蓮華

釜瑪 秋摩

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待ち受けるもの

第147話 不可思議 ~鴇汰 1~

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 修治と岱胡がレイファーの船を見送っているあいだに、鴇汰は荷物をボートに積み込み、いつでも泉翔へ戻れるよう準備をした。
 互いの意志を確認し合い、細かな話しを終えたとき、ちょうど雨足が弱まり、レイファーたちは立ちあがった。

 すぐさま大陸へ戻り、ロマジェリカの率いる三国が出航をしたと同時に、一気に大陸の統一へ出るつもりだという。
 それを聞いて、ジャセンベル軍が城から出兵した意味を理解した。

 修治も岱胡も、ジャセンベルで庸儀に襲撃されたときに助けられたからか、あのヘイトの男……サムには敵意を持ち切れないでいるようにみえる。
 レイファーに対しても、軍勢を率いていない今は、まるで普通の態度だ。

 鴇汰は……サムのほうはともかく、レイファーだけはどうしても意識してしまう。
 これまで散々、やり合ってきた相手だ。
 いくら麻乃の情報を持ってきたからといって、手放しでそれを受け入れることなんてできやしない。

(それに――)

 立ちあがったレイファーが岩場の窪みから出ていくときに、横を通り抜けざまに言い放った言葉……。

『毎回、敵わずに忌々しく思ってきた男が、こんなに落ち着きがないやつだったとはな。女一人を護ることもできないとは。情けない男だ』

 ――野郎になにがわかる。

 あの場にいた鴇汰がどんな思いだったか、どんな気持ちで泉翔に一人で戻ってきたかを。
 修治に止められなければ、今度こそぶった斬っていたところだ。

 レイファーの乗った船が動きだした。
 デッキに立った姿が暗闇の中でもわかる。
 表情は確認できないけれど鴇汰に対する視線を強く感じ、遠ざかっていく船を黙ったまま睨み据えた。

 革袋に納めて肩に掛けた鬼灯は、相変わらず熱がこもっている。
 修治はあまり鬼灯に触れるなと言ったけれど、どうしても手もとに置きたかったし、鬼灯もそれを望んでいるように感じた。

 ボートのエンジンを掛けたとき、修治と岱胡が戻ってきた。
 二人が乗り込んだのを確認して岩場につないだロープを外すと、舵を取った岱胡はゆっくりと島から離れ、浅瀬を抜けると一気にスピードを上げた。

 体に受ける海風がやけに冷たい。
 波を掻き分けて唸るエンジン音が響くだけで、修治も岱胡も口を開かない。
 この状態で話しをするには、相当な大声を出さないとならないだろう。
 とすれば、船が泉翔へ着いてからゆっくり話したほうが、効率がいいのかもしれない。
 枇杷島の横を通り過ぎるとき、クロムのことを思い出した。

(そういやあ、叔父貴のやつ、枇杷島から船で泉翔に入るって言ってたな……もう中央に向かったんだろうか?)

 そう思ったところで、クロムが泉翔には結界が張ってあって、式神は入り込めないと言っていたことも頭をかすめた。

(待てよ……? だとしたら、こいつら一体、どうやってレイファーの野郎どもと連絡を取ったんだ?)

 戦艦と違って小振りな船とはいえ、泉翔に近づけば監視隊の目に入らないはずがない。
 それとも岱胡の彼女が気を利かせて周囲に漏れないように繋ぎを取ったんだろうか?

『うちの国、今、なんかおかしいんスよ』

 岱胡が言っていたことも気になる。
 おかしいってのは、どういう意味なんだろうか?
 それだけでも聞いてみようかと修治を見ると、修治は膝に肘を乗せ、額を押さえたままうつむいている。
 ボートに合わせるように揺れる修治の体は、気力もなにもかもが抜けきっているようにみえた。

(まさか泣いてる――?)

 これまでに見たことのない姿に目を離せずにいると、視線を感じたのか修治が顔を上げた。その表情はいつもどおりでホッとする。
 けれど――。

「どうかしたのか?」

 そう問われて、なにも答えることができずに首を横に振った。

『もしも、あいつになにかあったときには、俺はおまえを絶対に許さない』

 修治はいつか、そう言った。
 なにかどころか、一番起こってはいけない事態になってしまった。
 徳丸が言った言葉が頭をよぎる。

『修治はな、すべてを自分の手で終わらせるつもりだ』

 きっと、どうしようもなかったときのことを考えていたんだろう。
 目の前に麻乃があらわれたときに、取り返しのつかない状態だったら……。

 そのときのことを考えて、修治の中で葛藤しているのかもしれない。
 どんな思いでいるのかはわからないけれど、想像がつかないわけじゃない。
 だからといってそれを認めるつもりはない。
 そうさせないために鴇汰は一人で戻ってきたんだ。

(必ず俺が……俺が絶対に麻乃を助けるんだ)
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