373 / 780
待ち受けるもの
第150話 不可思議 ~修治 1~
しおりを挟む
修治は支度を整えて七時前に玄関の扉を開けた。
(車の準備をしなきゃならないな……)
そう思って早めに出てきたってのに――。
「……なんだ。あんたか。すいぶんと早いじゃんか」
ボンネットを上げて、エンジンの調子をチェックしている鴇汰の姿があって、修治は驚いた。
「おまえのほうこそ早いじゃないか。まだこんな時間だってのに……ちゃんと眠ったのか?」
「あぁ。四時間ほど……寝苦しくて目が覚めちまったから、先に車の準備をしとこうと思って」
鴇汰は顔を背けたまま、ぶっきらぼうにそう言った。
その目が充血している。
(こいつ四時間も寝てないな……けどまぁ、しっかり寝たと嘘をつかないぶん、眠ったってのは信用できるか……)
することがなくなって手持ち無沙汰だ。
そのうえ、周囲にはまだほかの誰もいない。
鴇汰と二人じゃ話す言葉も見つかりやしない。
修治は後部席に荷物を放り込み、ドアを閉めると、そのまま車にもたれて空を仰いだ。
バン!
と、鴇汰が勢い良くボンネットを閉じて車が揺れ、修治の体まで揺さぶられる。
寄りかかっていることを知って、わざとやったんだろうか?
つい眉間にシワが寄り、それを指先で揉み解した。
「あんたは? ちゃんと眠ったのかよ?」
手拭いで汚れた手を拭きながら、そう問いかけてきた。
「おまえと同じ程度だな。寝てる場合じゃないとも思うが、眠らないと恐ろしい目に遭わされる。おまえも眠れと言われたときには無理やりにでも眠っとけよ」
「恐ろしい目って……なんだよそれ?」
からかっているとでも思ったのか、鴇汰は表情を曇らせた。
「出航してからこっち、ろくに眠れなくてな。焦りばかりで思考もしっかりまとめられないでいたら、一服盛られて無理やり眠らされた」
「一服盛られたって……そんな無茶苦茶な……誰がそんな真似するってんだよ?」
「まぁ……こっちが焦って無理を重ねなければ、そんな目に遭うことはないさ。とは言っても、俺は今、なにかを口にするのが不安だけどな」
問いには答えずに、そう言って苦笑すると、呆気に取られた顔をしていた鴇汰が、あっ、と声を上げた。
「あれだろ? あんたんトコの高田さん……あの人ならやりかねない。違うか?」
そう言えば、巧の企みで鴇汰は高田に接したことがあった。
数時間、一緒にいただけでそこまで見抜くとは。
「鋭いな。うちの先生は、目的のためなら多少手荒になっても、手段を選ばない人だ」
「見るからにおっかなそうな雰囲気だもんな、なんとなくわかるけどさ……」
言い澱んだ鴇汰はボンネットに両手を付いたままうつむいて、わずかに首を傾げてから、顔を上げて修治の目を見つめてきた。
「俺、今度のことはホントにすまないと思ってんのよ。無事に帰ってくることもできなくて……」
麻乃を連れて帰ることもできず、あっさりさらわれてしまった。
自分が不甲斐ないせいで、こんなことになった……かすかに震えた声でもう一度すまないと言って頭を下げた。
「――いきなりなんだ?」
非があるとわかっていても修治に対してだけは頑として譲らず、ろくに謝ることさえしない鴇汰が、こんなに下手に出てきてたじろぐ。
「あんた前に言ったじゃねーか。あいつになにかあったら、絶対に俺を許さねーって……だからって謝ったのは別に許してほしいから、ってわけじゃねーよ。ただ……」
落ち込んだ様子で言い澱み、また鴇汰は黙ってうつむいた。
いつも、突っ掛かってきてはガツガツと言いたいことをいう癖に、妙にしおらしく見える。
背中がむず痒いような、変な気分だ。
「なんだっていうんだ? らしくないぞ。言いたいことがあるならハッキリ言え」
「だってよ、あんた豊穣が無事に済んだら、その……いろいろと忙しかったはずだろ? なのに、こんなことになっちまって……そっちのほう、大丈夫なのかよ?」
なんのことだかまったくわからず、眉をひそめて鴇汰の顔をジッと見つめた。
「あの人の体調も、あんまり良くなかったみたいだったし、こんな状態じゃ……あんた、会いにも行けないだろ?」
あぁ、そうか――。
やっと言わんとすることがわかった。
そんな話しをするほど、麻乃はロマジェリカで気負わずに過ごしていたってことか……。
「……麻乃に聞いたか?」
鴇汰がうなずく。
「確かに本当なら、今ごろは忙しい時期だったな。だが今は……そんな場合じゃない。まずは目前に迫ったこの状況を打ち崩さなければ、先には進めないだろう?」
「……それはわかってる」
「なんの問題もない。すべてが済んでから、麻乃を取り戻してからで十分だ」
(車の準備をしなきゃならないな……)
そう思って早めに出てきたってのに――。
「……なんだ。あんたか。すいぶんと早いじゃんか」
ボンネットを上げて、エンジンの調子をチェックしている鴇汰の姿があって、修治は驚いた。
「おまえのほうこそ早いじゃないか。まだこんな時間だってのに……ちゃんと眠ったのか?」
「あぁ。四時間ほど……寝苦しくて目が覚めちまったから、先に車の準備をしとこうと思って」
鴇汰は顔を背けたまま、ぶっきらぼうにそう言った。
その目が充血している。
(こいつ四時間も寝てないな……けどまぁ、しっかり寝たと嘘をつかないぶん、眠ったってのは信用できるか……)
することがなくなって手持ち無沙汰だ。
そのうえ、周囲にはまだほかの誰もいない。
鴇汰と二人じゃ話す言葉も見つかりやしない。
修治は後部席に荷物を放り込み、ドアを閉めると、そのまま車にもたれて空を仰いだ。
バン!
と、鴇汰が勢い良くボンネットを閉じて車が揺れ、修治の体まで揺さぶられる。
寄りかかっていることを知って、わざとやったんだろうか?
つい眉間にシワが寄り、それを指先で揉み解した。
「あんたは? ちゃんと眠ったのかよ?」
手拭いで汚れた手を拭きながら、そう問いかけてきた。
「おまえと同じ程度だな。寝てる場合じゃないとも思うが、眠らないと恐ろしい目に遭わされる。おまえも眠れと言われたときには無理やりにでも眠っとけよ」
「恐ろしい目って……なんだよそれ?」
からかっているとでも思ったのか、鴇汰は表情を曇らせた。
「出航してからこっち、ろくに眠れなくてな。焦りばかりで思考もしっかりまとめられないでいたら、一服盛られて無理やり眠らされた」
「一服盛られたって……そんな無茶苦茶な……誰がそんな真似するってんだよ?」
「まぁ……こっちが焦って無理を重ねなければ、そんな目に遭うことはないさ。とは言っても、俺は今、なにかを口にするのが不安だけどな」
問いには答えずに、そう言って苦笑すると、呆気に取られた顔をしていた鴇汰が、あっ、と声を上げた。
「あれだろ? あんたんトコの高田さん……あの人ならやりかねない。違うか?」
そう言えば、巧の企みで鴇汰は高田に接したことがあった。
数時間、一緒にいただけでそこまで見抜くとは。
「鋭いな。うちの先生は、目的のためなら多少手荒になっても、手段を選ばない人だ」
「見るからにおっかなそうな雰囲気だもんな、なんとなくわかるけどさ……」
言い澱んだ鴇汰はボンネットに両手を付いたままうつむいて、わずかに首を傾げてから、顔を上げて修治の目を見つめてきた。
「俺、今度のことはホントにすまないと思ってんのよ。無事に帰ってくることもできなくて……」
麻乃を連れて帰ることもできず、あっさりさらわれてしまった。
自分が不甲斐ないせいで、こんなことになった……かすかに震えた声でもう一度すまないと言って頭を下げた。
「――いきなりなんだ?」
非があるとわかっていても修治に対してだけは頑として譲らず、ろくに謝ることさえしない鴇汰が、こんなに下手に出てきてたじろぐ。
「あんた前に言ったじゃねーか。あいつになにかあったら、絶対に俺を許さねーって……だからって謝ったのは別に許してほしいから、ってわけじゃねーよ。ただ……」
落ち込んだ様子で言い澱み、また鴇汰は黙ってうつむいた。
いつも、突っ掛かってきてはガツガツと言いたいことをいう癖に、妙にしおらしく見える。
背中がむず痒いような、変な気分だ。
「なんだっていうんだ? らしくないぞ。言いたいことがあるならハッキリ言え」
「だってよ、あんた豊穣が無事に済んだら、その……いろいろと忙しかったはずだろ? なのに、こんなことになっちまって……そっちのほう、大丈夫なのかよ?」
なんのことだかまったくわからず、眉をひそめて鴇汰の顔をジッと見つめた。
「あの人の体調も、あんまり良くなかったみたいだったし、こんな状態じゃ……あんた、会いにも行けないだろ?」
あぁ、そうか――。
やっと言わんとすることがわかった。
そんな話しをするほど、麻乃はロマジェリカで気負わずに過ごしていたってことか……。
「……麻乃に聞いたか?」
鴇汰がうなずく。
「確かに本当なら、今ごろは忙しい時期だったな。だが今は……そんな場合じゃない。まずは目前に迫ったこの状況を打ち崩さなければ、先には進めないだろう?」
「……それはわかってる」
「なんの問題もない。すべてが済んでから、麻乃を取り戻してからで十分だ」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる