのはこのせいだったのか。
「あの……それ、こっちで保管して隠しちゃう、なんてわけにはいかないんスかね?」
「そんなことをしてみろ、あいつは西区の思い当る場所すべてを探そうとするぞ。持っているものが危険に晒されるようなことがあっちゃあならない」
「そっか……そうれもそうですよね」
「来る場所がわかっていれば、対策も立てようがあるし、待ち伏せるのも罠を張っておくのも可能ということですね」
「ああ。それに鴇汰のやつは今、自分から北浜に詰めたいと言っている。変にこじれている時間がない今、これはありがたい申し出だ。と言ってバレたらすべてが水の泡だからな。絶対に漏らすことのないように頼む」
「わかりました。それじゃあ俺たちは、長田隊長が北浜に向かい次第、準備を西浜重点に始めることにします」
恐らく今度のことで、一番重要な問題が、今、決まった。
(聞かなければ良かった……)
ほんの少しだけ、そう思った。
鴇汰が北浜を選んだのは、麻乃が自分の出身地を襲撃するとは考えられないからだろう。
もしも、この話しを知ったら、西浜に詰めると言い出して頑として動かないに決まっている。
だから修治は黙っていろと言ったんだ。
鴇汰が戻ってきてから以前のように険悪になったりもしたけれど、どうも昨夜から……特に今日は、二人の息が不思議なくらいに合っている。
修治は明確な理由を持って西浜を選んだ以上、鴇汰がなにを言おうと譲らないだろう。
鴇汰は鴇汰で、大陸で一人ででも麻乃を助けに行こうと考えていたくらいだ。
来る場所がわかっているなら、絶対にそこに詰めようとするに決まっている。
(うっかりとか、つい、とか言って口を滑らせていい問題じゃないよな。気をつけなきゃ……)
二人が互いに穏やかに対応し合っている今、なにがあってもそれを壊してはいけない気がする。
この不可思議な光景を乱したら、そこからなにもかもが崩れていきそうな、そんな気持ちになった。
「先生はなんと言っていた?」
「それが……それは難しいことだろう、と」
「やっぱり駄目か……」
「ただ、事と次第によっては、可能かもしれないとも……まずはサツキさまだけを呼ばなければならない理由を聞かせるようにと、そう仰っていました」
「そうか……となると、夜だな」
小坂の視線が机に置かれた鬼灯に移った。
「安部隊長、それ、麻乃隊長のものですよね?」
「ああ、あいつの忘れ物だ。鴇汰のやつが持ち帰ってきたんだよ」
「そうですか……まったくあの人は……大事なもんでもなんでも、すぐに忘れてくる」
寂しそうに笑ってそう言った小坂の肩を、杉山が軽くたたいてやっている。
修治はこの場にいる古株全員を、そばに寄せて座らせた。
岱胡も腰かけていた椅子ごとにじり寄った。
「麻乃の鬼灯がここにあるということは、手もとにあるのは夜光だけだと思う。あっても脇差だ。違うか?」
「そう言えばそうですね。出航の日、あの人は鬼灯と夜光の二刀だけを帯びていきましたから」
杉山の答えにうなずいてから、修治は岱胡を見た。
「岱胡、今から話すことは、おまえは聞いていない。なにも聞かなかった。いいな?」
「……は? なにをです?」
「これから聞くことは全部忘れろ。なにも聞かなかったことにするんだ。誰にも……間違っても鴇汰にだけはいうんじゃあないぞ」
なにを言われたのか理解できず聞き返すと、修治は厳しい視線を向けてきた。
その表情は真剣そのものだ。
「わかりました」
なにか重要なことを話そうとしているのがわかり、そう返事をすると、修治は古株の連中に向き直った。
「おまえたちの部隊は、俺があずかる。予備隊ほか、岱胡と梁瀬の隊からも援護が来れば、それなりの戦力だろう」
「ほかの浜はどうなるんですか?」
「そいつは後回しだ。打ち合わせのときでいい。それより……いいか? 俺たちはこの西浜を守る」
小坂たちが返事をした。
修治は鬼灯の柄を握って引き寄せると
「今、麻乃の手もとにあるのは夜光のみ……だとすると、今ごろは一刀じゃあ、心許ないと感じているはずだ」
そう言った。
嫌な予感がする。聞いたことを忘れろと言った意味が、段々とわかってきた。
「あいつは必ず西浜から上陸してくる。なぜなら……」
「……炎魔刀、ですね?」
小坂が呟き、修治が小さくうなずいた。
「覚醒した今なら抜ける。そう考えているはずだ。そうでないとしても、自宅には紅華炎刀もある。あいつは必ずそれを取りに来る」
修治が妙に自信を持って、麻乃が来るのは西浜だ、と言ったのはこのせいだったのか。
「あの……それ、こっちで保管して隠しちゃう、なんてわけにはいかないんスかね?」
「そんなことをしてみろ、あいつは西区の思い当る場所すべてを探そうとするぞ。持っているものが危険に晒されるようなことがあっちゃあならない」
「そっか……そうれもそうですよね」
「来る場所がわかっていれば、対策も立てようがあるし、待ち伏せるのも罠を張っておくのも可能ということですね」
「ああ。それに鴇汰のやつは今、自分から北浜に詰めたいと言っている。変にこじれている時間がない今、これはありがたい申し出だ。と言ってバレたらすべてが水の泡だからな。絶対に漏らすことのないように頼む」
「わかりました。それじゃあ俺たちは、長田隊長が北浜に向かい次第、準備を西浜重点に始めることにします」
恐らく今度のことで、一番重要な問題が、今、決まった。
(聞かなければ良かった……)
ほんの少しだけ、そう思った。
鴇汰が北浜を選んだのは、麻乃が自分の出身地を襲撃するとは考えられないからだろう。
もしも、この話しを知ったら、西浜に詰めると言い出して頑として動かないに決まっている。
だから修治は黙っていろと言ったんだ。
鴇汰が戻ってきてから以前のように険悪になったりもしたけれど、どうも昨夜から……特に今日は、二人の息が不思議なくらいに合っている。
修治は明確な理由を持って西浜を選んだ以上、鴇汰がなにを言おうと譲らないだろう。
鴇汰は鴇汰で、大陸で一人ででも麻乃を助けに行こうと考えていたくらいだ。
来る場所がわかっているなら、絶対にそこに詰めようとするに決まっている。
(うっかりとか、つい、とか言って口を滑らせていい問題じゃないよな。気をつけなきゃ……)
二人が互いに穏やかに対応し合っている今、なにがあってもそれを壊してはいけない気がする。
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