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待ち受けるもの
第150話 不可思議 ~修治 1~
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修治は支度を整えて七時前に玄関の扉を開けた。
(車の準備をしなきゃならないな……)
そう思って早めに出てきたってのに――。
「……なんだ。あんたか。すいぶんと早いじゃんか」
ボンネットを上げて、エンジンの調子をチェックしている鴇汰の姿があって、修治は驚いた。
「おまえのほうこそ早いじゃないか。まだこんな時間だってのに……ちゃんと眠ったのか?」
「あぁ。四時間ほど……寝苦しくて目が覚めちまったから、先に車の準備をしとこうと思って」
鴇汰は顔を背けたまま、ぶっきらぼうにそう言った。
その目が充血している。
(こいつ四時間も寝てないな……けどまぁ、しっかり寝たと嘘をつかないぶん、眠ったってのは信用できるか……)
することがなくなって手持ち無沙汰だ。
そのうえ、周囲にはまだほかの誰もいない。
鴇汰と二人じゃ話す言葉も見つかりやしない。
修治は後部席に荷物を放り込み、ドアを閉めると、そのまま車にもたれて空を仰いだ。
バン!
と、鴇汰が勢い良くボンネットを閉じて車が揺れ、修治の体まで揺さぶられる。
寄りかかっていることを知って、わざとやったんだろうか?
つい眉間にシワが寄り、それを指先で揉み解した。
「あんたは? ちゃんと眠ったのかよ?」
手拭いで汚れた手を拭きながら、そう問いかけてきた。
「おまえと同じ程度だな。寝てる場合じゃないとも思うが、眠らないと恐ろしい目に遭わされる。おまえも眠れと言われたときには無理やりにでも眠っとけよ」
「恐ろしい目って……なんだよそれ?」
からかっているとでも思ったのか、鴇汰は表情を曇らせた。
「出航してからこっち、ろくに眠れなくてな。焦りばかりで思考もしっかりまとめられないでいたら、一服盛られて無理やり眠らされた」
「一服盛られたって……そんな無茶苦茶な……誰がそんな真似するってんだよ?」
「まぁ……こっちが焦って無理を重ねなければ、そんな目に遭うことはないさ。とは言っても、俺は今、なにかを口にするのが不安だけどな」
問いには答えずに、そう言って苦笑すると、呆気に取られた顔をしていた鴇汰が、あっ、と声を上げた。
「あれだろ? あんたんトコの高田さん……あの人ならやりかねない。違うか?」
そう言えば、巧の企みで鴇汰は高田に接したことがあった。
数時間、一緒にいただけでそこまで見抜くとは。
「鋭いな。うちの先生は、目的のためなら多少手荒になっても、手段を選ばない人だ」
「見るからにおっかなそうな雰囲気だもんな、なんとなくわかるけどさ……」
言い澱んだ鴇汰はボンネットに両手を付いたままうつむいて、わずかに首を傾げてから、顔を上げて修治の目を見つめてきた。
「俺、今度のことはホントにすまないと思ってんのよ。無事に帰ってくることもできなくて……」
麻乃を連れて帰ることもできず、あっさりさらわれてしまった。
自分が不甲斐ないせいで、こんなことになった……かすかに震えた声でもう一度すまないと言って頭を下げた。
「――いきなりなんだ?」
非があるとわかっていても修治に対してだけは頑として譲らず、ろくに謝ることさえしない鴇汰が、こんなに下手に出てきてたじろぐ。
「あんた前に言ったじゃねーか。あいつになにかあったら、絶対に俺を許さねーって……だからって謝ったのは別に許してほしいから、ってわけじゃねーよ。ただ……」
落ち込んだ様子で言い澱み、また鴇汰は黙ってうつむいた。
いつも、突っ掛かってきてはガツガツと言いたいことをいう癖に、妙にしおらしく見える。
背中がむず痒いような、変な気分だ。
「なんだっていうんだ? らしくないぞ。言いたいことがあるならハッキリ言え」
「だってよ、あんた豊穣が無事に済んだら、その……いろいろと忙しかったはずだろ? なのに、こんなことになっちまって……そっちのほう、大丈夫なのかよ?」
なんのことだかまったくわからず、眉をひそめて鴇汰の顔をジッと見つめた。
「あの人の体調も、あんまり良くなかったみたいだったし、こんな状態じゃ……あんた、会いにも行けないだろ?」
あぁ、そうか――。
やっと言わんとすることがわかった。
そんな話しをするほど、麻乃はロマジェリカで気負わずに過ごしていたってことか……。
「……麻乃に聞いたか?」
鴇汰がうなずく。
「確かに本当なら、今ごろは忙しい時期だったな。だが今は……そんな場合じゃない。まずは目前に迫ったこの状況を打ち崩さなければ、先には進めないだろう?」
「……それはわかってる」
「なんの問題もない。すべてが済んでから、麻乃を取り戻してからで十分だ」
(車の準備をしなきゃならないな……)
そう思って早めに出てきたってのに――。
「……なんだ。あんたか。すいぶんと早いじゃんか」
ボンネットを上げて、エンジンの調子をチェックしている鴇汰の姿があって、修治は驚いた。
「おまえのほうこそ早いじゃないか。まだこんな時間だってのに……ちゃんと眠ったのか?」
「あぁ。四時間ほど……寝苦しくて目が覚めちまったから、先に車の準備をしとこうと思って」
鴇汰は顔を背けたまま、ぶっきらぼうにそう言った。
その目が充血している。
(こいつ四時間も寝てないな……けどまぁ、しっかり寝たと嘘をつかないぶん、眠ったってのは信用できるか……)
することがなくなって手持ち無沙汰だ。
そのうえ、周囲にはまだほかの誰もいない。
鴇汰と二人じゃ話す言葉も見つかりやしない。
修治は後部席に荷物を放り込み、ドアを閉めると、そのまま車にもたれて空を仰いだ。
バン!
と、鴇汰が勢い良くボンネットを閉じて車が揺れ、修治の体まで揺さぶられる。
寄りかかっていることを知って、わざとやったんだろうか?
つい眉間にシワが寄り、それを指先で揉み解した。
「あんたは? ちゃんと眠ったのかよ?」
手拭いで汚れた手を拭きながら、そう問いかけてきた。
「おまえと同じ程度だな。寝てる場合じゃないとも思うが、眠らないと恐ろしい目に遭わされる。おまえも眠れと言われたときには無理やりにでも眠っとけよ」
「恐ろしい目って……なんだよそれ?」
からかっているとでも思ったのか、鴇汰は表情を曇らせた。
「出航してからこっち、ろくに眠れなくてな。焦りばかりで思考もしっかりまとめられないでいたら、一服盛られて無理やり眠らされた」
「一服盛られたって……そんな無茶苦茶な……誰がそんな真似するってんだよ?」
「まぁ……こっちが焦って無理を重ねなければ、そんな目に遭うことはないさ。とは言っても、俺は今、なにかを口にするのが不安だけどな」
問いには答えずに、そう言って苦笑すると、呆気に取られた顔をしていた鴇汰が、あっ、と声を上げた。
「あれだろ? あんたんトコの高田さん……あの人ならやりかねない。違うか?」
そう言えば、巧の企みで鴇汰は高田に接したことがあった。
数時間、一緒にいただけでそこまで見抜くとは。
「鋭いな。うちの先生は、目的のためなら多少手荒になっても、手段を選ばない人だ」
「見るからにおっかなそうな雰囲気だもんな、なんとなくわかるけどさ……」
言い澱んだ鴇汰はボンネットに両手を付いたままうつむいて、わずかに首を傾げてから、顔を上げて修治の目を見つめてきた。
「俺、今度のことはホントにすまないと思ってんのよ。無事に帰ってくることもできなくて……」
麻乃を連れて帰ることもできず、あっさりさらわれてしまった。
自分が不甲斐ないせいで、こんなことになった……かすかに震えた声でもう一度すまないと言って頭を下げた。
「――いきなりなんだ?」
非があるとわかっていても修治に対してだけは頑として譲らず、ろくに謝ることさえしない鴇汰が、こんなに下手に出てきてたじろぐ。
「あんた前に言ったじゃねーか。あいつになにかあったら、絶対に俺を許さねーって……だからって謝ったのは別に許してほしいから、ってわけじゃねーよ。ただ……」
落ち込んだ様子で言い澱み、また鴇汰は黙ってうつむいた。
いつも、突っ掛かってきてはガツガツと言いたいことをいう癖に、妙にしおらしく見える。
背中がむず痒いような、変な気分だ。
「なんだっていうんだ? らしくないぞ。言いたいことがあるならハッキリ言え」
「だってよ、あんた豊穣が無事に済んだら、その……いろいろと忙しかったはずだろ? なのに、こんなことになっちまって……そっちのほう、大丈夫なのかよ?」
なんのことだかまったくわからず、眉をひそめて鴇汰の顔をジッと見つめた。
「あの人の体調も、あんまり良くなかったみたいだったし、こんな状態じゃ……あんた、会いにも行けないだろ?」
あぁ、そうか――。
やっと言わんとすることがわかった。
そんな話しをするほど、麻乃はロマジェリカで気負わずに過ごしていたってことか……。
「……麻乃に聞いたか?」
鴇汰がうなずく。
「確かに本当なら、今ごろは忙しい時期だったな。だが今は……そんな場合じゃない。まずは目前に迫ったこの状況を打ち崩さなければ、先には進めないだろう?」
「……それはわかってる」
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