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待ち受けるもの
第154話 不可思議 ~岱胡 2~
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「おまえ、大丈夫か?」
西区に入る手前で修治が鴇汰にそう言った。
「なにがよ?」
「なにがって……西区には麻乃の隊員が詰めてる。おまえが一人で戻ったことで大騒ぎになるぞ」
「ああ。わかってる。責められるのは覚悟してる」
修治がフッと溜息をついた。ミラー越しに見た鴇汰の表情は硬い。
確かに、西浜に空の船が戻ってきたときの麻乃の隊員たちを思い返すと、どうなるかは容易に想像できる。
「鴇汰さん、詰所じゃなくて、宿舎に行ったほうがいいんじゃないッスか?」
「そうだな……そのほうが目立たないか……おまえの隊員たちを宿舎に向かわせればいいんだしな」
「いや、そんな逃げるみたいなことはしたくねーよ。どのみち、今後のことでやり取りをしてりゃあ、俺が戻ったなんてすぐにわかることじゃねーの」
「そうか……おまえがそう言うなら、それでいい」
演習場に沿って続く山道を抜け、砦を通り過ぎ、西詰所が見えてきた。
車内は緊張した空気が満ちていて、息が詰まりそうだ。
玄関に近い場所に車を停め、鴇汰はハーッと大きく深呼吸をしてから車を降りた。
「鴇汰、隊員たちとの話しが終わったら、そのあと小会議室へ来てくれ。それから鬼灯は、すぐに周防で見てもらえるように手配する。そのあいだ、俺が預かっていよう」
「ああ。頼む」
鴇汰が手渡した鬼灯を受け取ると、修治は詰所の扉を開いた。
廊下にちょうど麻乃の隊員がいて、修治に挨拶をした後、鴇汰を見て表情を変えた。
「長田隊長! も、戻ったんですか!」
その声に食堂や談話室から、バタバタと麻乃と鴇汰の隊員たちが飛び出してきた。
鴇汰の隊員を押し退けて麻乃の隊員が鴇汰に詰め寄っている。
もう、誰がなにを言っているのかもわからない状態だけれど、恐らくは麻乃の安否についてのことだろう。
あまりの勢いについ後ずさりをしてよろけた肩を、修治が支えてくれた。
「うちの隊長はどうしたんです!」
「まさか長田隊長、うちの隊長を置き去りにしてきたんじゃないでしょうね?」
そんな言葉までも飛び交っている。
「おまえたち! いい加減にしろ!」
修治の怒声が廊下中に響き、全員が固まったようにその場で動きを止めた。
「こんなところでガタガタと鴇汰を責めている場合か? 今夜の準備はすべて済んでいるんだろうな? 他のこともそうだ。各自、割り当てられた役目をまずすべて済ませることを考えろ!」
「安部隊長のいうとおりだ。全員、もう食事も済んだだろう? さっさと腰を上げるんだ」
麻乃の隊の小坂がそう促し、鴇汰の周辺がやっと落ち着いた。
「なにが起きたのかは、俺が鴇汰からちゃんと聞いている。今、どうして麻乃がいないのか、それもだ。鴇汰、大会議室を使え、終わったら声をかけろよ」
黙ったままの鴇汰を庇うように、鴇汰の隊員が周囲を囲んでいる。
「すまない。あとを頼む」
そう言って鴇汰たちは大会議室へ向かっていった。
残された麻乃の隊員は不満げな表情だ。
古株の小坂と杉山だけが毅然としている。
「さて……準備をしろと言っても、気になるだろうな。今から話しがある、全員、談話室に集まってくれ。それから誰か、柳堀の周防に行って爺さまかお孫さんを呼んできてもらえないだろうか」
「あ、じゃあ俺が行きます」
矢萩が立ち上がり、詰所を飛び出していった。それを見送った小坂が修治の隣に立った。
「ほかになにか、先にしておくことはありますか?」
「ああ。高田先生のところへ行って、神殿に……サツキさまだけを呼び出すことが可能かどうか、考えてほしいと伝えてきてくれ」
「わかりました」
「安部隊長、こっちは全員揃いました」
小坂が出ていき、談話室の入口から杉山が呼びかけてきた。
「岱胡、おまえも細かい話しを聞いてなかったな、一緒に来い」
「あ、はい」
二人揃って談話室に入った。
中は緊張した雰囲気に包まれている。
修治はまず、全員の顔を見渡した。
「夜の打ち合わせでこの話しをするつもりだ。ここで話すのは二度手間になるから話す気はなかった。とはいえ気が削がれて準備に支障が出ても困るからな。今、話すことにする」
修治は鴇汰たちが大陸に渡ってから追われ続けていたこと、敵兵に遭遇して麻乃が深追いをしたこと、逃げきれず、ロマジェリカに捕えられたことを話した。
「……あの馬鹿は、鴇汰のことをおざなりにして、深追いしたうえに敵兵の手に落ちた。そのせいで鴇汰のほうは大怪我を負い、危なかったらしい」
「でも……長田隊長は戻ってきましたよね? 船もないのにどうやって……」
「鴇汰は出身が大陸だろう? 身内のかたが探して助けてくれたそうだ。戻ってくるのに時間がかかったのも、鴇汰自身が回復していなかったからだ」
「だったら……身内の人がいたなら、なぜうちの隊長をそのままにしてきたんですか?」
新人の富井が、納得がいかないと言った。
西区に入る手前で修治が鴇汰にそう言った。
「なにがよ?」
「なにがって……西区には麻乃の隊員が詰めてる。おまえが一人で戻ったことで大騒ぎになるぞ」
「ああ。わかってる。責められるのは覚悟してる」
修治がフッと溜息をついた。ミラー越しに見た鴇汰の表情は硬い。
確かに、西浜に空の船が戻ってきたときの麻乃の隊員たちを思い返すと、どうなるかは容易に想像できる。
「鴇汰さん、詰所じゃなくて、宿舎に行ったほうがいいんじゃないッスか?」
「そうだな……そのほうが目立たないか……おまえの隊員たちを宿舎に向かわせればいいんだしな」
「いや、そんな逃げるみたいなことはしたくねーよ。どのみち、今後のことでやり取りをしてりゃあ、俺が戻ったなんてすぐにわかることじゃねーの」
「そうか……おまえがそう言うなら、それでいい」
演習場に沿って続く山道を抜け、砦を通り過ぎ、西詰所が見えてきた。
車内は緊張した空気が満ちていて、息が詰まりそうだ。
玄関に近い場所に車を停め、鴇汰はハーッと大きく深呼吸をしてから車を降りた。
「鴇汰、隊員たちとの話しが終わったら、そのあと小会議室へ来てくれ。それから鬼灯は、すぐに周防で見てもらえるように手配する。そのあいだ、俺が預かっていよう」
「ああ。頼む」
鴇汰が手渡した鬼灯を受け取ると、修治は詰所の扉を開いた。
廊下にちょうど麻乃の隊員がいて、修治に挨拶をした後、鴇汰を見て表情を変えた。
「長田隊長! も、戻ったんですか!」
その声に食堂や談話室から、バタバタと麻乃と鴇汰の隊員たちが飛び出してきた。
鴇汰の隊員を押し退けて麻乃の隊員が鴇汰に詰め寄っている。
もう、誰がなにを言っているのかもわからない状態だけれど、恐らくは麻乃の安否についてのことだろう。
あまりの勢いについ後ずさりをしてよろけた肩を、修治が支えてくれた。
「うちの隊長はどうしたんです!」
「まさか長田隊長、うちの隊長を置き去りにしてきたんじゃないでしょうね?」
そんな言葉までも飛び交っている。
「おまえたち! いい加減にしろ!」
修治の怒声が廊下中に響き、全員が固まったようにその場で動きを止めた。
「こんなところでガタガタと鴇汰を責めている場合か? 今夜の準備はすべて済んでいるんだろうな? 他のこともそうだ。各自、割り当てられた役目をまずすべて済ませることを考えろ!」
「安部隊長のいうとおりだ。全員、もう食事も済んだだろう? さっさと腰を上げるんだ」
麻乃の隊の小坂がそう促し、鴇汰の周辺がやっと落ち着いた。
「なにが起きたのかは、俺が鴇汰からちゃんと聞いている。今、どうして麻乃がいないのか、それもだ。鴇汰、大会議室を使え、終わったら声をかけろよ」
黙ったままの鴇汰を庇うように、鴇汰の隊員が周囲を囲んでいる。
「すまない。あとを頼む」
そう言って鴇汰たちは大会議室へ向かっていった。
残された麻乃の隊員は不満げな表情だ。
古株の小坂と杉山だけが毅然としている。
「さて……準備をしろと言っても、気になるだろうな。今から話しがある、全員、談話室に集まってくれ。それから誰か、柳堀の周防に行って爺さまかお孫さんを呼んできてもらえないだろうか」
「あ、じゃあ俺が行きます」
矢萩が立ち上がり、詰所を飛び出していった。それを見送った小坂が修治の隣に立った。
「ほかになにか、先にしておくことはありますか?」
「ああ。高田先生のところへ行って、神殿に……サツキさまだけを呼び出すことが可能かどうか、考えてほしいと伝えてきてくれ」
「わかりました」
「安部隊長、こっちは全員揃いました」
小坂が出ていき、談話室の入口から杉山が呼びかけてきた。
「岱胡、おまえも細かい話しを聞いてなかったな、一緒に来い」
「あ、はい」
二人揃って談話室に入った。
中は緊張した雰囲気に包まれている。
修治はまず、全員の顔を見渡した。
「夜の打ち合わせでこの話しをするつもりだ。ここで話すのは二度手間になるから話す気はなかった。とはいえ気が削がれて準備に支障が出ても困るからな。今、話すことにする」
修治は鴇汰たちが大陸に渡ってから追われ続けていたこと、敵兵に遭遇して麻乃が深追いをしたこと、逃げきれず、ロマジェリカに捕えられたことを話した。
「……あの馬鹿は、鴇汰のことをおざなりにして、深追いしたうえに敵兵の手に落ちた。そのせいで鴇汰のほうは大怪我を負い、危なかったらしい」
「でも……長田隊長は戻ってきましたよね? 船もないのにどうやって……」
「鴇汰は出身が大陸だろう? 身内のかたが探して助けてくれたそうだ。戻ってくるのに時間がかかったのも、鴇汰自身が回復していなかったからだ」
「だったら……身内の人がいたなら、なぜうちの隊長をそのままにしてきたんですか?」
新人の富井が、納得がいかないと言った。
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